第5話 ミルルと無駄使い
「はじめまして。ミルルはミルルなのです」
「あ! 初めまして。カヤと申します」
キャズマを兄と呼んだ少女、ミルルは振り返ったカヤの顔を見ると整った顔に無邪気な笑みを浮かべ頭を下げた。
ミルルのとても深く丁寧なお辞儀にカヤも礼を持って返す。
「カヤ様! お顔だけでなくお名前も美しいのです!」
「ええっ!? そ、そうですかぁ?」
「はい! すごい可愛らしい方なのです! お姫様みたいなのです!」
「んんっ! ええ、まぁ……確かに私は姫ですが……!」
「本当にお姫様なのです!? それなら納得なのです!」
可愛い、美しいという褒め言葉は何度も聞いてきたカヤだがミルルに言われてドキッとした。
それはミルルも驚く程の美少女だったからだ。
美少女に褒められる……それは今まで経験したことのない快感であった。
「それで、お兄様はカヤ様と何をなさっているのです?」
「今の僕はこのお姫様の護衛だ。依頼されたので引き受けることにした」
「お兄様がお姫様の護衛を!?」
「は、はい! 私はキンリーン王国の第一王女なのですが、その……実は命を狙われていまして」
「まぁ……カヤ様、それは色々大変だったっと思うのです……心中、お察しするのです」
ミルルはカヤの手を取った。
本当に心配してくれているようだ。
先ほどの褒め言葉もお世辞の類ではない。
何の裏も邪気もない、心からの言葉であることがカヤには伝わっていた。
「ありがとうございますっ! お兄さんには何度も命を助けて頂きました。感謝しています……!」
「それは良かったのです。そしてお兄様はさすがにミルルの自慢のお兄様なのです。お姫様を助けてすごいのです。立派なのです。かっこいいのです!」
「お前に褒められてもな」
顔を兄の方に向けこれでもかと賛辞を並べキャズマを褒めるミルルだが、当のキャズマの反応は薄い。
森の中を移動中、キャズマはあんなにも妹について語っていた。カヤはその言葉から過剰ともいえるくらいの愛を感じ取っていた。
その妹からこれだけ褒められれば表情の一つも緩みそうだが。
これが世に聞くツンデレというやつなのか?
「おっと」
ヌエドラゴンが近づいてきたので身を屈める。
あの魔獣はまだキャズマ達を探しているのだ。
「でっかい魔獣なのです」
「まったく、しつこいヤツだ」
「でもお兄様なら簡単に倒せるでしょう? ミルルがお貸しした【刀使い】の能力で一刀両断なのです!」
「ああ、お前はこれが折れるところを見ていなかったのか」
キャズマは軽くため息をつくと折れた刀をミルルに見せた。
「あら」
これでは能力も使えないのです、と口元に手を当てのんびり答えるミルル。
「ど、どうしましょうキャズマ!」
僅かな一時ではあったがミルルとの交流が心地よくてほんわかしてしまった。危険な状況であることをカヤは思い出す。
「いくら【刀使い】でも武器の脆さはどうしようもないようだ」
「そのようなのです」
「イチかバチか、二人で飛びかかりますか!?」
カヤは自分の剣を握りしめると一緒に戦うことを提案した。
ミルルは【刀使い】のはずだが何故か槍を持っている。この槍をキャズマが使うのはどうだろう。
槍では【使い手】能力と一致はしないがキャズマならそれでも戦えるのではないか。
実際、カヤは【使い手】能力以上に戦いのセンスのようなものをキャズマから感じている。
「お兄様。刀なら何でもいいと適当に選ぶからなのです」
「次は武器にも気を使わないとだな」
「……あのぉ?」
なんだろう、この二人の会話からはずいぶんと余裕を感じる。
次は、と言ったが今を何とかしないと次も何もないというのに。
「確認ですけど、私達、魔獣に襲われて大ピンチ! って場面ですよね……?」
「うん。さっきまではね」
「?」
「その問題はもう解決するのです」
「え!?」
そう言うと、ミルルはキャズマの顔を引き寄せ……キスをした。
おでこや頬にではない。
唇にである。
「……ちょ? え?」
親愛の印のような軽く触れるキスではない。
唇と唇をしっかりと合わせたキス。
「ふぉぉぉぉ……」
突然の兄妹のキスにカヤは美少女にあるまじきヘンな唸り声をあげてしまう。
ふしだら……! 背徳……! 思うことは様々だがしかしそれでいて目をそらすことも止めることもできない。
むしろガン見である。
時間にして5秒くらいは経っただろうか。
二人は唇を離した。
「ちょ! あなた達っ……一体何を……!」
同時に冷静さを取り戻したカヤが声を絞り出す。
「はい、これで今回の【お使い】は完了なのです」
「ああ。ご苦労さま」
「……え?」
「この力は【槍使い】だな。レベルは3か」
まぁレベルはどうでもいい、とキャズマは呟く。
「はいなのです。戦闘に使える【使い手】能力を持つ女性。探すのは本当に大変なのです」
「あ、あの!」
「まったく。男とはダメとかお兄様が言うせいで苦労するのです……」
「当然。男となど認められるわけがないだろ」
「ちょっと!」
「今回は何人だった?」
「15人くらいとキスしたのです」
「効率が悪いな。そこは改善できると良いんだけど」
「それは無理なのです」
会話しながらキャズマはミルルから槍を受け取ると使い勝手を確かめるように軽く振り回した。
「きっ、聞いてくださいっ!」
「どうしたの、カヤ」
「だっ、だから! 一体なんなんですかっ!」
「この槍は町の武器屋で買ったものなのです」
「安物だな。しかし護身刀よりはマシかな」
「文句があるならもっとお金をよこすのです!」
キャズマは槍で突きを放つ。
空を貫く音が低く響いた。
「違います! 私が聞きたいのは槍のことじゃなくて! いえ、何でミルルさんが槍を持っていたのか気になってましたのでそれが分かったのは良かったのですが!」
カヤは思わず大きな声をあげそうになるがハッと気づいて声を抑える。
「私が聞きたいのは! なんで兄妹で、きっ、キスしてるんですか! ってことです!」
「それがミルルの【使い手】能力だからだよ」
「ええ?」
キスが【使い手】能力!?
つまり【キス使い】ってこと?
そんな能力、カヤは聞いたことがない。
「でもミルルさんは【刀使い】なのでは?」
「違うよ。ミルルは【お使い】だ」
「お、【お使い】ぃぃ!?」
「話はあとだ。魔獣を倒して村へ急ぐとしよう」
そう言うとキャズマは槍を構えて走り出す。
ヌエドラゴンの目がキャズマを捉えた時には、槍がその魔獣の額を貫いていた。
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