フォージ城塞学園(5)
本日2度めの更新です
結局、あたしとシンディはその日の夜を詰め所で過ごした。ジジに「あたしって生徒会に所属してるんだろ? 不逮捕特権とかねえの?」と聞いてみたら、「不逮捕特権があるのは役員だけで、隊長は上級執行委員だから普通に逮捕されますね」と返ってきた。ファロファロ! でもジジと相互に補助しながらトレーニングできたのはありがたい。シンディが化け物を見るみたいな目であたしらを見てたけど、これ、軽く流しただけだからな?
もちろん、トレーニングに励んだだけじゃあない。あたしはジジに聞くべきことがあり、ジジもあたしに聞くべきことがあり、そして互いに聞きたいことはだいたい同じだった。
あたしとジジの最大の違いは、あたしは自分が死んだという記憶があるけれど、ジジにはないということ。あの状況、ジジは途中からほぼ意識がなかったはずだ。挙げ句、最期は一瞬で蒸発してる。記憶もクソもない。
とはいえ「自分が死んだ」ことをあたしの口から聞いたジジは、さほどショックを受けていなかった。そらそうだ。あの状況からの奇跡の生還は、どう考えたってありえない。
「論点をまとめると」
あたしは上半身スポーツブラ一枚で腹筋をむき出しにしたジジの腹を必死になって殴りつけながら、二人の疑問と情報を統合する。ちなみにジジの腹筋は鋼鉄のように固く、殴ってるあたしのほうが拳にダメージを受け始めている。ファエバ! グローブをくれ!
「大きな課題は2つですね」
ガッチリと腹筋を固めながら、ジジはこともなげにあたしの言葉を引き取る。呼吸に乱れは微塵もなく、ミリ単位で切りそろえられたショートカットの赤毛が揺れることすらない。ダラダラと汗を流しながら鉄の壁を殴ってるあたしの自信とか自負とかがみるみる削れていく。
「1つは、この【フォージ城塞学園】ってのは、何なのか?」
ジジもあたしと同じく、目が覚めたらこの学園にいたそうだ。部屋には警察部の制服や装備が揃っていて、警戒しながら警察部に顔を出したところ、昨日と同じ地域のパトロールを命じられたという。ちなみにあたしとジジは「周囲から見ると犬猿の仲にしかなりえない」のに「とても親しい長年の付き合い」があるらしい。そしてその関係を、警察部は快く思っていないとか。謎の設定が多いぜ。
「もう1つは、なぜ我々は生きているのか? 隊長、もうギブアップですか」
ファロファロ! これ以上続けたら拳をクラッシュするっての! って、待て、「じゃあ役割を交代しましょう」みたいな目であたしを見るな! やめろ! 死ぬ! 死ぬから! 死んだけどまた死ぬから! ファエバ!
結局、あたしは泣く泣く打たれる側をやって、ジジが「本気の2割程度」と宣言したパンチ10発で沈んだ。こうやって苦痛に体を慣らしておくのは大事なんだけどさ! アザール! ファエバ! ファロファロ! シンディがこっちを見る目がもっとヤバい感じになってるじゃねえか!
「失礼しました、隊長。ふと思うことがあって、ラスト2発は4割くらいで打ちました。
本当ですね……隊長のバイタルは明らかに悪化しました。同じ力であと5発くらい打ったら、死んだと思います。死んだのに、まだ死ねる……不思議ですね」
ファエバ! ファロファロ! そういう実験をするなら、宣言してからにしろ!
その後も1時間ほどトレーニングをして、ジジの(正確には警察部の)奢りで晩飯を食って、詰め所のベッドで寝た。晩飯のDONBURIは文句なく旨く、ベッドは懐かしさを感じる硬さだった。クッソ、ハシシュが食いてえなあ……
翌朝、シンディは「偶然現場にいただけの第三者」だと認定されて、無罪放免となった。茶のポットをあたしに渡したのがシンディだという点を強調されて共犯扱いされる可能性もあったが、そのあたりはウヤムヤになったっぽい。なあジジ、あたしの容疑もウヤムヤにならねえ?
「隊長の容疑をウヤムヤにすると、あの場で過度の騒擾をやらかした主犯はシンディということになりかねませんが、それでも良いんですか? サファイア様への傷害容疑はウヤムヤにするとしても、隊長が蹴破ったドアの修理費は、間違いなくそのままシンディの負債になりますよ?」
ファエバ!
「そんなことより、生徒会長が隊長をお呼びです。
『膝を詰めて話をすべきことがある』そうですよ。営倉の感想、あとで教えて下さい」
ファエバ! ……ダメだ。起き抜けのハシシュがないと、あたしはマジでファエバだけくり返すマシーンにしかなれない。頼むぜジジ、あるんだろ? ハシシュ? なあ? なあ?
「フォージ城塞学園では、違法な薬物の所持と使用は重罪です。
戦闘興奮剤が違法でない可能性、あると思いますか?」
ファエバ……
げんにょりしながらジジの運転する装甲車に乗って、生徒会長がお待ちだとかいう建物に向かう。装甲車の装甲板は金属製だし、機銃も搭載してる。そのことを指摘したら、ジジは「警察部の装備は基本的に金属製です」と答えた。まったく、何がどうなってんだ? 金属の装甲板なんざ、鬼種のレーザー攻撃が一瞬でフォーカスして、溶鉱炉に落ちたドローンみたいになるってのに。ファエバ!
装甲車でのドライブは15分ほどで終わった。あたしは単調な悪態をつきながら、ジジの後ろをついて歩く。建物は外観もキラキラしてれば内装もキラキラしてて、どうにも落ち着かない。
キラキラ廊下を5分ほど歩くと、これまたギラギラした扉にたどり着いた。この扉、ギラギラしてるだけじゃないな。防弾性能がある。でもやっぱり金属製か。鬼種がマジになって攻めてきたら、扉の先ごと溶けるやつだ。
ジジが扉に掌をぴたりとあてると、電子音がして、扉が開いた。古典的な掌紋認証か。この程度のシンプルな仕掛けなら、あたしでもネットワークに接触侵入して解錠できるかもしれない。いや、無理かな? 実戦だと鍵ってやつはジジとかが蹴飛ばしたほうが圧倒的に早く開くから、すっかり腕が鈍ってる。
部屋の中には大きな机があって、銀髪の痩せた女が一番奥に座っていた。他にも席はいくつかあるが、全部空席だ。
ふむ。あの女は、やる。
かなりハイレベルなカワイイ概念を実現させているが、あいつの顔は、あたしたちと同じ人殺しの顔だ。ファロファロ!
あたしたちの姿を認めた銀髪女は立ち上がると、ぬけぬけと「ごきげんよう」とか言い放った。アゾール! ジジとあたしは一瞬顔を見合わせると、「おはよう」と言い返す。
「おはよう、ミス・カミンスカ。おはよう、ミス・グロンルンド。
立ち話もなんですから適当な椅子を使ってください、ミス・カミンスカ」
あたしは遠慮なく一番近くにあった椅子に座った。ジジはごく自然に、あたしの後ろに立つ。あたしたちがバディで動くときの、戦闘フォーメーション。
「生徒会長閣下! そのミスなんとかはやめてくれねえかな。
あたしのことはパティ、後ろのコイツはジジでいい」
軽いジャブでスタート。
「ならボクのことも生徒会長閣下ではなく、ルデリットと呼んでください。
特にパティさんは、生徒会の上級執行委員です。あなたに閣下呼ばわりされると、ムズムズしますよ」
軽いジャブが返ってきた。ファエバ!
あたしがこの銀髪女を警戒してるのには、いくつか理由がある。フォージ城塞学園の生徒会長は、ほぼ必ず、とんでもなく腹黒で敏腕な政治屋として設定されてるってのが理由その1。そしてそんな設定持ちが人殺しの顔をしてるってのが理由その2だ。
「じゃあ、ルデリット閣下に聞きたいんだが。
あんたはあたしらに、どんな荒事をお望みなんだ?」
相手は人殺しの政治屋。こっちは人殺しだが政治の素人。短期決戦を挑むに限る。
「おやおや! なぜボクがパティさんに暴力の行使をお願いする、と考えたんです?
ボクとしてはまず、あなたが破壊したドアと、サファイア学生に対する過剰な行為の釈明を聞きたいと思っていたのですが……」
オッケー、説明タイムだ。プレゼンタイムとも言う。
「『膝を詰めて話をすべきことがある』と言い出したのは閣下だ。これってのは、生徒会内部での根回しだの談合だのをタイマンでやりましょうってお誘いだよな?
にも関わらず、閣下はジジを退出させなかった。ジジは生徒会に所属してねえのに。
で、あたしだって暴力にはそこそこ自信があるが、ジジはガチだ。つまりこのお話し合いは、暴力のプロが同席しないと建設的な結果が得られないってこと。
あとは2足す2は4って話さ。サファイア様の出る幕はないし、ドアの修理費くらい経費で落とせ」
さあ、どうだ? 要は「死んでも頭は下げねえ、だが暴力なら特級品を提供してやる、これでどうだこの澄ましヅラした人殺し野郎」ってのが、あたしのプレゼン。
ルデリットは少しだけ考えるフリをしてから、苦笑してみせた。
「大変結構。話が早くて助かります。
ですがボクのご提案は、もっとデリケートなものです。説明してもよろしいですか?」
あたしとしてはここで「いいえテメエの説明なんて聞きません、交渉は決裂しました、もう帰っていいですか?」と返すこともできる。できるんだが、それを言えば間違いなくこの女はあたしには逃げ場なんてないってことを誇示しはじめて、あたしは土下座して「お願いです説明してください」と頼み込む羽目になる。
そう――例えば「無罪放免にしたシンディさんですが、共犯の疑いがあります」とか言われたら? ファロファロ! あたしはため息をついてから、「どうぞ」と先を促す。
「まずは依頼の定義を精密にお話します。
ボクはパティさんを指揮官とした、パティさん自らが選抜した暴力装置が駆動することを、望んでいます」
ファエバ! 話が猛然と大きくなりやがった。クソ閣下専用の私兵部隊をあたしが編成して、あたしが指揮しろってか? おいおいおい。クソアマをぶん殴った賠償金にしちゃ、高すぎるだろコレ。
これはさすがに、形なりにも抵抗してみるか。クソ閣下がこっちのことをどれくらい把握してるのか、探りも入れたいしな。
「まあ待ってくれ、ルデリット閣下。
その話をジジにも聞かせるってのは、つまり閣下はあたしがジジをその暴力装置とやらに必ず選ぶと考えてる、ってことだよな?
そいつは随分と浅慮じゃねえか? それとも閣下だけに見えてる何かがあるってか?」
ルデリットはニコニコしながら、首を横に振った。獲物を追い詰めたという確信を得た銀色の狼は、こんな笑顔になるんだろう。
「誤解があるようですが、そもそもボクはジジさんには椅子を勧めていません。
一方でパティさんは、何の迷いもなく自分の背中をジジさんに預けました。
あなたがごく自然に背中を預けるような人物が、この学園に何人もいるとは思えません。
だからボクは、ジジさんに退出を求めませんでした」
ファロファロ! あくまで「この場で即座に判断した」と言い張るつもりか。だがこのクソ閣下が、事前にあたしとジジの関係を調べなかったとは到底思えない。政治屋ってのは、絶対にアドリブを仕掛けてこない。何もかも調べ尽くして、100%勝てる状況を作ってから、勝負を始めるのが連中の生き方だ。
いったいこのクソ閣下は、何を、どこまで、どんな形で知ってるんだ?
「……報酬次第、だな」
思考の泥沼に落ち込みそうになったあたしは、脳内で自分の顔を思い切り殴りつけてから、そう切り返した。色気を出して駆け引きを挑んじゃダメだ。何を言ってもあたしが不利になる。
「特別な報酬はありません。あえて言えば、パティさんの部隊に所属する生徒たちは全員、生徒会に所属するものとして扱われ、相応の待遇と給与を得ます。そうでなくてはボクが想定する任務を円滑に遂行していただけませんので」
バカにすんなよ、と言いかけて、あたしは押し黙る。あたしの部隊に誰が所属するかは、ほぼあたしの独断で決定できる(もちろんクソ閣下の承認は必要になるだろうが)。つまりあたしは、望む人間を、生徒会っていう特権階級に格上げさせられるってことだ。ファエバ! このクソ閣下、絶妙なところを突いてきやがる!
「乗った。あんたのために、最強の部隊を作ってやる。
敵が鬼種だろうがなんだろうが、ぶちのめしてやるよ」
0.5秒ほど熟考してから、あたしはクソ閣下にそう告げると、右手を差し出した。クソ閣下は、あたしの手をしっかりと握った。クソ閣下は、人殺しの手をしていた。




