廃墟テニス部(5)
本日2度目の更新です
旧校舎の地図は頭に入れていたとはいえ、実際に歩いてみると「アホみたいに広いな」というのが率直な感想になる。
最初に向かったのは、旧校舎で最も高い建物を有するカタギリ研だ。50階建てのタワーを有するこのカタギリ研は、低層こそ研究室がいくつか入っていたそうだが、上層階は研究所の上層部とその家族が住んでいたらしい。旧校舎の全盛期には、研究所の所長一家と、研究所附属大学の学長一家で、どちらがより高い階に住むかの争いが起きた……と、ルデリットが嬉しそうに言っていた。ファエバ!
人間の怨念がたっぷり染み付いたカタギリ・タワーには、旧校舎エリアに入ってから30分程度でたどり着いた。さすがに全周警戒しながら進まねばならないこともあって、強化決戦兵士の脚力を活かして全力疾走というわけにはいかない。狼憑きは、奇襲が得意だ。
想像していたよりずっと足元が悪いというのも問題だった。4車線くらいの幅がある大通りは、往年はブロックが敷き詰められていたようだが、今となっては大自然の侵食が著しく、デコボコがひどい。人為的にブロックが引き剥がされたっぽい地帯もあちこちにあって、そういう場所はジジの身長よりずっと高く育ったセイタカアワダチソウの群れが天然の壁となって立ちふさがっているのも実に面倒だ。
あたしたちはときに巨大な水たまりを飛び越え、ときにセイタカアワダチソウをナタで切り開いて、先に進んでいった。
カタギリ・タワーは実にのっぺりとした建物で、「でっかい廃墟」という他にコメントし難いビルなのだが、あたしとジジはその巨大さ以外の理由でしばし足を止めざるを得なかった。タワーの壁面には、戦闘の痕跡が残っていたのだ。
「あそこに見えるベランダ、床に大穴が空いてますが、あれって12.7mmが開けたみたいな顔してますよね?」
「その隣の部屋は、グレネードランチャーで撃たれたっぽいよな」
「そうすると……タワーから見て東側の大通りは特に破損がひどいですが、戦車が入ってきたんですかね? そしてタワーを撃った」
「戦車の主砲がぶち込まれたようなダメージ痕はないんだよな。12.7mm機銃とグレネードランチャーを積んだハーフトラックとかじゃねえの?」
「いずれにしても骨董品ですね。しかも鬼種と戦うにはあまり向かない兵装です。
強化決戦兵士のプロトタイプを作っていた研究所で、人間同士が殺し合った……?」
「そこまでだ。歴史はあたしらのものじゃねえからな。
あたしらは、あたしらの仕事をするぞ」
「アイ・メム」
タワー内部に入ると、あたしですら「ここってかつては贅沢な空間だったんだろうな」と感じてしまうような、そんな豪華な大広間の、残骸が広がっていた。石張りの床はしっとりしながらもツルツル感のある不思議な感触で、タギング機能をオンにしてみると【ビアンコ・カラーラ】と表示された。アザール! 辞書を起動する気にもならねえ!
ま、元がどれだけキラキラ空間だったとしても、今じゃただの廃墟だ。あたしらは周囲を警戒しながら、非常階段へと続く通路を歩いていった。壁にはところどころに掲示板らしきものがあって、張り紙の残骸がピン留めされていた。
非常階段を駆け足で登り、50階に到達したあたしたちは、かつて所長と学長が権利を争ったという部屋に入った。ここも昔はキラキラしてたんだろうが、今となっては天井の大穴から青空が見える素敵空間だ。床には一面にガラスの破片が広がっていた。
「おそらく、大きな天窓が設置されていたのではないかと。
電子的なシャッターがついたガラスは、この学園に来てから何度か見たことがあります。なかなか便利ですよ、あれは」
なるほどねえと感心しつつ、あたしは遠距離センサー類を次々に起動していく。
……ふむ。窓(だった大穴)から見えるゴツゴツした高い山の麓に広がる大森林には、ポツポツと微弱なイーサー反応がある。人造狼憑きが体内に搭載してるH08b型超小型生体イーサー炉は、イーサーの漏洩を完全には遮断できない欠陥品だ。だからこんな感じでイーサー探知にも反応として引っかかる。このぶんなら旧校舎に入り込んできた狼憑きも、すぐに見つかるんじゃねえの?
と、思ったものの、15分ほど探査を続けたのに、旧校舎の敷地内からはいっこうにイーサー反応が出ない。こいつは面倒なことになったな。
「ファエバ! おそらく獲物はイーサーを遮蔽できる空間をねぐらにしてる。
候補地点を全部巡るか、釣るしかなさそうだ」
「要救助者の反応はありますか?」
「雑に音響探査をしたが、反応がない。地道な調査から始めるしかねえな。屋上に出るぞ、先行してくれ」
あたしの命令を受けたジジは、左手に盾を持ったまま助走もつけずにジャンプすると、天井に空いた穴の縁に右手をかけた。片手懸垂の要領で体を引き上げると、彼女の姿はすぐに見えなくなった。少しの後、天井の穴からジジがひょっこりと顔を出し、あたしに手を差し伸べる。
「上はクリア。いい眺めですよ」
「そいつはなにより。〈聖女〉と煙は高いところが好きってな」
あたしは軽くジャンプしてジジの手をとった。装備重量も含めれば結構な重さのはずだが、ジジはなんの苦もなくあたしの体を屋上まで引っ張り上げた。
「さあて、まずは愛しき双眼鏡様の出番だ。手分けするぞ。あたしは6時側、ジジは0時側だ」
「人数が少ないと、こういうときも不便ですね」
「安心しろ、この場にティエラだのカツシローだのがいても、あたしらの労働量はさして減らん」
あいつらはマジで鬼種を殺す以外のことはできねえからな。ティエラは男漁りができないことを延々と愚痴り続けるだけだろうし、カツシローは迷わずカタナの素振りを始めるだろう。ファロファロ!
ま、いないやつら(そもそも生きてるかどうかすらわからねえ、いや死んでるんだが)のことを愚痴っても仕方ない。それにルデリットからもらった双眼鏡は、ハチャメチャに高性能だ。おもわず頬が緩むくらいには、ヤバい。
「……隊長。1時方向、黒い外壁で、周辺に少し広めの空間が空いている建物の屋上を見てもらえますか?」
ジジが何かを見つけたようだ。あたしもジジが指定した建物に双眼鏡の先を向ける。なにせ建物が多いのでちょっと時間がかかったが、「黒い外壁の建物」を視野に収めることに成功した。
「ビンゴくさいな。SOSシグナルとはなんとも古典的だが、有効だ」
黒い建物の屋上には、廃材を集めて作られたとおぼしきSOSのサインがあった。クラシックだが、嫌いじゃあない。何が何でも生き延びてやるっていう気迫を感じる、良いサインだ。
「しかし不思議ですね。ルデリット会長から受け取った資料にはドローンによる航空偵察映像も添付されていましたが、SOSシグナルなんてありませんでしたよ?」
「そういうのは本人に聞くに限る。ヘイ、HQ。建物の屋上にSOSシグナルを発見した。座標を送る。精査してくれ」
通信機をオンにして、指揮卓の前で気をもんでいるであろうシンディなりルデリットなりに要請を出す。通信機からはすぐにルデリットの声が返ってきた。
「座標を受領しました。すぐに分析結果を出しますが、ボクにわかる範囲で言えば、そのシグナルは今朝7時以降に作られたものです」
「朝イチで航空偵察した段階では、シグナルはなかったってことか」
「そのとおりです……データの照合も終わりました。パティさんの端末に、当該座標の航空写真を送ります。この3日間に行った6回の偵察での写真になります。日付と時間に注意してください」
「サンキュ。ドローンの飛行高度は?」
「高々空です。低空で再出撃の手配を――」
ファエバ! あたしは思わず深々とため息をついた。そうだろうとは思っていたが、ルデリットは生まれながらの強者ってやつだ。だからこそ見える世界もあるが、だからこそ見えない世界もある。
「その出撃はキャンセルだ。出すなら高々空にしろ」
「支援は不要ですか?」
「必要だ。だがお前がやろうとしている支援は、ネガティブな結果を出しかねない。
想像しろよ。例のテニス野郎どもがまだ生きてるってことは、連中は奇跡的に籠城できる場所を見つけたってことだ。当然、飲み食いも、睡眠も、ろくすっぽ取れていない。それでも連中は状況を打開するために、もしかしたら怪獣が待ち伏せしてるかもしれない屋上に出て、シグナルを残した。おそらくこれが、連中にできる最後の積極的な行動だ」
通信機の向こうで、ルデリットが少しだけ沈黙した。何かを計算している的な雰囲気。でも、沈黙の時間は一瞬だった。
「なるほど。そこに向かって低高度でドローンが飛んでいけば、飛行音を聞きつけた彼らがどんな行動に出るかわからない、と」
「その通り。狼憑きを食い止めるためになんらかの継続的な作業が必要になっている場合、気が緩んだところを一気に食い破られる可能性だってある。
そんなことより、件の黒い建物の図面を送ってくれ。あたしの見たところ、あれはちょっと厄介だ」




