第1話 最強の無駄使い
「はぁっ!」
「うおっと、あぶねぇ。グフフ! そんなもんかいカヤ姫様?」
カヤ姫と呼ばれた少女の剣撃は、いとも簡単に防がれてしまった。
薄暗い森の中で棍棒を持った一人の大男と剣を持った一人の少女が対峙している。
「グフっ! 姫様あんた、【剣使い】じゃねぇの? しかし【使い手】の攻撃にしては弱すぎるなぁ」
「う……!」
「どんなザコの【使い手】でも得意のエモノを持てば魔獣だって倒せるのによぉ。今の攻撃はレベル1以下だぜ?」
下卑た笑みを浮かべる大男に、少女カヤの宿す希望の火は消えかけていた。
「そんな立派な剣を持っているのに、もったいねーよなぁ。グフフっ!」
「う、うるさいっ! まだこれからだっ!!」
「やっぱあんたは"まがいもの"だってことだよお姫様! もう諦めな!」
「……! 言うな! 無礼者めっっ!!」
「うッせーんだよ! そーいうのはお城の中だけでやってろ!」
大男が手に持った棍棒を振ると、木々を激しく揺らす強烈な風が巻き起こった。
砂埃がカヤの着ている質の良さそうな服を汚す。
「くうっ……これは……!?」
細身のカヤは立っている事ができず、思わずしゃがみこむ。
「ちっ、ムカついちまったぜ! もういいや、さっさと殺してやるよ!」
男の笑みに怒りが混ざると、周囲には殺気が満ちた。
これは……まずい……! カヤは死の近づく気配を感じる。
「そうだ、"まがいもの"のお姫様に【使い手】の本当の力を見せてやろう。冥途の土産ってやつだなグフフッ!」
「な……っ?」
「グフフフ! 俺は【棒使い】レベル6! 俺が持てばどんな棒きれでも、そいつは必殺の威力を持つのさ!」
「レベル6……!!」
男の持つ棍棒は鈍く光る金属製で、多数の突起が付いていた。
こんなもので殴られたら深刻なダメージを受けることは間違いない。
さらに相手はレベル6の【棒使い】であるという。
レベル6……『めっちゃ凄い』クラス……!
マサが棍棒を高く振り上げる。
見上げるカヤの表情には絶望の色が浮かんだ。
「まだだ! 私はまだ……!」
カヤはこんな所で死ぬわけにはいかない。
立たなくては。あんなものを受け止められるわけがない。
立ち上がって、避けなくては。
しかし、ダメだ。足に力が入らない。
「グフフフ! あばよお姫様! アンタを殺すのはこの俺! 最強の【棒使い】マサ様だ!」
「ううっ!!」
その凶撃がカヤに落ちようとしたその時。
「僕の目的は二つだ」
「……え!?」
どこから現れたのか、一人の青年がカヤとマサの間に割り込んだ。
そして右手に持った一振りの刀でその棍棒を受け止めた。
「フグっ!? 俺の棍棒を!?」
「ああ、僕は怪しいものじゃない。その一、アンタに聞きたいことがある。その二、この少女を助けたい」
場の雰囲気にそぐわない淡々とした口調で目的を告げる青年。
「少女!? も、もしかしなくてもそれは私のこと!?」
「そうだよ。他にいる?」
カヤは思った。まさかこの青年、私が美少女なので思わず助けに入ってしまったのだろうか!?
しかし敵は【棒使い】レベル6。
ちょっと腕が経つくらいで何とかできるような相手ではない。
私のせいで勇敢な一人の青年が犠牲になるなんて、そんな……!
「確かに私は美少女だけど! 類をみないほどの! でもそれではあなたが……」
言いかけて、カヤは遅れながらも気が付いた。
素性の知れぬこの青年はレベル6の攻撃を止めているという事に。
突然地面が割れてマサが落ちるとか突如カヤの隠されたチカラが覚醒するとか、
そんなありえないことが起きないかぎりカヤの死は避けられなかっただろう。
しかし今ありえない事は起きたのだ。
「てめぇ! くそがッ! どうなってんだ!?」
マサは自分の【使い手】能力に絶対的な自信をもっている。
この棍棒を本気で振ればどんな相手も始末できる。それなのに。
避けられた事はあっても、止められたことは初めてだったのだ。
焦るマサを見て、カヤは剣を持つ手に力を込めた。
これはチャンスだ。
謎の青年がマサの攻撃を止めてくれている。
今なら自分の未熟な剣でもこの大男にダメージを与えられるかもしれない。
倒せないまでも、傷を負わせれば逃げてくれるかも……!
「……私は! 何を座り込んでいるんですかっ……!」
カヤは立ち上がろうとする。
しかし……やはり足に力が入らない。
恐怖のせいか、あの大男に斬りかかるだけの力は湧いてこなかった。
「勝手な事をしないでくれ。キミはそこに座っていればいいよ」
「えぇ……!?」
カヤの行動を察した青年がそれを制した。
必死に立ち上がろうとしているのに。勝手なこと!?
「言っただろう。僕はこの男に聞きたい事があるんだ」
「ふッざけんな! 俺はレベル6の【棒使い】だぞ!? その俺に何だその余裕は! グフッ!?」
青年の持つ刀は護身用の簡素なものだ。
服装は端々が少々ほつれたフード付きの外套に襟巻。剣士や戦士というよりは旅人のような風貌である。
凶気が形となったような棍棒を操るレベル6の【使い手】に余裕でいられるような実力者にはとても見えないのに。
「それだ」
「あぁ!?」
「高レベルの【使い手】であるアンタなら知っているんじゃないかなと思ってさ」
レベル6と聞いても青年は顔色一つ変えなかった。
むしろわずかに上ずった声からは、高レベルの【使い手】と遭遇できた事を喜んでいるようにすら感じられた。
「アンタ、【魔法使い】がどこにいるか知らないか?」
「はぁ!?」
「僕は【魔法使い】を探しているんだ」
青年の口から出た言葉は、口調以上に場の雰囲気にそぐわないものだった。
【魔法使い】。他を圧する強力な力を持ち、伝説級と言われる【使い手】である。
だが本当に居るのか、それともかつては居たのかもあやふや。
さらには能力の定義も曖昧という、伝説よりはおとぎ話や物語の登場人物に近い存在である。
「グフフッ!? 馬鹿かてめぇ! 【魔法使い】だぁ? 居場所なんか誰が知ってるってんだ!」
「この国に手がかりがあると聞いたんだけど」
「うるせえ! この俺の前でいつまでもおしゃべりしてんなよ! グフッ! ナメやがって!!」
青年の態度にいいかげん苛立ったマサは、さらに棍棒の威力を高めるため腕に力を込める。
「グフ……フ……こっ……の……やろぉ……おぉぉ!!」
だがマサがどんなに力を込めても、青年の体勢を崩すことすらできない。
武器の強度はマサの持つ棍棒の方が上だ。
先ほどの一撃も、相手の武器ごと破壊していてもおかしくはないはずなのに。
こんな力、普通の人間が持っているわけがない。
――ということは、この男も【使い手】!?
おそらくレベル6以上の【刀使い】!!
「てめえも【使い手】かよ! 【刀使い】か!? グフッ! しかも俺よりレベルが高い……!」
「違う。僕は【刀使い】じゃあない」
「グフ!? じゃあお前は何だっていうんだ!? 何の【使い手】だ!」
焦りを増すマサとは対照的に、青年は動じず静かに告げた。
「僕は【無駄使い】さ」
「むっ、【無駄使い】……!?」
【無駄使い】!!
それは『無駄』を操る【使い手】能力。
対象の力を『無駄』にする、つまり『役立たず』にするといわれている能力である。
「【無駄使い】! 私、知っていますっ! あの無敵の……最強の……幻の……!!」
青年とマサの戦いを見ているだけの状態だったカヤたが、その名を聞いて思わず声をあげる。
「グフフフっ、【無駄使い】も伝説級の【使い手】だぞ! てめぇなんかがそんなすげぇ【使い手】のわけがあるかぁ!」
だが完全に否定するには青年の力は不気味すぎた。
マサは恐怖を払うように棍棒を高く振り上げる。
「くらえ! 俺の! 最強の一撃ぃぃぃぃ! グフフフフ――!」
そしてその重さと自身の能力を合わせた攻撃を青年に放つ。
しかしあえて最強などと言いながら、その攻撃は先ほどカヤに放ったそれと同等のものである。
「無駄だよ」
つまり効くわけがなかった。
今度もあっさりと、青年の刀で止められてしまう。
「また止めたぁ!? ……まさか本当に……!」
「マサ・サマだっけ? アンタの名前」
「ま、マサ・サマじゃねぇ! マサ様だ!」
「どっちでもいいや。【魔法使い】の事を知らないのなら、二つめの目的を果たさせてもらおうかな」
自分で聞いておきながらどっちでもいいと言い捨てると、青年は右手に力を込めた。
一見すると互角、拮抗している力比べのようにも見えたが青年の刀がマサの棍棒を押し返していく。
「な、なにぃぃぃ!? なんだこのパワーは!!」
「……ハアッ!!」
青年の発声とともに、棍棒が突然砕けて粉々になった。
「グフぅ!? 俺の棍棒が!!」
「なっ!? 一体何が起きたの!?」
マサもカヤも驚かずにはいられない。
これも【無駄使い】の力なのか!?
「終わりだな。アンタは【棒使い】、つまり『棒』じゃないと【使い手】能力は発揮されない」
「グっ……!」
「おっと、木の枝を拾ったりはしないでくれよ。これ以上は時間の無駄なんだ」
周囲には棒と呼べそうな、長い木の枝も落ちている。
これを拾えば【棒使い】の力を使えるが、金属製の棍棒を破壊するような相手を木の枝でどうにかできるとはマサも思わなかった。
青年が一歩前に進むと同時にマサは一歩後ずさる。
ちっ、面倒だな……と青年が一気に間合いを詰めようとした瞬間、その視界を一頭の馬が遮った。
「引くぞ! マサ!!」
「あ、ありがてぇ!」
馬には黒ずくめの男が乗っていた。
マサがその馬に飛び乗る。
「グフフッ! レベル6の攻撃を防ぐヤツなんか相手していられるかよ!」
馬は凄い速度で走り出し、あっという間に見えなくなってしまった。
「こんな森の中ですごい速さだ。乗っていたあの黒い男、【馬使い】か」
もし何の障害物のない平地や平野のような場所だとしても、馬があの速さで走るのは無理だろう。
馬の限界を超えた力を発揮させる【馬使い】がマサの仲間にいたのだ。
「仕方ない、あのマ……マ……あいつは次に見つけたら殺すとしよう」
次に、などと言いながらも、青年はすでにマサのことなど興味もなさそうな表情になっていた。
名前すら覚えていないようだ。
「キミ、もう大丈夫だよ」
青年は振り返るとカヤに声をかけた。
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