第7話 お姫様と宿屋に泊まる無駄使い
暗闇の森を抜けると遠目に村が見える。
キャズマ達は夜になる前にアタトス村に辿り着く事ができた。
小さな村だが、それでも人の住んでいる場所だ。
人の声や気配、家から漏れる灯りがカヤの心を安心させてくれる。
城を逃げ出したのは今朝方のことなのにもうずいぶんと昔の事のようにも思えてしまう。
もちろん、この村にも刺客が潜んでいるかもしれない。
油断はできないのだが魔獣の脅威がないだけ気が楽だ。
それにしても疲れた。
今日はもうお風呂に入って早く寝てしまいたい。
つい先ほどまではそう考えていたのに。
ここで新たな問題が発生していた。
「……!」
部屋。そう、部屋。部屋だ。部屋が一つしか空いていなかったのだ。
村に一件しかない宿は大きくはない。それでも客室はいくつかあるのだが今日に限って埋まっていた。
「昨日僕が泊った時は空室だらけだったのにな」
「一部屋でも空きがあって良かったのです!」
「そ、そうですね……!」
確かに満室でなかったのは幸いだった……いや、この状況は幸いと言えるのか?
部屋にはベッドが一つしかない。
何故ならここは一人用の部屋だからだ。
ミルルが来てくれたおかげでキャズマと二人の夜というのは回避できた。
もしミルルがいないまま宿に泊まっていたら、今この部屋には若い男女が二人きりになっていたのだ。
野宿なら適度な距離も保てる。何かあっても逃げられる。が、ここは四方を囲まれた閉ざされた狭い空間。
しかもベッドは一つ。
そんなのもう、何が起きてもおかしくないではないか。
あり得た可能性に本日何度目かのカヤの妄想……もとい思考は止まらない。
疲れ切っていたはずの体には勢いよく血が巡り、精気が満ちていた。
「ベッドはカヤが使いなよ」
「べッ、ベベベベッド!?」
「どうしたのです?」
「あ! いえ! ふぁはは!」
ベッドという言葉に過剰反応してしまったカヤは笑ってごまかそうとしたがとっさだったので空気の漏れるような変な声が出てしまった。
「って! そんな! キャズマ達で使ってください! 使い手や魔獣と戦ってお疲れのはずです!」
「カヤはどうするのさ」
「私はもう、床でもどこでも眠れますから!」
物心ついてからというもの王宮のベッド以外で寝た記憶などないが、先ほどのまでの疲労感であれば冷たい地面の上だろうと薄汚れた床だろうと横になった瞬間に眠りに落ちただろう。
妄想で興奮状態の今は眠れるかどうか分からないが。
「何をおっしゃるのです! 床で眠るなんて、お姫様にそんなことさせられないのです!」
「いえいえ! 大丈夫です! こんなに美少女な私ですが、意外と庶民派ですので!」
「僕達はここでいいよ」
キャズマは木製の椅子を二脚、ベッドのそばに移動させた。
一つはこの部屋の椅子、もう一つは宿の主人から借りてきたものだ。
「カヤがベッドで眠る。僕とミルルはここでカヤを守る」
「ね、寝ないのですか!?」
「もちろん寝るよ。徹夜なんて無駄なことはしないさ」
そう言って椅子に腰かけると足を組む。
ミルルも隣の椅子に座った。
「ここに座って眠るよ。何か変化があってもすぐに分かるし、対処もできる」
「で、でもそんな、申し訳ないです……!」
「いいって。ここまで尾行に警戒しながら来たけど、刺客が襲ってこないとは言い切れない」
「えっ……!!」
カヤは驚く。
魔獣と戦いながら刺客に対して警戒もしていたとは。
「どうしたの。明日も早い。もう寝なよ」
「いえ、そんな! キャズマが使ってください!」
キャズマを護衛にできて本当に良かったと改めて思うが、今の話を聞いては尚更キャズマにはベッドで寝て欲しい、ゆっくり休んで欲しいとカヤは思った。
「はぁ。何度も同じ事を言わせないでよ。何でそんなに頑なに拒むのか分からないな」
「ですから、キャズマの方が大変だったので……!」
「カヤがしっかり寝て体力を回復させれば明日の行動が楽になる」
「う……」
「僕の目の前で寝てくれれば護るのも楽だ」
「うう……!」
「カヤがベッド、僕は椅子。どう考えてもこれが最善だと思うけど」
いや、それはそう!
それは確かにそうなんだけど!
キャズマは今日一日だけで何度も命を救ってくれた。
だけどカヤはキャズマに対して何もできない。
それならせめてベッドを譲りたいのだ。
でもこれ以上は何を言っても迷惑だ。
言うとおりにするのが一番いいのだろう。
負担を軽減させることがキャズマの為にもなるのだから。
「……そうですね。では……」
「お兄様、カヤ様のお気持ちを察してあげないとダメなのです」
カヤが素直にベッドで眠ろうとしたとき、黙って話を聞いていたミルルが声をあげた。
「いえ、大丈夫ですミルルちゃん。私の考えが足りなかっただけで……」
「そんなことないのです。ミルルはカヤ様のこと、分かっているのです!」
「ミルルちゃん……!」
自分の気持ちを分かってくれることはこんなにも嬉しいのか。
嬉しくてカヤは思わずミルルに飛びつきたくなる。
「だから三人で一緒に寝るのです!」
「え?」「はぁ?」
キャズマとカヤの声が重なる。
まったく思いもしない提案だったのだ。
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