第3話 暗闇の森を行く無駄使い
ドラゴン。石ころのような小型種から山より大きな巨大種まで多様な種が存在するが、人を襲い危害を加えるという共通した特徴を持つ魔獣だ。
キンリーン王国の国土に広がる『暗闇の森』にも様々なドラゴンが生息していた。
「キャズマ! オオカミドラゴンがきます!」
「ああっ! クマドラゴンです!」
「あちらからイノシシドラゴンがっ!」
キャズマとカヤが歩き出してから数匹のドラゴンに襲われた。
四足と翼で地を空を俊敏に駆けるオオカミドラゴン。
大きな体にスピードとパワーを備えたクマドラゴン。
脅威の突進力を持つ上に炎まで吐くイノシシドラゴン。
手ごわい魔獣ばかりだが、しかしそのどれもキャズマは護身用の刀を使い一撃で倒してしまった。
襲ってくる【使い手】から護ってもらうためキャズマに同行を頼んだわけだが、
カヤ一人では【使い手】どころかドラゴンに勝つのすら無理だっただろう。
「……本当にすごいですキャズマ! もしかしてそれも【無駄使い】の力なのでしょうか!?」
何匹目かのドラゴンを倒すとキャズマは慣れた手つきで刀を鞘に納めた。
華麗ともいえるキャズマの所作に【剣使い】でありながら上手く剣を扱えないカヤは思わず尊敬の眼差しを送る。
「これは【刀使い】の力だ。【無駄使い】じゃないよ」
「え? え? 一体どういうことですか……?」
「言葉どおりだけど」
キャズマの能力は【無駄使い】。
それなのに【刀使い】の力も使える!?
つまりそれは……
「……キャズマ! ひょっとしてあなたは【無駄使い】と【刀使い】の【二つ持ち】なのでは……!」
一人に備わる【使い手】能力は一つだけだが、極めて稀に【使い手】の力を二つ持った者がいて、それは【二つ持ち】と呼ばれていた。
そもそも【無駄使い】が非常にレアな能力なのでさらに【二つ持ち】みたいなとんでもない事があってもおかしくない。カヤはそう思ったのだ。
「違うよ。【刀使い】の力は借りているだけ」
「えええっ!? それはそれで驚きです! 【使い手】の能力ってお借りできるんですか!」
何でもないことのような口調で言うキャズマだがカヤには衝撃だった。
【使い手】の力を貸せるなんて今まで聞いたこともない。
こういう時に王室育ちのカヤは世界の広さを感じる。
ドラゴンの名前や【使い手】能力の種類など本に書いてある知識は持っていても、結局はそれだけだ。書いていない事は知らない。
「私、初めて知りました!」
「普通なら無理だろうね。これは妹の力さ」
「妹さん?」
「僕の妹も【使い手】なんだ。この【刀使い】は妹から借りている」
「わぁ! ご兄妹で【使い手】なんですね!」
素敵です、と手を叩くカヤ。
キャズマの妹ということは自分とそんなに歳が変わらないかもしれない。
しかも【刀使い】という似た系統の能力持ちである。カヤは勝手に親近感を抱いていた。
「うん。今は離れているが僕の最愛の妹だ。可愛いし賢いし気が利くしあと可愛いんだ本当に。特に笑顔が僕は好きだな。昔は僕のあとを一生懸命ついてきてね……ふふ、懐かしい。あの子が五歳の時なんか……」
「……」
「どうしたのカヤ、顔が変だよ」
「い、いえ、キャズマが突然そんなにたくさん話をしてくれたので驚いてしまって……あと顔が変じゃありません。美少女ですよ私は」
「僕は喋るほうだと思うけどな。無駄話が嫌いなだけだよ」
それは喋るほうとは言わないのでは……と思いつつ、妹の話は無駄話ではないという事に嬉しくなってしまったカヤ。
仲の良い兄妹なのだろう。羨ましい。
ふふっ、と微笑むカヤの目の前に何かが飛び出した。
「うひゃぁ! さ、サルドラゴンですうっ!」
サルドラゴンの体は人が抱えられる程度のサイズだが背中に生えた翼はその三倍はある。
自在に宙を舞い鋭い爪で攻撃してくる手ごわい魔獣だ。
カヤが驚き叫ぶのとほぼ同時にキャズマの刀がサルドラゴンを斬り裂いた。
またしても一撃で魔獣を撃破。
さらに右手の刀で貫きながら左手ではカヤを引っ張り距離を取っていた。
おかげでサルドラゴンから飛び散った血がカヤを汚す事はなかった。
「あ、ありがとうございます」
「僕がいなかったらカヤは【使い手】どころかドラゴンにやられていたね」
「うっ……」
当然だがキャズマもそれに気づいている。
それなりの業物であろう剣をカヤは腰にさげているが、一緒に行動するようになってから一度も抜いていないのだ。
咄嗟に名前が出るのだから魔獣を認識できているはずだが、行動がついていなかい。
「……お世話になります……」
「それは構わないよ。しかしカヤの力量でこの森に入ったのは無謀なんじゃないか」
クマドラゴンやイノシシドラゴンはキャズマの方が魔獣に近い位置にいたということもあってカヤが何かする前に倒してしまったのだが
サルドラゴンはカヤのすぐそばに出現した。
せめて剣を抜く程度は動けないと話にならない。
「はい……」
「さすがに僕も気になってくるな。カヤ、何故キミはこの森に?」
「……キャズマ。協力してくれるあなたにはお話します」
国の混乱など恥でしかありませんが……そう言って切り出したのは、キンリーン王家の内乱だった。
「実は現国王は病に伏せっていてもう長くありません。王の子は私を含め3人。長兄タンケウロ、次兄ロシタウ。そして私です」
「お兄さんは二人いたんだ」
「はい。私たちは仲が良かったんですよ。それはもう本当に。兄様たちは私に優しかったし、タンケウロ兄様もロシタウ兄様も王を良く支えていました」
胸の奥から取り出した大切な想い出を慈しむように柔らかな口調で話すカヤ。
しかしその声は続かない。
すぐに厳しいものへと変わる。
「王位継承権第一位はタンケウロ兄様です。人格者で文武ともに優れるタンケウロ兄様が王位に就くことを誰もが望んでいたはずでした……
しかし突然ロシタウ兄様が王に弓を引きました。反逆です」
森の奥をまっすぐに見つめながらカヤは話を続ける。
「あのロシタウ兄様が王を、タンケウロ兄様を裏切るなんて今でも信じられません。まるで人が変わったようです」
「まるで人が変わったよう……ね」
「え?」
「いや、何でもない」
「私はタンケウロ兄様からの密命を受けて城を抜け出しました。それこそがこの森に来た理由なのです」
そいう言うとカヤは首から下げている小さな石を取り出した。
「この石は誘照石と言いまして……」
「分かった。もういいよ」
「……え?」
言葉を制されたカヤは石に落とした視線をキャズマに向ける。
「僕はカヤがこの森に来た理由を聞いたんだ。お兄さんからの密命。それが分かったからもういい」
「ですが、まだ話は……」
「いいって。疑問に思ったらその時また聞くから」
「……もう!」
ふくれながら石を服の中に戻すカヤ。
秘密の命令なのだから当然、本来なら話してはいけない。今この場だけだとしても話さなくて済んだのならそれに越したことはないはずだ。
カヤは誰かに言ってしまいたかったのかもしれない。
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