フォージ城塞学園(6)
その後、ルデリットとの細かな交渉は順調に進み、あたしは生徒会長隷下の私兵部隊として自分の部隊を再建することになった。部隊の通称は「第9中隊」で、書類上は正式名称が登録されてる。各種経費は見積もりを申請すれば「年間で戦車1両くらいまでなら」OK。
大盤振る舞いのように聞こえるが、仮にこの学園にあたしの最後の部下たち4人全員がいるとして、連中を指揮して本当に好き勝手すれば、それくらいのカネは30分程度で吹っ飛ぶだろう。主に賠償金で。あいつら手加減って言葉を知らねえんだよなあ。ファエバ!
「なんだかいかにも『自分は手加減という言葉を知ってる』って感じのお言葉ですね、パティ姉さま」
「ったりめーだ、サファイア様だって無事だったろ?」
「紅茶を見ると悲鳴をあげるようになったって噂が?」
「悲鳴が出るってことは、無事だってことだ。で、ハシシュはねえの?」
今朝もシンディに身支度をしてもらいながら、あたしは鏡の中の自分を見る。なんだかなあ。やっぱ慣れねえ。他人にしか見えねえんだよなあ、なんもかんもが……
「ないです。姉さまの部隊、ジジさん以外のメンバーはどうされるんです? 通信での呼び出しは無理なんです?」
「外部通信機能は死んだままだ。代わりに名簿をルデリットに提出した。あいつが探してくれてる。あたしがジタバタするより、たぶん効率がいい。既に1人、見つかってるしな」
「さすが生徒会長ですね、仕事が早いです!」
「半分は偶然だ」
あたしが作った名簿を見たルデリットは、ハカセの居所をたちどころに突き止めた。つうかハカセは生徒会のメンバーだという。ただ、今は別件で出張させてるから、2週間ほど待ってくれという話だった。
「しかしなあ……ジジを最初に確保できたのはラッキーだったが、ハカセはなあ……」
「問題がある方なんですか?」
「あいつ、親衛司祭なんだよ」
「ああー……」
親衛司祭は強化決戦兵士のなかでもずば抜けて優れた才能を示した個体だけが集められた部門で、戦闘指揮補助から兵站管理、陳情書や始末書の作成まで、中隊運営を手広くカバーしてくれる。だが意図的に器用貧乏に育成されるせいで、個人としてはコレという得意技がない。
つまり、事実上ジジ以外に戦闘ユニットがおらず、直接の上官=学園の独裁者な現在、ハカセの能力はだいたい全部腐ってしまう。自爆呪殺は連中固有の必殺技だが、普通は一生に一回しか使えない。ファロファロ!
「ティエラかカツシローのどっちかが見つかれば、わりと無理ができるんだがな。
ああ、ティエラはクソ〈魔女〉で、カツシローはサムライだ」
「もし鬼種退治ってことになったら、ジジさんだけでは火力不足ですものねえ……はい、お着替えはほぼ完了です! 今日も完璧なお嬢様ですよ、パティ姉さま! ネクタイをお持ちしますから、ちょっと待っていてくださいね!」
完璧な、お嬢様。その言葉どおり、鏡の中のあたしはカワイイ概念の塊になってる。いや……これはアレだな。シンディの技術力が作った、幻影みたいなもんだ。
そういやシンディは昔から泣き虫だったが、妙に意固地なところもあった。ファッションってやつに病気を疑うくらいに執着を示して、どこから手に入れるのか、フルカラー印刷された紙切れをコレクションしてた。紙切れは全部、ファッション誌の断片だ。
コレクションが寮監に没収されそうになったとき、助け舟を出してやったこともあったっけ。あいつのコレクションを一枚、横からあたしがふんだくって寮監の目の前で飲み込んでみせた。ファエバ! 「これは非常食であり、最低限の非常食の備蓄は認められているはずです」ってな。
でも、それであいつはあたしと同じ〈聖女〉を目指すようになった。〈聖女〉が受ける強化手術は7回。親衛司祭で3回、騎士やサムライは2回だから、ダントツに回数が多い。3回目の手術の最中に、シンディは死んだ。ファロファロ!
「はい、お姉さま! 占いによれば、お姉さまの今日のラッキカラーは青! なので本日のネクタイはコレがオススメです!」
衣装棚からキラキラしたブルーのネクタイを発掘してきたシンディは、心底楽しそうな笑顔で、あたしを飾り付ける。あたしはどこにも持っていきようのない思いを転がしながら、タギング機能をオンにして、【シンディ】を見る。
やはり【シンディ】としか、表示されない。
強化決戦兵士は、製造された段階でシリアルIDが与えられる。だから鏡に写ったあたしに注意を向けると、そこには【ID9784409130261】と表示される。パトリツィア・カミンスカというのは仮称であって、あたしを定義する名前ではないのだ。
つまりシンディは――このシンディは――人間であって、強化決戦兵士ではない。シンディ自身には強化決戦兵士として育成された記憶があり、自分のことを「出来損ないの強化決戦兵士」と信じ込んでいるにも関わらず。
「よーし、これで本当に完成です! では今日も張り切って登校しましょう!」
あたしは一瞬だけシンディに「お前はれっきとした人間だよ」と告げることを考えたけれど、タギング機能をオフにしてから、「行こう」と答えるに留めた。
あたしら強化決戦兵士にとって、自分が強化決戦兵士であるという事実は、どうにもならない烙印であると同時に、絶対不可侵な誇りでもある。シンディの誇りを土足で踏みにじるようなことは、あたしには、できない。たとえそれが、ただ単に真実を告げるということであったとしても。
ちなみに、ジジと一緒に、シンディも第9中隊のメンバーとして、すでに登録済みだ。肩書は特設秘書。シンディは学園カーストの頂点グループへと、2階級特進を果たしたわけ。しかも指揮系統で見るとルデリット→あたし→シンディだから、生徒会内部で見ても超上位だ。ここまですれば、あたしの目が届かないところでシンディにちょっかいを出す馬鹿は、まずいるまい。
いきなり生徒会に所属することになったシンディはしばらく吐きそうな顔をしていたが、じきに慣れるだろう。むしろこの手の特権ってやつは、慣れすぎないようにするほうが難しい。
ついでに言うと、基本的にあたしの隣で学園生活を送ることになったシンディは、簡単な学力検査の後、あたしと同学年への飛び級が認められた。シンディ曰く「シンディは文学とか歴史学とかには強いです!」とのことなので、講義の最中にあたしが戦死してもカバーしてもらえるだろう。ツーマンセルだ。素晴らしいな! ファエバ! ファロファロ!
とはいえ。誰の目から見ても戦闘能力ゼロなシンディを「暴力装置」として登録するという無理を通すにあたり、ルデリットからはひとつ、作戦遂行の要請がなされた。要請というより、根回しってやつだな。面倒くささマキシマムだが、一番面倒なところをルデリットが調整してくれたってのもわかるから、とっとと片付けるとしよう。




