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パトリツィア・カミンスカ、最後の戦い(3)

 天を仰いで祈りの言葉を唱えたハカセの体が、爆散する。彼のような親衛司祭は強化決戦兵士のなかでもエリート中のエリートで、人類に対する忠誠心その他の思想調査も徹底的に行われる。だから(・・・)彼ら親衛司祭は、自分の意思で自爆攻撃を起動させる権利を持つ。そして親衛司祭の自爆攻撃は一種の共感呪術であり、司祭に殺意を向けていた者を殺す。その射程は、最大で2キロ。


 同時に、盾を構えていたジジの体が、両足の膝から下を残して蒸発する。エネルギー照射の照準が完全に定まったら、盾を持っていようがいまいが、人体はこうなる。絞りきられたエネルギーの波はジジを貫通し、ハカセの体の残骸を貫通し、あたしたちの隣を通って、戦烏の死体を直撃した。


 それから一瞬の間をおいて、エネルギーの照射が止まった。ハカセの祈りは通じた。レーザー砲撃をしていた鬼種は、発電所の中央から最低でも500メートルは外に出て、ジジたちを攻撃していたのだ。ハカセが最期に残した呪いは、2キロの空間を渡って、鬼種を殺した。ファエバ!


「突撃!」


 あたしは腹の底から絶叫する。ジジとハカセの壮絶な最期はあたしの心にさざ波を起こしかけたけど、心理的動揺の予兆を検知した戦闘補助システムがダバダバとエンドルフィンを放出して事なきを得る。あたし以外の〈聖女〉とのデータリンクに成功した外部環境モニタは、まだ生きてる〈聖女〉の数が半分に減ったことを伝えている。

 局地戦闘における〈聖女〉の任務は早期警戒管制機(AWACS)相当だが、戦略的任務という点では親衛司祭と同じく「自走する爆弾」で、その力はイーサー発電所の制御システムを崩壊させることに特化されている。〈聖女〉が死んだ中隊は、他の〈聖女〉の露払いをすることはできても、発電所を吹っ飛ばすことはできない。まだ生きてる〈聖女〉であるあたしが、こんなところでモタモタしてる暇はない。

 鬼種のレーザー攻撃はあたしたちにとって大いに脅威だけど、それは鬼種にとっても同じだ。人間が自前の爆弾で死ねるように、鬼種も仲間のレーザー攻撃で死ねる。つまり直前まで大出力レーザー攻撃を受けていたあたしたちの周辺に、鬼種はいない。この間に、詰められる限り距離を詰める!


 何の妨害もなく1200メートルを走り切ったところで、わかりやすい障害物が前方を塞いだ。発電所への侵入を防ぐために設置された、金網だ。カツシローが飛び出し、カタナで金網を一刀両断する。時代が時代なら不法侵入のど真ん中。かつてこのフェンスを設置した人間は、まさかこんな形で自分の労働の成果が破壊されるだなんて想像もしなかっただろう。

 フェンスを踏み倒して発電所の敷地内(昔は駐車場だったあたりだ)に踏み込んだあたしたちの前方から、奇怪な動物めいた生物が押し寄せてきた。近接型の鬼種だ。熊とライオンと象を足して5で割ったような、ひたすらに殺意だけが溢れた生物たち。統一された形は存在せず、一体一体、慎重に対処する必要がある。

 でも鬼種が相手になっても、カツシロー無双は止まらなかった。カタナを一振りするごとに鬼種は手足を失い、頭を失い、やがて死んで赤い水たまりになる。重量を活かして突進してくる鬼種は綺麗に避け、多対一の戦いであるにも関わらず踊るように敵を斬り伏せていく。アゾール! こいつもこいつで、化け物じみてやがる。


 もちろん、あたしたちもカツシローを援護する。

 あたしの背後では、ティエラが絶好調だ。このクソアマが鬼種を指差すと、一呼吸の間をおいて、指さされた鬼種は体の内側から燃え始める。鬼種はイーサーを食って生きているが、イーサーは可燃性だ。なのでティエラは鬼種の体内にあるイーサーに、火をつけている……らしい。なんでそんなことができるのかは、知らん。〈魔女〉は〈魔女〉だから、としか言いようがない。

 あたしはあたしで、カツシローとティエラの脳内に戦況図を送り込んで、彼らが次に殺すべき鬼種を適切に選べるよう、あるいは絶対に避けるべき攻撃に気づけるよう、援護している。あたしの細腕じゃあ鬼種を斬り殺すなんて無理だし、あたしが指差しても鬼種が燃えたりはしないが、あたしだって伊達にこの中隊の隊長をやってるわけじゃあない。


 地面を赤く染め上げながら、あたしたちは前進する。5メートル。10メートル。敵の数は多く、駐車場のような広い空間では数的有利を活かされやすい。どうしても前進速度が上がらない。なんとか近くで戦っている中隊と合流して……と思うが、運悪くあたしたちの周囲には味方がいない。約1キロ東に迂回した場所で2人の〈聖女〉を有する15人の集団が戦闘中とのことだが、ここから1キロ迂回しようとしてもほぼ間違いなく途中で全員死ぬ。なら前進したほうがマシだ。

 その思考は、きっと、迷いでもあったのだろう。ティエラは小さく笑うと、あたしに声をかけてきた。


「〈聖女〉様、〈魔女〉からのご提案を、ひとつ。

 20メートル程度なら炎の道となって血路を開けますが、さて、方角はどちらに?」


 ファロファロ! このクソアマは、あたしが弱気になったときは、いつもこうやって煽りやがる。本当に、本当に、癪に障る。もし手元にハシシュがあったら、間違いなく食ってた。


「クソ〈魔女〉め、あたしらの道はいつだって前にしかねえぞ!」


 あたしの罵倒を聞いたティエラはにっこりと笑うと、目を閉じた。あたしはカツシローに緊急退避を命じる。ティエラの本気は、マジでヤバい。


「赤き炎よ、赤き血よ、命の血よ、燃える命よ、

 ティエラ・テッラ・テラが母と祖母の名に賭けて命ず――焼き尽くせ!」


 ティエラは素早く詠唱を完成させると、目を見開いた。その途端、彼女の視界に入ったあらゆるものが傲然と燃え始める。〈魔女〉の秘術である邪眼の力だと説明されたことはあるが、こんな邪眼は聞いたことがない。だが、今はその効果だけが問題だ。そして彼女が放った炎は、おどろおどろしい姿をした鬼種どもを焼き尽くしている。あたしとカツシローが彼女の背中を守るいま、発電所の駐車場は鬼種にとっての地獄と化した。

 世界を舐め尽くさんとする炎の渦は、しかし、8秒後にふっつりと消えた。ティエラがゆらりと地面に倒れる。こうなった彼女は、まる一ヶ月はまともに立つことすらできない。つまりもう、ティエラは死体だ。

 あたしは彼女に別れの言葉を言おうと思ったけれど、何を言うべきか思いつかず、ただ大声で「突撃!」と叫んだ。あたしたちの前方は、完全に開けている。今やるべきことはただ、駐車場を全力で駆け抜けて、20メートル先の発電所内部に突入することだけだ。全力で走るあたしたちの背後で、鬼種が人間の体をバラバラに引き裂くとき特有の異音がしたけれど、ティエラの悲鳴は聞こえなかった。あいつは、そういうやつだ。ファエバ!


 発電所の内部に突入したとはいえ、まだ先は長い。ここまでで稼げた距離は1230メートル。ゴールは3000メートル先。部隊の半数以上を失ったのに、まだ折り返し地点にもたどり着けていない。

 だが勝算が消えたわけでもない。発電所内に敵の侵入を許した鬼種は、明らかに慌てふためいている。東側面からの攻撃を続けている友軍から、敵の圧力が下がったという連絡がある。あたしたちが前進すればするだけ、友軍がタッチダウンできる可能性は高まる。この前進は、無駄じゃない。無駄にはならない。アゾール!

 それに、あたしたちがゴールに到達できる可能性だってある。この発電所はとてつもなく巨大だからこそ、人類がこれを運用していた頃は、棟内の移動に電動の車両が使われていた。つまり廊下はそれなりに広い。カツシローがカタナを存分に振り回せるくらいには、広い。あたしがこの作戦で「最期まで生き残るべき戦士」をカツシローと定めたのは、これが理由だったりする。


 そしてカツシローは今のところ、あたしの期待に答えてくれている。廊下の先から湧き出る鬼種どもを、思わず見惚れるくらいに鮮やかなカタナ捌きでぶっ殺し続けている。駐車場では10メートル前進するのに何分もかかったが、発電所内部に入ってからは、ほとんど足を止めずに済んでいる。

 鬼種はエアコンのダクトや水道管から奇襲を仕掛けてくることもあるが、その手のトリックはあたしが(厳密にはあたしに搭載された外部環境モニタが)前もって見破っているから、奇襲が成功することは絶対にない。1500メートル地点を通過。あと半分だ。いける。あたしたちは、やれる! あたしたちだからこそ、やれるんだ!


 でもその瞬間、あたしの胸に激痛が走った。脳内で猛然とアラートが鳴る。何が起こった? と思う暇もなく、あたしは地面に倒れていた。ファエバ! 刺された。致命傷だ。情報はそう告げている。でも、どこから? 何に? ファロファロ! なぜあたしは鬼種の攻撃を感知できなかった!?

 必死に、声を出そうとする。出ない。ファエバ! カツシローは目の前の鬼種を切り伏せ、それと同時に黒髪の頭部が胴体から切断された。即死だ。自分がなぜ死んだのかもわからなかっただろう。ファエバ! アゾール! ファロファロ! あいつは何に殺されたんだ!? 発電所の制御システム(ゴール)まで、残り、1469メートル。また刺された。でも前に。少しでも。残り1468.5メートル。身体があと60秒以内に機能を停止するという警告。ファエバ! それでも、あたしの道は、前だ! 前にしか、ない! 1468.2メートル。脳内に、友軍が謎の敵の奇襲を受け、〈聖女〉2名を喪失との報告が響く。なるほどね。鬼種は馬鹿じゃない。ファロファロ! こいつら、強化決戦兵士に対応しやがったんだ。少なくとも〈聖女〉のセンサーを騙す方法を、覚えた。だがな! あたしが! あたしなら! それでも、前に! 1467.9メートル。右手を、前に! それから、次は左手! そしたら右――手が、切断される。ファロファロ! なら左……も、切り落とされた。ファロファロ! ファロファロ! この程度で、前に進めなくなるような、ヤワな訓練は受けちゃいない! 1467.8メートル! だから! あたしが! 前に!


 ぐらり、と視界が回転した。最悪の貧血を起こしたかのように、意識が遠のく。天井が見える。天井? ついさっきまで床を舐めてたあたしが? ああ……ああ。首を、切られたのか……ファエ、バ……!


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