フォージ城塞学園(7)
昨晩遅くにルデリットの使いが持ってきた手紙に書かれた通りのルートを、手紙に書かれたとおりのスケジュールで進軍、もとい登校する。このルートはひときわ学生が多く、サファイア様をぶちのめしたことで名声と悪名を高めたあたしは注目の的だ。
「パティ姉さま、なんだか凱旋パレードみたいですね」
「こんな散歩でパレード処女を散らす気はねえぞ」
さすがにあたしも少し小声で喋ることを覚えたが、それでも結構な人数に聞かれたみたいで、男子生徒どもが露骨に顔をしかめる。ファロファロ! この童貞野郎どもが。だが大変に遺憾ながらあたしの後ろをついて歩く生徒の数は次第に増えていき、マジで凱旋パレードみたいになり始めた。ファエバ!
そうやってスケジュールどおりの行進を続けた結果、ルデリットが仕込んだとおり、あたしは校門のど真ん前で偶然にもサファイア様の一党と鉢合わせた。率いてる群衆の数ではあたしのほうが圧倒的に多いが、サファイア様の背後に控えた3人の女子生徒の忠誠心の高さを考えれば、政治力学的にはイーブンってとこだろう。いやしかし、よく3人も残ったな。なあサファイア様の取り巻きさんたちよ、あたしの部下にならねえか? 一緒に鬼種に特攻しようぜ? その根性があったら3人で1体くらい殺れるって!
「姉さまの特設秘書として言いますけど、いまパティ姉さまが考えてること、口にしないほうがいいと思います。マジで」
ファエバ! それくらい分かってる、シンディ。だが考えるまでは自由だろ?
「いいから、台本どおりにやりましょうよ。サファイア様の足が震え始めてます」
この特設秘書、ハカセより有能かもしれん。わかったわかった。ここはシンディの顔を立てて、一芝居始めるとしよう。
「おはよう、サファイア様! 元気そうでなによりだ!」
あたしの大声を聞いたサファイア様は一瞬だけキョドったが、踏みとどまった。へえ。やるねえ。それともルデリットの仕込みを無駄にするのを怖がってるか?
「ごきげんよう、パトリツィア様。お陰様で、体調は戻りましたわ」
台本には「お陰様で」なんて言葉はなかったので、これはアドリブで飛び出した嫌味ってことだ。クソアマめ。だがそのガッツは嫌いじゃあない。
「そいつは良かった。
さて――あたしはあんたに、言わなきゃならんことがある」
あたしの宣言を聞いたモブたちが、一斉に静まり返った。
公衆の面前で、あたしがサファイア様ご一行の狼藉っぷりを糾弾すると思ったのだろう。ファエバ! そんなシナリオを、あの腹黒閣下が書くかよ。
あたしは直立不動の姿勢をとってから、腰を90度折って、頭を下げる。
「すまなかった! あたしはサファイア様に、過剰な暴力を振るったことを認める!
カッとなったとはいえ、あれはやりすぎだった!」
あたしがサファイア様に謝罪したところを目撃したモブたちは、しばらくの間、完全に押し黙っていたが、やがて潮のようにざわめきが広がっていった。「ありえない」「嘘でしょ」とかいう声がやたら多いな? ファロファロ! あたしが頭を下げるのがそんなに不思議か? いや、不思議だな。不思議だわ、我ながら。でもこれが政治ってもんだ。
騒然とする群衆の前で、サファイア様が声を張る。大声ってわけじゃないが、よく通る、いい声だ。指揮官向けだな。3人の部下と一緒に突っ込めば、鬼種を1体、確実に殺れるだろう。
「パトリツィア様の謝罪を受け入れます。
そしてわたくしも己の過失を認め、シンディ様に謝罪いたします。上級生徒と下級生徒の隔てはあれ、本来はともに手を携えてこのフォージ城塞学園をより良き学びの場へと変えていくのが努め。いっときの下卑た享楽に溺れたわたくしに、パトリツィア様の下された罰がまったくの過剰であったとは思えませんわ」
まあ、そういうことだ。これは手打ちであると同時に、「あの手のクソなことをするヤツがいたら、今度はサファイア様が狂犬パティをけしかけるぞ」という意思表示でもある。そういうことであれば、あたしもクソアマに頭を下げるにやぶさかじゃあない。指定されたクソ野郎をただ殴ればいいだけのミッション、大歓迎だぜ!
だが……このままルデリットの仕込みどおりってのも、ムカつく。ムカつくよな?
あたしは頭を上げると、改めて胸を張った。
「謝罪を受け入れてもらえ、大変に嬉しい! だが言葉だけでは足りないとあたしは思う。
だからサファイア様に、頼みがある。あたしを一発、殴れ。それでチャラにしよう!」
芝居が無事にエンディングを迎えようとした最後の最後であたしがカマしたアドリブに、サファイア様が凍りついた。ファロファロ! あんたにあたしを殴る根性はない。適当に文化人らしいことでも言って、尻尾を巻いて逃げろってんだ。
「――わかりました。では、お覚悟」
へ?
一瞬でフリーズ状態が解けたサファイア様は一歩前に踏み出すと、名前通りの青い長髪を翻して、全力であたしの頬を張った。バシーンと、いい音が爽やかな朝の青空に吸い込まれる。さすがに強化決戦兵士をふらつかせるような力はないが、いい感じにあたしの頬は腫れてるだろう。ファエバ! ファロファロ! このクソアマ……なかなか、やるじゃねえか。気に入った!
あたしは思わず満面の笑みを浮かべ、サファイア様に右手を差し伸べた。
サファイア様も不敵な笑みを浮かべると、あたしの手を握った。
集まったモブどもは、大喝采だ。泣いてるやつもいる。ファエバ! この結末は、結局、ルデリットを余計に喜ばせるだけだったかな。
その後、あたしたちはサファイア様と一緒に校門をくぐり、お互いに笑顔で別れた。めでたしめでたし。良いおはなし、これにて完!
「パティ姉さま。サファイア様の右手、ちょっと強く握りすぎだったのでは?」
おっと、肝心な話が終わっていなかった。あたしは立ち止まると、シンディの顔を真正面から見る。ややおどけたような表情をしていたシンディも、頬の筋肉を引き締めてあたしの目を真っ直ぐに見た。
「当然だ。殴られたら殴り返す、それが強化決戦兵士だ。
いいか。お前はまだ、サファイアをぶん殴ってない。お前が強化決戦兵士として生きるというなら、そのことを、許すな。
『そんなことに意味なんてない』『そこまでする必要はない』『あんなやつに構っていられない』なんてしゃらくさい言葉で、そのことを、自分に、許すな。
人間はそんなお前に向かって、『許したほうがお前の人生は豊かになる』と言うだろう。人間にとっては、それは真実なのかもしれない。だが強化決戦兵士がそれを許せば、最初の戦場で死ぬ」




