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家庭科室の決闘(6)

 料理にハシシュを混入させるという完璧な作戦をあっさりと否定されたあたしは、勝負の鍵を握るもう一人の人物であるハカセを尋ねた。

 一応はハカセも生徒会役員のはずなんだが、あいつは講義に出ることもほとんどなく、かといって生徒会室で仕事をすることもなく、図書館に引きこもっているらしい。それでもルデリットに対して自分の居場所を教えるために一日一回は生徒会室に顔を出すというのだから、マメなんだかサボり症なんだかわからねえ。


 今日のハカセが籠もっているのは、第17図書館だった。主に歴史学だの民俗学だのの専門書が集められている場所だ。あたしなら30秒で寝る自信がある。なんなら図書館にいたのはハカセ1人(司書はAIだ)だったので、熟睡するには最高の場所とすら言える。


「……ゴールドバーグ副会長のこと、聞きに来たって感じっすかね?」

「見事にお見通しだな、ハカセ。そこだけは相変わらずだ」


 昔からハカセはあたしが何をしたいのかを見抜き、先回りして準備しておくことができるヤツだった。まれに明後日の方向を向いた準備がされてることもあったが、それはご愛嬌ってもんだ。


「あんまり楽しい話にはならないっすよ?」

「エメラルド様とのお茶会よりは楽しくなるだろ?」

「どうですかねえ?」


 ハカセは読んでいた本を閉じ、脇に寄せると、小声で話し始めた。


「周囲20mに人間の反応がないんで、普通に喋るっすよ。

 まずはヴィンス・ゴールドバーグの身元から。彼はこのご時世に『貴族』の称号を持ってるゴールドバーグ家の人間っすけど、継承権はありません。彼の父親は、ゴールドバーグの家の人間だけど、そうじゃないんすわ」

「どういうことだ?」

「ゴールドバーグの母親の旦那は、ゴールドバーグ家の現当主っす。でもヴィンスの父親は、現当主の弟でほぼ間違いないんすよ」

「ファエバ! 旦那の弟とデキてたのかよ!」

「それもどうだか。現当主の弟は、ゴールドバーグ家から追い出されてるんすよね。もしこの話が当主の女房の家庭内浮気だっていうことなら、女房のほうが追い出されません?」

「つうことは何か、弟が兄貴の嫁を強姦した、とでも?」

「真相はわからないっす。お貴族様のスキャンダルですからね。ただゴールドバーグ家は中絶反対運動の中心的な家で、家系のルーツはまだアメリカが合衆国だった頃のテキサス州にまで遡れるとか」

「歴史の話はやめろ、眠くなる。ともあれヴィンス・ゴールドバーグが実家じゃ肩身が狭いんだろうってのは、想像つくぜ」

「母親には溺愛されてたそうですが、当主である父親からは冷遇されてるとか。自分らみたいな生まれ方をしたほうが、まだマシな子供時代を過ごせたんじゃないっすかねえ」

「……かも、しれんな」


 中絶反対運動の総本山みたいな家で生まれた、望まれない子供。理念と現実の食い違いを象徴するかのような子供が、どんな幼少期を過ごしてきたかを想像すると、さすがのあたしでもゾッとする。んー、それでも強化決戦兵士として作られるよりはマシじゃねえかな? あたしらがクソ味のクソだとすれば、ゴールドバーグはカレー味のクソって感じだよな?

 最底辺競争はこのあたりでやめとこう。虚しくなる。ファロファロ!


「それからもうひとつ。ゴールドバーグは12歳くらいまで、女として育てられてきた疑いがあるっす」

「別にそんなの、きょうび珍しくもねえだろ?」

「ただそれだけなら、よくある話っす。

 ですがどうやらこれ、古典的な対呪詛防御だったみたいなんすよね」

「あー……なるほどな」


 呪術に対する防御として「社会的な性別を変える」というのは、大昔から行われていたらしい。幼いゴールドバーグを呪い殺したくなるくらいに逆恨みしているヤツがいたとしても、「男子に対する呪詛」を「この子は女子である」という社会認知で跳ね除けることは、十分に可能だ。


「ゴールドバーグが12歳になったとき、母親が死んだっす。葬式には、今まで誰も見たことがない少年が列席したとか。これがゴールドバーグの、男としてのデビュー戦ってことっすね」

「12歳か。ゴールドバーグが二次性徴を迎えたのだとしたら、社会認知を利用した対呪詛防御が著しく弱まった可能性は高い。母親の死は、呪詛絡みかもな」

「そこはもう、推測すらできないっすね。お貴族様のお家事情が絡む以上、ゴールドバーグを呪ってたのは彼を溺愛してた母親で、母親は呪詛返しで死んだ可能性すらある。なのでこの話はここまでってことで。

 重要なのは、12歳当時のゴールドバーグは、ひどく体が弱かったってことっすよ」

「あいつが? ルー=ガルーの関心(・・)を耐えた、あいつが?」

「ゴールドバーグは13歳でフォージ城塞学園に放り込まれてるっすが、そこで登山部と出会ったのが大きかったみたいっすね。ほとんど平地と変わらない、公園ライクな山から登り始めた彼は、あっという間に山の魅力に取り憑かれて、今じゃご覧の通りっす。

 それに海外登山遠征で、いわゆる霊山ってやつにも、たくさん登ってることが記録されてるっす。登山部の中に、対呪詛ないし呪詛浄化のプロが混じってると思って間違いないかと」

「ふうむ。だんだん、お前が何を言いたいのかわかってきたぜ」


 あたしの中で、おぼろげながらも、料理対決での勝ち筋が見えてきた。だがこの勝ち筋で行くには、いろいろと越えなきゃならねえ壁がある。


「率直な所感を聞くが、完全に同じ条件でお前とゴールドバーグが料理対決したら、勝つのはどっちだ?」

「そりゃもちろん自分っすよ。料理と言えば聞こえはいいですが、要は不均質な生物素材と多少の無機物を用いた化学実験っすよ? 人間にとっての『旨さ』も、もはや謎なんて何一つありません。自分が圧勝して終わりっす」


 そういえば、そうか。戦闘に完全特化したあたしらと違って、従軍司祭であるハカセは、中隊の生存性向上もその任務の一部だ。「凄腕の従軍司祭がホームセンターに立て籠もったら、遠距離から砲撃で潰すことを考えたほうがいい」なんて冗談まであるが、これはあんまり冗談で済ますべきじゃないってところが実にヤバい。


「料理は視覚も重要ってなら、自分は幾何学や色彩心理学のDBを呼び出すだけのことっす。『キレイ』は作れる。ただの人間相手に、負けようがないっす」

「だがそれでは、この問題は本当には解決しない。そういうことだな、ハカセ?」

「ま、そうすね」


 ハカセが主体となって料理対決でゴールドバーグを圧倒しても、ゴールドバーグは間違いなく別の新たな勝負を挑んでくる。いまの彼を彼たらしめているのは、良くも悪くも「男」という概念だ。「男はこうあらねばならない」という強烈な思い込みが――それこそルー=ガルーの関心に耐えられるくらいに、呪術レベルでの強烈な思い込みが――彼を駆動させている。

 彼にしてみれば、女であるあたしやジジが、暴力が交錯する前線に行くことなど、絶対に認められないのだろう。だからハカセが化学実験でゴールドバーグをこてんぱんにしたとしても、あいつは諦めない。その程度で諦めるタマなら、ルー=ガルーに見られた(・・・・)瞬間に死んでる。あたしがあまりのウザさに白旗を上げるまで、ゴールドバーグの「決闘の申し込み」は続くだろう。

 ファエバ! マジでめんどくせえ男だな!


 あたしは何とかして、あたし自身が主体となる形で、ゴールドバーグとの料理対決に勝たなきゃならない。それこそあいつが「男を殺す呪詛」に対抗するため本能的にガッチガチに固めた、「真の男」という呪術防御を粉砕するくらいの衝撃を、あいつの精神に叩き込まなきゃならない。

 だが素直にそれを実現すれば、エメラルドのクソアマのドリームがカムトゥルーするという、これはこれでムカツク事態が発生する。今回は利害が共通しているから多少の協力をしちまうことになるのは仕方ないとして、吠え面くらいはかかせなきゃ、今度はこの先エメラルド様(クソ女)からちょっかいをかけられ続けることになりかねない。アザール!


 しゃあねえなあ。ここはいつもの、プランVで行くとするか。


「プランVのVは暴力(Violence)のV、と。

 最低でもプランH(ハシシュ)よりは筋が良さそうっすね。自分は何をすれば?」

「急いで調べ物をしてほしい。あたしのカンが正しけりゃ、この図書館でも調べはつくと思うぜ」


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