第2話 最強の無駄使い2
「あ、ありがとう……ございます……」
感謝の言葉を口にしつつもカヤは青年を警戒していた。
【無駄使い】。無敵とも最強とも謳われる幻の能力であり、その存在も含めて【魔法使い】と並ぶ伝説級の【使い手】だ。
この青年が本当に【無駄使い】なのかは分からないが、絶体絶命の状況を覆した力は異質すぎる。
何かあればすぐに対処できるよう視線は青年から外さず、探るように言葉を続けた。
「あの……どうして私を助けてくれたのですか……?」
私が美少女だから助けに入ってくれた。
一瞬そんな事を思ったが、さすがにそれはない。カヤもそこまで夢見る少女ではない。
だがもし何か、助けてくれた理由があるのならそれをきっかけに交渉に持っていけないだろうか?
そう、カヤは今、この青年の協力を得るにはどうすればいいかを考えていた。
「さて、どうしてだろう。何故かキミの事が気になって助けてしまった」
ドッキ――ン!!
青年の一言がカヤの心を揺さぶる。
ええ!? 気になる? 私のことが!?
まさか本当に、私が美少女だから助けてくれたの?
そういうことなの!?
「顔にも傷一つない。安心したよ」
「!?」
気をそらしたのはほんの一瞬。
いつの間にか青年の手がカヤの頬に触れようとしていた。
何だ? 何が起きた!?
カヤは慌てて青年の手を振り払う。
「な、なにをっ!?」
「体はどう? 怪我をしている所はない?」
「え、ええ! 全く問題ない! です! だからそんなに気にしないで……!」
さらに警戒を強めるカヤ。
次に何かあればすぐに逃げ出せるよう片足に体重をかけた。
「心配だな。念の為、みておこうか」
「え? みて……」
言い終わるより早く、青年がカヤの着ている服のボタンを二つ外した。
は? この男は何をしている?
……え? 脱がされる!?
青年の指が三つめのボタンに伸びる速さに疑問と思考の量が追いつかない。
「うみょ――! ば――――!」
「おっと」
カヤはよく分からない、言葉にもなっていない叫びを何とかひねり出した。
それは青年の動きを一瞬止めることに成功する。
今だ! その隙にカヤは地を転がるようにして距離を取った。
「あッ……あなたは! 何を! 私を! 服の! 今! ボタン!」
怒りと焦りを全身から放つカヤがその胸の前で交差させた両手は堅固な守りを誇っていた。
「それだけ動けるのなら体の方も大丈夫そうだね」
しかし青年はそんなカヤの反応など気にもせず、ふっと息をついた。
「……もしかして、本当に怪我がないかを心配してくれたの? ですか?」
「僕はそう言ったと思うけど」
「そう……ですか……。いや! それでも相手の許可なく服を脱がせようとするなんて、あなたどういうつもですか!」
心配してくれたことは素直に嬉しかったが、それはそれだ。
怪我がないかを確認する、なんてのはもちろん嘘で、ただ脱がすのが目的だということもあり得るのだ。
そして欲望のままにいやらしいことをするつもりだったのではないか……!
カヤがきつく睨みつけると青年は「ああ、そうか」という顔をした
「それはすまなかった。僕はどうも無駄な事は省きたい性分なんだ。申し訳ない」
「相手の許可を得るのは無駄なことではないと思いますよ……!」
やはりこの青年、油断できない。
迂闊な言動は慎まなければ、とカヤは気を引き締めボタンを止める。
「ところで僕、【魔法使い】を探しているんだけど」
「え? はい、……さっきそう言っていましたね」
「どこにいるか知らない? カヤ姫様」
まぁ探して見つかるものとも思えないけど……って
「知ってる――――!?」
「えっ! 知っているの!? 教えてくれ。どこにいるんだ【魔法使い】は」
「いえ【魔法使い】の居所は知りませんが! あなたはなぜ私がキンリーン王国の第一王女、カヤ姫だと知っているんですか!?」
どういうわけだ? 素性がばれている。
まさか助けたふりをして油断したところをガバっといくつもりなのではないか!?
くっ、どんな破廉恥なことをするつもりなのか!
カヤはあらゆる可能性に備えようと身構えた。
ところが。
「さっきの男が『カヤ姫様』って呼んでいただろ?」
「え?」
「だから僕もそう呼んだ。それだけなんだけど」
「は……?」
あ―――そういえば呼んでいた。
確かにあの男、カヤ姫様と呼んでいた。
「ううっっっ! あなたは! 誘導尋問とは卑怯です!」
「誘導も尋問もしていないけど」
不覚だ。警戒を緩めたつもりはないのに、どこの誰ともわからない男に身分がバレてしまうとは。
だがこうなっては仕方ない。
むしろ青年の協力を得るのに都合が良いともいえる。
王族として、毅然とした態度で臨むのだ。
「フッ、そうです。私がキンリーン王国の美しき第一王女、カヤ姫です!」
姿勢を正し、声色には高貴さを含ませた。
そう、これが本来の私の姿だと言わんばかりに。
わざわざフッ、などと微笑したのも演出だ。
服を脱がされそうになったし身分もバレたけど、まぁ、ぶっちゃけそんなに気にしてないよ? とクールに余裕のある素振りをみせるが
先ほどあれだけ、それこそマサに命を奪われそうだったその瞬間よりも取り乱した後なので効果の程はさだかではない。
「それはさっき聞いた」
「あう」
いきなり失敗した。
「そうですよね、分ります。王国の王女が一人、供も連れず森の中という妙。あなたが興味を持つのも当然ですが……」
「それは全く興味ないよ」
「ええ……」
「知らないのならいいや。じゃあね、カヤ姫様。変な【使い手】には気を付けて」
青年はカヤの横をすり抜けると、街の方向へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って! ください!」
「ん?」
カヤは思わず青年の外套の端を掴んだ。
青年が「なに?」と目で聞いてくる。
このまま行かせてはならない。
早く言わなくては。
「あ、あの! 私に力を貸してくれませんか!」
「無理」
ええ……あっさり断られた。
「離してよ。今日中にギノツ町まで行くんだ」
「そんな! 私ですよ! 姫ですよ! 王女ですよ!
それがこんな暗い森の中で一人なんですから! もっと気にしたり、心配して話を聞いて、
必要であれば力を貸すとか協力するとか、そういうのはないのですかっ!」
断られたからと引き下がれない。
カヤも余裕はないのだ。
何とかしなくてはと、会話を続けるため思いついた言葉をまくしたてる。
「僕にはやる事がある。力を貸す暇も協力する理由もないな」
「う……」
「あと、その話の持って行き方は失敗だね。僕は王女様とか興味ないと言っているのだからさ」
「うええ……!」
取り付く島もないどころかダメ出しまでされてしまった。フルボッコである。
けれど、青年の言う事はもっともだとカヤも思った。
人に頼みごとをするのに王女だなんだと言ってどうする。
一人の人間として真摯な態度を取るべきだ。
「……失礼しました、【無駄使い】さま。もう一度お願いします。どうか私に力を貸してくれませんか」
「同じ事を言うのは好きじゃない。僕にはやる事がある」
さぁ早く離してくれ、と青年は強く外套を引いた。
足も街の方を向いたままだ。
ダメか……。
いや諦めてどうする、とカヤは気を取り直す。
この青年に話を聞いてもらうにはどうすればいいのか、それを考えなくては。
「そ、そこを何とか! 先ほど私のことが気になるって言っていたじゃないですか!」
「……」
外套を引く青年の手が一瞬止まる。
やった、良く分からないが効果があった。
今のうちだ。
一気にまくしたてるカヤ。
「お願いします【無駄使い】さま! 協力してください! 私はどうしても行かなくてはいけない場所があるんですっ!」
「キミ、お兄さんかお姉さんはいるの?」
「え?」
また突然の質問だ。
「はい……いますが……」
青年は自分の外套から手を放した。足も止まっている。
「そうか」
この少女、何か気になるとは思っていたが理由が分かった。
そうだ、妹に似ているのだ。
青年は最愛の妹を思い出していた。
「あのぉ?」
地に目を落とし、何かを考える青年。
どうかしたのかとカヤが聞く前に、再び言葉を続けた。
「キミの言いたい事は分かる。誰かに狙われているんだろう。僕に頼みたいのは護衛役だな」
「は、はい! そうです」
「さっきの大男みたいなのがまた襲って来るのかな」
「来ます。残念ながら……」
敵の正体は分かっている。カヤの二番目の兄だ。
カヤも【剣使い】であるがそれは名ばかりで、全くといっていいほど剣を扱う事ができないのだ。
マサが言った"まがいもの"、それは王宮内でカヤを快く思わない者達が使うカヤに対する陰口だった。
兄とその者達が結託しているとなれば、これは厄介だ。
マサのような高レベルの【使い手】が必ずまた襲ってくるはずだ。
「あなたはあの伝説級の【使い手】能力者なのでしょう? 【無駄使い】は【無駄】を操る力。
相手の力を無駄にする、つまり役立たずにするという。【使い手】との戦いでは最強で無敵の力ですよね!」
「よく知っているなぁ」
「【使い手】能力の事は、いっぱい調べましたから。詳しいんですよ私」
ふ……と青年が目をつぶった。
つぶったと言っても、瞬きよりは長いといった程度のわずかな時間だ。
すぐに目を開く。
「いいだろう。キミに協力しよう」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!! 【無駄使い】さま! 感謝します!!」
青年にも考えがあった。
このお姫様と行動を共にした方が他の【使い手】と遭遇する機会はありそうだ。
【使い手】のことは【使い手】に聞く方が早い。レベルの高い強者であればさらに良い。
お姫様を襲ってくる敵がマサのように高レベルの【使い手】であれば、【魔法使い】の情報を得られる可能性も高いのではないか。
このまま旅を続けるよりはずっと効率が良いはずだ。
「一つ言っておくよ。僕は【無駄使い】だ。【無敵使い】ではない」
「はい……?」
「それだけ。僕はキャズマ。よろしく、カヤ姫様」
「カヤと呼んでください。その……どこに敵が潜んでいるか分かりませんので」
「それもそうだね。僕もキャズマでいいよ」
「ありがとうございますキャズマ!」
カヤが右手を差し出す。
これは必要があるかと一瞬考えたキャズマだが、すぐに力強く手を握る。
握手を交わしたあと、二人は森の中を歩きはじめた。
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