家庭科室の決闘(8)
あたしが巨大魚を共有の食材置き場に置いてからというもの、ゴールドバーグは完全に冷静さを失い、勝手に自滅した。ゴールドバーグの助手に入っていたアレクセイとかいう男は必死で立て直しを試みたが、ハカセ曰く「オーブンの中身がどうなってるかを途中から推測するなんて無理ゲーっすよ」だそうで、ゴールドバーグ渾身の「ナントカのカントカ ナントカカントカナントカ風」は無残な仕上がりに終わった。いや、十分に旨かったけどな?
一方、ハカセは巨大魚を切り身にすると、実にお上品な量の焼き魚を作ってみせた。味は……まあ、うん、わからん。もっと塩を効かせたら、もっと旨かったと思う。それにバターなんていう伝説の調味料が使い放題なんだから、ガッツリとバターを放り込めば最高だったんじゃねえかな。
「パティ姉さまが最後まで仁王立ちしかしなかったの、完璧な作戦でしたね」
「隊長は塩分取りすぎだって、私はいつも注意するんですけどね……」
「バター、ちょろまかしてあるっすよ。食います? 時間があればバターも作ったんすがねえ、残念ですわ」
うっせー黙れ! あとバターをよこせ……って、バターって作れんの!? マジで!?
家庭科室での決闘の後、あたしらは中隊司令室に集まり、ささやかな宴会を開いていた。決闘で使わなかった食材は好きに持ち帰っていいという話だったので、ハカセに目利きさせてクーラーボックスに詰め込み、ジジがそれを担いだ。司令室のミニキッチンで料理したのは、当然ハカセだ。ルデリットが助手をしてたのが、意外と言えば意外。
「しかし伝説の巨大魚ですか……ボクも噂程度は聞いていましたが、捕獲できるものなのですねえ」
「こちとら強化決戦兵士だぞ。海軍じゃねえから水中戦闘は専門じゃねえが、一通りの訓練は受けてる。ルデリットが調達してくれた銛、軽くて使いやすかったぜ」
「でも隊長、最初は『水は怖い、コレで片付けよう』って言ってましたよね」
「ファエバ! 山とか海とか湖とかを舐めんなって話だ!」
ちなみに手榴弾漁は、食材保護の観点からハカセに止められた。
「調理に使わなかった巨大魚は、生物部と歴史生物部が山分けしていきましたよ。捕獲場所や方法を問い詰められることになるでしょうから、覚悟しておいてください。それらの情報をボクは知らないことにしますし、聞こうとも思いません」
「めんどくせえ……」
「実際、どうやって生息場所を突き止めたんです? いくらパティ姉さまでも、特定の魚の生息場所まで探知するのは難しいと思うんですが」
「そもそもの話になるが、巨大魚にしようって言い出したのは、ハカセだ。今の学園の生徒たちにとって一番馴染み深い『生きる伝説』が、巨大魚だってことでな。
で、ハカセが魚の外見だのなんだのを本から特定した。本には画像もついてたから、居場所をルー=ガルーに聞いた」
「ヒエッ」
あったりまえの話だが、本を片手に山に登って、ルー=ガルーに「この魚、どっかで見てねえ?」と聞いたわけじゃあない。あいつが割り込んできた生徒会の秘匿回線に、画像を添付して質問を投げただけだ。ダメモトだったが、答えが返ってきたので万事OK。いや、正直なことを言えば、答えが返ってきたことにマジでビビったけど。
「私としては、ゴールドバーグがあそこまで動揺したのが意外でした。
隊長はなぜ、こうなると踏んだのですか?」
「あたしがあんまりにも、あいつの脳内にある『立派な男』でありすぎたから、だ。
未知の土地を探検し、伝説の獲物を自力で狩って、勝負の場に戻ってくる。しかもその狩りの獲物を、敵と共有する。
それを、女のあたしが、やった。だからあいつは、頭が一時的にバグった。人間の心ってのは、あたしらよりずっと脆いんだよ」
「彼は特に、『男』という概念が呪術レベルで絡みつくような人生を送ってきたっすからねえ……もしかすると今頃、どっかの誰かが呪詛返しを食らってるかもしれないっすよ?」
確かに。幼いゴールドバーグにかけられた呪いが「男に対する呪い」であったとしたら、彼の中で「男とはかくあるものだ」という概念が大いに揺らいだいま、呪いはその行方を失い、呪詛をかけたクソ野郎のもとへと返っていった可能性がある。
つうかあれだな。呪術戦はやっぱ、めんどくせえ。暴力で解決する戦いが最高だわ。
「そういやシンディ、エメラルド様はどうだった?」
「あくまで噂ですけど、ちょっと荒れてるらしいですよ。『あそこまでしろとは言ってないでしょう!』っていう怒鳴り声が聞こえたって、友達からメッセージが入りました」
「あそこまでしない理由がねえんだよなあ」
どうやらエメラルド様に一泡吹かせることにも成功したようだ。あたしが今回やったことは、どう見たって「女でも料理ができる」じゃなく、「パトリツィア王子様だからできる」だからな。あたしを一般的な例に仕立て上げて消費しようとしたエメラルド様の、見込みが甘かったってこと。
つうかあれだな。政治戦もやっぱ、めんどくせえ。暴力で解決する戦いが至高だわ。
とはいえ、めんどくさいからといって避けていたら大変なことになるってのも事実だ。だからあたしは、ルデリットに声をかける。
「ルデリット。シンディのことで、相談がある。
最高の気密性が担保できる空間がほしい。用意できるか?」
「構いませんが、今からですか?」
「もう旨い飯は堪能したろ? こっから先は、仕事の時間だ」
「了解です。では15分後に、生徒会室で」
「わかった。シンディ、行くぞ。お前の話だ。お前も聞いておけ」
「へ? え? は、はい」
あたしとルデリットは同時に立ち上がると、司令室を出た。シンディが恐る恐る、あたしの後ろについてくる。あたしは後ろ手でジジとハカセに手をふると、司令室の扉を閉めた。
司令室のある棟を出たところで、あたしらはルデリットと別れた。ドキドキ顔のシンディをつれて、あたしは自分の部屋へと向かう。外はすっかり日が沈み、空には薄ぼんやりと星が見えた。学園はどこもかしこも明るすぎて、星もまともに見えやしねえ。
「……えと。生徒会室なら、こっちの廊下のほうが」
「ファエバ! なんでそんなところに行くんだよ。シンディ、もっと頭を使え!」
「ふへ?」
「わからねえなら、それでいい。部屋に帰るぞ。疲れた。一秒でも早く寝たい」
「は、はい……あ……ああ!」
シンディも納得したようなので、あたしは肩をすくめると、部屋に向かう道を急いだ。まったくなあ。腹心の部下たちのこともろくすっぽ理解せずに中隊長をやってたなんて、中隊長失格と言われても反論できねえよ。
「……パティ姉さま。理解できなくても、いいんじゃないかなって、私は思います」
ぽつりと、シンディが呟く。
「そうか?」
あたしは足を止めて、振り返った。シンディは、自問自答するかのように、言葉を続けた。
「理解してもらうのが大変だって分かってるからこそ、理解してもらえたときは、とっても嬉しいですもん。パティ姉さまが、理解しよう、理解したいって頑張ってくれてるなら、それ以上のことを欲しがったりするのは、贅沢すぎます」
あたしはもう一度肩をすくめると、前に向き直った。
「そうか」
「そうです」
シンディの「そうです」が、「そうです」ではないことだけは、分かった。だがどうすればいいのかは、分からない。ファエバ! アザール! ファロファロ! 暴力で解決できねえことは、本当に面倒くせえことばかりだ。
ああもう、寝る前にハシシュが食いてえなあ……




