家庭科室の決闘(5)
「周囲にいる生徒は、私達に敵意や害意を抱いているわけではない」
あたしは脳内でもう一度、シンディの言葉を繰り返した。真面目にカウントはしていないが、おそらく20回は越えた。
ファエバ! アザール! ファロファロ!
訓練室に行ってぶっ倒れるまでトレーニングしてえ!
「けしてパトリツィア様のお料理の腕前を疑っているわけではありませんわ。
ですが、ねえ……お料理……でしょう?」
「ねえ……お料理、ですものねえ……」
「やはりお料理は殿方のご趣味ですから……」
「キッチンは男の城と申しますものねえ……」
ルー=ガルーとの会見を無事に終えたあたしらは皆、あれから数日の間、死んだように寝た。ルデリットは呪いから生物兵器まで、あたしらがベッドから起き上がれない理由となり得るあらゆる可能性を精査したが、何をどう調べても結論は「過労」だった。ルー=ガルーとサシで話をしたあたしらは、あの短い時間で、魂と身体の根っこのあたりを猛烈に削られたというわけ。
あたしとしてはゴールドバーグに「互いに体調が悪いんだから料理対決は無期限中止にしようぜ」と言ってやりたいところなのだが、どうやらあたしら同様、ヤツも数日寝たら復調してしまったらしい。それどころか来週末の料理対決に向けて、入念に準備を始めているとかいう噂だ。
となると、あたしもエメラルド様とのお茶会を体調不良で回避するわけにはいかない。
シンディ曰く、エメラルド様とやらは部活動連絡会とかいう組織のボスだそうだ。で、部活動連絡会というのは、生徒会とは違う系列だが、生徒会に並ぶほどの政治力を持つ組織なのだとか。
もちろん、あたしとしては「それで?」という話なのだが(実際にシンディにも「それで?」と言ってしまった)、今回に限ってはエメラルド様との政治から逃げるわけにはいかない。極めて遺憾だが、逃げられない。このクソ女の政治につきあうことが、ゴールドバーグとの勝負の鍵になり得るからだ。
いや、しかし。
そうは言っても、これはキツイ。
何がキツイって、お茶会に集まったエメラルド様の御学友の皆様とお喋りしなきゃならねえってのが、ガチでキツイ。
今はまさに料理対決の件で話が盛り上がっているが、キツさのレベルがヤバい。
「ふむ……皆さんは女が料理をすることに否定的なようだな。
あたしとしては、女も料理をして良いと思うのだが?」
形式だけを見れば「場がだいぶ温まった」状態にあるから、あたしは交渉サポートAIのオススメに従い、ややフランクな言葉遣いを選ぶ。
「そうはおっしゃいますが、料理は男らしさの象徴ではありませんか。
もちろん、パトリツィア様がお料理するところは、なんとしても拝見したいと思っております。でもそれはパトリツィア様だから、ですわね」
「ゴールドバーグ様がお菓子を作られるお姿は、本当に凛々しいですものねえ……きっとパトリツィア様もお似合いだとは思いますが、私たちでは、とても……」
ファエバ! さっきからあたしのメンタルをガンガン削ってるのは、まさにこの手の「男らしい」「女らしい」論法だ。
強化決戦兵士にとっても、性別は大きな意味と違いをもたらす。というのも、いくつかの魔術は性別に紐付けられる側面があるからだ。
ティエラはその典型で、あのクソ魔女の魔術は、魔女術の中でも女にしか使えない術を組み合わせて発現させているらしい。かく言うあたしも女として作られたことには意味がある。イーサー魔術を用いたアストラル通信魔術は、なぜか、女にしか使えないのだ。これは〈聖女〉が〈聖女〉と呼ばれる理由のひとつでもある。
これは逆に言えば、魔術との親和性や適合性を横においたが最後、あたしらにとって性別なんて意味がないってことだ。
強化手術でブーストされた身体能力に、男女差などない。差が出るとすれば、超小型生体イーサー炉をどれくらい効率的に駆動させられるか(あるいは炉がどれくらい自分の身体に馴染むか)のほうが、ずっと影響が大きい。
「やはり火を使うのは怖いですものねえ」
「刃物も恐ろしくて仕方ありません。指に怪我をするかもしれないと思うだけで、寒気がしてしまいます」
「私は火や刃物なら我慢できますけど、フライパンやお鍋が重くて……男の方は、あんな重いものに、お湯をたっぷり入れて運ばれるのでしょう? 私にはとても無理です」
お前らさ、男だから火が避けてくれるとでも思ってんのか? 炎上する戦烏の中に閉じ込められた空挺部隊員は、男だろうが女だろうがみんな焼け死ぬ運命だ。さもなくば、墜落死だ。夜間強襲降下のときは、必ずといっていいほど流れ星になる連中が出る。全身を炎に包まれて発狂した強化決戦兵士が、上空3000mから地上へとダイブしていくのだ。
つまりな、女だから火が怖いんじゃあない。誰でも火は怖いんだよ。それは刃物だって同じだ。あと、鍋釜が重いなら強化手術を受けろ。それで万事解決だ。
「ふむ。ではこう考えてみてはどうだろうか?」
あたしは机の真ん中に出ている大皿からビスケット(と思われるもの)を1枚手に取ると、2つに割った。そのうちの1つを、隣に座るエメラルド様の目の前に差し出す。
「料理の技術の中には、そのままでは大きすぎる食材を、小さく切り分けるという技がある。一般にはナイフを使うことになるが、こうやって手で小分けにしてやることだって、不可能じゃあない。
これは、料理とは言えないだろうか?」
あたしの後ろに立つシンディが「ピンを引くと温まるレーションの、ピンを引くというのは、すなわち料理っていう理論ですね」と考えているのが手に取るように分かる。ファロファロ! 電子レンジで冷凍食品を温めるのは超立派な料理だろうが! それとどこが違う!
「面白いですわね……パトリツィア様らしい、斬新なご見解です。
ではパトリツィア様の手料理、喜んで頂きますわね」
そう言ったエメラルド様は艶やかな笑みを浮かべると、あたしが差し出したビスケットの破片を、そのままパクリと食べた。彼女の唇があたしの指に軽く触れたのを、感じる。
あたしでも分かるレベルの、ぶっちぎりのマナー違反だが、周囲を固めた女生徒たちからは甲高い悲鳴と歓声が上がった。ファエバ! 帰りてえ!
とはいえ。あたしだってこんなくだらない芝居を、何の計算もなしに続けてるわけじゃあない。それはエメラルド様にしても同じことだ。
シンディによると、エメラルド様の影響力は、生徒会長であるルデリットに匹敵し得るらしい。なのになぜルデリットが学園の独裁者として君臨しているかと言えば、そりゃあ当然ルデリットがずば抜けたクソ野郎だからというのが理由のほとんどなのだが、部活動連絡会という組織が持つ残念な仕様も影響している。
この学園の生徒たちは、「かくあるべし」を重んじる傾向が強い。今も話題の中心になっている料理だって、そのひとつだ。「料理は男のものであるべし」という伝統に、誰もが縛られている。
だから、名目上は学園に無数に存在する部と同好会の元締めであるエメラルド様と言えども、その権力は部活動連絡会のすべてに及ぶわけじゃあない。それこそ「料理同好会」に対しては、エメラルド様の影響力は陰りを見せるというわけだ。
と、こんな事情があるからこそ、エメラルド様はなんとかして「ナントカカントカは男のもの(ないし女のもの)」という常識をぶっ壊そうとしている。ここを打破しないことには、ルデリットとの権力闘争のスタートラインにすら立てないことを、エメラルド様はよくよく知っている……らしい。
だからエメラルド様は、あたしとゴールドバーグの料理対決にあたしが勝つという展開を望んでいる。料理は男だけのものじゃないってことを、全学園生徒に見せつけてほしいってわけだ。
つまり。
ほぼ疑いなく、ゴールドバーグがあたしに決闘を挑むように誘導したのは、このクソ女だ。
まあ正直、エメラルド様はマジでよく考えたな、と思う。
あたしにもメンツはあるから、見るからに人間の食用に適さない物体を作り出すようなことだけは避けるべく、最大の努力をせざるを得ない。そして曲がりなりにも食い物めいたものが仕上がったら、「パトリツィア様は健闘するも敗れた」という結末に持ち込んだって構わない。エメラルド様にとってみれば、あたしという非常識が、学園の常識に拳を振りかざすところを見世物にできれば、それでいいのだから。ファロファロ!
無論、あたしにしてみると、「ムカツク」の一言に尽きる。なんつーか、なんもかんもが、あまりにも、あたしらと関係なさすぎる。権力闘争も辟易するが、「男らしさ」だの「女らしさ」だのに強化決戦兵士を巻き込むのは、本当に勘弁してほしい。そういうのは人間だけでやってくれ。
つうかさ、ルー=ガルーを見ろよ。あたしらはあいつが男なのか女なのかなんてことを、一切考えられなかった。あそこにいたのは、純然たる暴力にして、質量を備えた殺意、具現化した死だった。つまり、唯一の真実である死に、性別なんてないってこと。
それに比べて、男だの女だのその手のどうでもいいパラメータで権力ゲームをキャッキャウフフとか、マジでどうかしてる。時間の無駄だ。一生ってのは、結構短いんだぜ?
とはいえ、決闘は決闘だ。
料理対決だろうがなんだろうが、勝負は勝負。負けたくねえんだよなあ! 絶対に!
その後も小一時間ほど、あたしとエメラルド様は「学園の常識に挑む、2人の革命家」ごっこを続けた。心底疲れた。さすがに今日は部屋に帰ったら、速攻で寝るぞ。
あ、ところでシンディ。料理対決に圧勝できる秘策を思いついたんだが……
「パティ姉さま、料理にハシシュを混ぜるのはマズいですよ?」
「え、駄目か?」
「駄目ですし、そもそも非現実的です。料理に混ぜるも何も、ハシシュがあったらパティ姉さまが全部先に食べちゃうでしょ?」
ファエバ! アザール! ファロファロ!




