フォージ城塞学園(1)
意識が回復すると、あたしはまだ生きてた。え?
深呼吸する。外部環境モニタをチェック。オールグリーン。ファエバ! 首を切られたらあたしら強化決戦兵士だって即死だ。モニタがぶっ壊れたのか? セルフチェックを走らせる。オールグリーン。ファロファロ! ああもう、ハシシュが食いてえ……
ファエバ! そんなことを考えてる場合じゃあない。
あたしは恐る恐る周囲を観測する。
なんてのか……なんだ……その……すごく? すごい? ファロファロ! 言葉にならねえ。なんもかんもがキラキラでフワフワしてやがる。アゾール! ファエバ! もう一度だけ深呼吸して、自分の至近距離を観測。やっぱりキラキラで、フワフワで、モコモコだ。いやたぶん……たぶん、だが……もしかするとこれ、カワイイってやつか? そうなのか? カワイイ概念は知識としてはあるが……これがカワイイなのか? ファロファロ!
よし、こんなときは外部環境モニタだ。脳内で警戒レベルをカリッカリに設定しつつ、これってなあに機能のスイッチを入れる。コイツは――他のだいたいの機能と同じく作動原理は知らねえが――外界に存在する人造物の名前を表示してくれるという優れものだ。使用者が「見よう」と思って意識を集中したものの名前しか出てこないから、視界が名前で埋まる心配もない。ただ観測と連絡が主たる任務となる〈聖女〉にとってみると戦闘中は邪魔な機能ナンバーワンなので、戦闘教本には戦闘開始前に機能オフを確認せよと書いてある。
さて……まずは手元から順番にタグを読んでみるか。どれどれ。【ベッド】。はぁ? こんなクソでかくてフワフワした頼りないベッドがあってたまるか! タギング機能がバグってんじゃねえの? 【壁紙】。ここの壁は紙製ってことか? 東洋の〈戦烏〉は装甲に紙を張ってるそうだから、ここは東洋なのかもだ。アゾール! 【カーテン】。これはわかる。でもカーテンに模様はいらねえだろ。【窓】【窓枠】。それもわかるって。窓も窓枠もキンキンキラキラしてるのがファエバってだけだ。あたしは恐る恐る【ベッド】から降りて……その前に床をチェック。【絨毯】。は? 自動辞書を並行起動させる。【辞書:絨毯。屋内の床に敷くための織物。カーペット】。ファロファロ! 辞書はクビだ。オフ。わからん言葉が増えた。織物? カーペット? まあいい。もし地雷の類が埋まってたら足を下ろそうと考えた段階で全力のアラートが鳴る。つまり【絨毯】はあたしを殺す能力を持ってない。狙撃を警戒しながら【窓】に接近。2キロ先まで敵性反応はない。とはいえ慎重であって損をすることはない。【壁紙】を遮蔽にしつつ(紙みてえな遮蔽だ!)【窓】の外を観測。どうやらこの部屋は高台にあるっぽい。眼下には馬鹿みたいにキラキラした巨大な建物が視界いっぱいに広がってる。建造物群のタグを確認――
【フォージ城塞学園】
ファエバ!? これタギング機能がバグってるだろ!? 念の為、外部環境モニタそのものをセルフチェック。オールグリーン。バグってない。じゃあもう一度観測。
【フォージ城塞学園】
ファロファロ! ぜってーバグ。これはぜってーにバグ、間違いない。だって【フォージ城塞学園】ってのは……
次の瞬間、あたしは体を【絨毯】の上に投げ出し【ベッド】を遮蔽にとった。遅ればせながらもタギング機能を手動でオフ。警戒レベルを最大に設定しておいた外部環境モニタが、この部屋のドアの反対側5メートル以内に人体と思われる移動体を検知した。鬼種ではない、ようだが、油断はできない。鬼種はもう〈聖女〉の探知機能を欺瞞できる。ファエバ! 戦争ってのはこんなものだ、装甲の防御力と砲弾の貫徹能力は競い合って伸びていくものだと、分かっていても腹が立つ。アゾール! ファロファロ!
移動体は速度を低下させることなく、4メートルを5秒フラットで移動。秒速0.8メートルは、歩行速度として平均値の下振れ側だ。歩行音からして大した戦闘訓練は受けていない。性別は女性である確率が79%。やや遅めの歩行速度と符合するが、爆弾をしこたま呑んだガキがえっちらおっちら歩いている可能性もある。自爆兵が搭載する爆弾は〈聖女〉の探知機能を凌駕する隠蔽機能を持ってることも珍しくないし、あいつら自分が何を運んでるか知らないせいで殺意もゼロだからいろんなセンサを悠然とくぐり抜けてくる。マジで厄介。
そんな無駄なことを1秒くらいの間で考えているうちに、謎の移動体はドアの前で動きを止めた。見るからに防弾性能ゼロなドアには、鍵すらかかってない。あたしはもっとマシな迎撃ポジションに移動する必要がある。でもなぜか、ベッドっていう遮蔽から出る気になれない。ファエバ! こんな布の山で防げる攻撃なんてありゃしねえのになあ。
グズグズしてると、ドアがノックされた。「お姉さま! パトリツィアお姉さま! 朝ですよ! 起きてますかー! 元気ですかー!」。謎の大声。だがこの声のおかげで、安全マージンは上がった。音響センサはいつだっていい仕事をしやがる。声の主は女、15歳前後、身長は150cm以下、体重は50kg以下。自爆兵の可能性は消えた。あいつらはもっと若くて軽い。それに温度センサは声の主の体温変化を示さず、音響センサは心拍数の上昇を示していない。外部環境モニタが敵性反応を検知しないのも自然だ。
なのにあたしは、やっぱり遮蔽を捨てられない。ファロファロ! 孤立した〈聖女〉は、クソみたいに動けねえクソだ。戦闘教本は嘘をつかない。アゾール!
あたしが共同便所の便器にこびりついた年代物のクソみたいに固まってる一方で、声の主はドアを開けた。あたしは遮蔽を最大限に利用しながら、侵入者を目視する。白黒のヒラヒラした服を着た、あたしと同年代の女だ。戦士、という雰囲気はない。
この雰囲気ばっかりはセンサーでは捉えられない、謎のカンみたいなものだ。殺すにせよ死ぬにせよ、道端に落ちてるコインを拾う程度の意味しか持たないヤツらが持つ、独特の空気。侵入者には、それがない。つまり、あいつは、弱い。あたしでも、やれる。




