家庭科室の決闘(2)
その日の講義と昼飯タイムをなんとか乗り切ってあたしたちは、3コマめの(つまりは午後唯一の)講義が終わった途端、やんわりと女生徒たちに包囲された。突破するのは簡単だが、たぶんこれって突破したら駄目なやつだ。だよな、シンディ?
「そのとおりですね。ちょっと交渉しますので、パティ姉さまは『周囲にいる生徒は、私達に敵意や害意を抱いているわけではない』と100回くらい脳内で繰り返していてください」
「お前さ、マジであたしを何だと思ってる?」
とはいえシンディはこの謎の学園でかれこれ6年を過ごしてきた、ベテラン生徒だ。こういうときにあたしみたいな階級が上なだけの新兵がしゃしゃり出ても、良いことは何もない。ないんだよなあ。ないんだよ。ファエバ!
「……はい、大丈夫です、はい……はい。
ですがそれは……はい、もちろん。はい。是非」
シンディが女生徒の一人とコソコソ話をしているのを聞くとでもなく聞きながら――聞こうと思えば話してる相手の心拍数まで聞き取れるが、派手な技術の無駄遣いだ――あたしはなるべくにこやかな笑顔を作ることに専念する。笑顔と挨拶は社会的トラブルの半分を予防するってのが、中隊長としてのあたしのノウハウだ。なおあと半分はカネ・メシ・ハシシュの供給。
いろんなタイプの笑顔を試しながら、周囲の女生徒たちの呼吸数と心拍数をチェックする。人間の場合、精神的な興奮状態はそれらの数値である程度まで確認できる。ほうほう。この顔……いや、こっちのほうがウケるな。これは? あ、ちょっと微妙ね。じゃあコレ。お、いい感じだ。
「パティ姉さま、派手な技術の無駄遣いで遊ぶのやめてください。
エメラルド様からお願いがあるそうです」
ファロファロ! エメラルド様? サファイア様の親戚か何かか?
「こうしてご挨拶するのは初めてですので、初めましてと申し上げますわ、カミンスカ様」
「初めまして、エメラルド様。パティと呼んでほしい」
「あら! ではパトリツィア様と呼ばせて頂きますわね。
急に不躾なお願いで申し訳ないのですけれど、一週間後の放課後、第5南ティールームでお茶会を開きますの。私が副部長を務めますオリガミ手芸部が主催……ということにはなっておりますが、事実上、私のプライベートなお茶会と考えて頂いて構いませんわ。
ゴールドバーグ様との決闘のご準備でお忙しいかとは思いますが、時間の損をさせない自負がござざいます。ご招待、受けて頂けますでしょうか?」
あたしは内心でオリガミ手芸部とやらの活動内容が超絶気になっていたが、このタイプの人種に対しては、そこは論点にしないほうが、たぶん無難だ。あたしですら騎兵隊の連中から「空挺ってカラス小屋を掃除する以外に何かしてるのか?」とか煽られときはブチギレしたからな。知ってて当然って顔するのが正解。
ともあれシンディを通してのオファーってことは、受けちゃって構わないってことだろう。料理対決みたいな罠はないはずだ。
「エメラルド様じきじきにご招待いただけるとは、大変にありがたく思う! 是非とも茶会に参加させてほしい。それより、あ……コホン、私のような不調法者があなたの茶会に招かれるなど、あなたの格を下げることにならなければよいのだが」
「ご謙遜を! こちらこそ招待を受けていただき、光栄の極みですわ。
では来週の放課後、よろしくお願いいたしますわね」
「こちらこそ、期待させてもらおう!」
あたしらの周囲を緩包囲する女生徒たちの間でキャーキャー言う声が飛び交ったが、これはもう仕様として考えよう。それにあたしのカンが正しければ、彼女らはエメラルド様の取り巻きで、かつ、あたしがエメラルド様の「急な誘い」に応じることにベットした連中なのだろう。歓声が上がるくらいに嬉しくなっても、仕方ない。
ともあれあたしがエメラルド様と丁寧に握手すると、エメラルド様もその取り巻きも、潮が引くようにさっと散っていった。
「パティ姉さま、あんなちゃんとした応対もできるんですね、ビックリしました」
「ファエバ! あたしは中隊長だったんだぞ? 中隊長ともなれば、この手の『交流会のお誘い』『勉強会のお誘い』『宴会のお誘い』には事欠かねえんだよ。言い回しも、立ち回りも、否が応でも覚えるさ」
「なるほど……私、だいぶ出しゃばりしちゃいましたね。ごめんなさい」
「アザール、なんでもそうやってすぐに信じるな。中隊長やってると社交案件が増えるのは事実だが、応対は交渉サポートAIが出す字幕見ながらやってるだけだ。オファーを受けていいかどうかまで判断できるなら、勢いで料理対決を受けたりしねえよ」
「そんな機能が! わかりました、今後はそれを前提に動きますね」
ちなみに交渉サポートAIはあたしが特別に受け(させられ)た8回目の強化手術で埋め込まれたものだ。もう14歳になってたせいで強化手術の術後生存率は70%ほどだったが、懲罰委員会が決めたことだから仕方ない。ファロファロ!
「頼むわ。でさ、オリガミ手芸部って、具体的に何してんだ?」
「さすがに分からないです。この学園の同好会って、正確な数は誰も把握できてませんから……最悪、オリガミとも手芸とも関係ない可能性すらあります」
「茶会までに調べておいたほうが良さそうだな。頼んでいいか?」
「任されました。今日もこれからトレーニング室ですか?」
「ちょいと悩んでるところだ。久々に交渉サポートAIを起動したら、適合する環境DBがないって喚いてな……この学園の政治的な地図と、あたし自身の立ち位置が定義できてないせいで、『とりあえずあたしの方が偉いものとする』ボタンを脳内で連打するハメになった」
「ははあ、ルデリット会長に聞くのが早そうですね」
「気乗りしねえけどな」
というわけで、あたしはしぶしぶ生徒会室に向かい、シンディは「オリガミ手芸部の件も含めて、エメラルド様のことを調べてきます」と言い残すとどこかに行ってしまった。
の、だが。
生徒会室の扉を開く前の段階で、トラブルの気配はあった。扉の向こうから(あたしになら)かすかに聞こえる複数の声に、明らかに揉めているニュアンスが乗っていたのだ。声の主の片方はルデリットで、もう片方は……ゴールドバーグか! ファエバ! あたしに料理対決を申し込んできた謎の男子学生だ。
うわもう帰りてえと思ったけれど、状況的に言えば乗り込む一択なのは間違いない。ちゃんと音響センサを動かすと、部屋の中には2人しかいないのも分かった。つまりルデリットとゴールドバーグがサシで話してるってこと。
やれやれ、ゴールドバーグ様とやらもどうせ何か仕掛けてくるだろうと思ったが、生徒会長ルデリット閣下に直接何かをねじ込んでくるレベルの政治屋とはね。なんとかしてぶん殴って終わりにできんのかな、これ?
かくしてあたしを腹を決めると、生徒会室の扉を開く……
「ですからルデリット会長、何度も申し上げているように、カミンスカ委員は僕との決闘を2週間後に控えているのです! 今ここで彼女に危険な任務を申し付けるのは、僕としては絶対に認められない!」
「ならばボクも同じことを繰り返し言うほかありません。先方は君よりも早く、カミンスカ委員を事実上の名指しで召喚しています。横車を押しているのは明らかに君でしょう?」
お?
「横車、大いに結構! その『名指しでの召喚』が異常なのは会長も認めるところでしょう? 異常な契約によって個人の自由と権利が縛られてはならないはずだ!」
「ですがこの召喚を無視すれば、旧校舎どころか新校舎の安全すら揺らぎかねません。そしてカミンスカ委員は、なまじの異常に遅れを取る人物ではありません。少なくとも、君の庇護は不要です」
お、お? つうか2人とも「誰かが入ってきたことにも気づかないくらい議論に集中している」風情だけど、ルデリットはあたしが入ってきたことに気づいてるよな?
ったく。わかったよ。あたしの言うべきことを言ってやるよ。なにせルデリットはあたしの中隊の生殺与奪を握ってるからな!
「建設的な議論の最中に、失礼。
話を聞くに、あたし宛の危険な任務とやらがあるみたいだな?」
あたしが大声を出すと、二人があたしの方を見た。ゴールドバーグは露骨にキョドり、ルデリットは苦笑い。
「パティさんはもうゴールドバーグ君と会っているようですが、改めて彼のことを紹介しておきます。フォージ城塞学園生徒会副会長の、ヴィンス・ゴールドバーグ君です。
シルバーバレット作戦については、ボクとだいたい同じ程度のことを知っていますから、守秘義務その他についてはお気になさらず」
ふむ。だいたい、ね。つまりあたしらが強化決戦兵士であることは秘密ってことか。
「さて、問題の任務なのですが、一般論として言えば限りなく自殺に等しい任務ですね」
「限りなくじゃあない。完全に、ただの、自殺だ」
ファエバ! こりゃまた舐められたもんだ。こちとら強化決戦兵士だぞ? しかも鬼種が守る発電所に空から突入する、恐れ知らずの空挺だぞ?
「昨晩、生徒会の秘匿回線に、ルー=ガルーを名乗る何者かから連絡が入りました。曰く、『我はルー=ガルー。同胞を殺した戦士と話がしたい。そちらの戦士の安全は保証する。〈御山〉の頂にて待つ』だそうです」
ファロファロ! そいつは完全に、ただの、自殺だわ。でもさっきの口ぶりからするに、ルデリットは……
「ボクとしては、この呼び出しをパティさんに受けてほしいと思っています。
理由は先程述べた通りですね」
「僕は反対だ。理由は、先程君が聞いた通りだ」
なあゴールドバーグ副会長、いまから一緒にクーデター起こさねえ? あんたは頭脳担当、あたしは暴力担当で。




