パトリツィア・カミンスカ、最後の戦い(1)
意識が回復すると、あたしらはまだ機内にいた。頭の中で外部環境モニタからの警告メッセージがドコドコ鳴ってる。戦闘興奮剤をキメすぎた馬鹿がポリバケツの底を無駄なリズミカルさを発揮して殴ってる音に似ている。クソが! 【不適切なスラング】! あー、ハシシュ食いてえなあ……
ファエバ! そんなことを考えてる場合じゃあない。
【邱頑?・隴ヲ蝣ア?壼些讖溽噪迥カ豕】
【邱頑?・隴ヲ蝣ア?壼、夜Κ繧サ繝ウ繧オ繝シ縺ョ蜀崎オキ蜍輔r謗ィ螂ィ】
【閾ェ蜍募?襍キ蜍輔∪縺ァ58遘】
視界いっぱいに警告が並んでる。まーた自動言語解析機能がバグってんなコレ。戦闘教本の手順をやや無視して言語基底を再起動。
【緊急警報:危機的状況】
【ユーザーログイン:ID9784409130261】
【アカウント名:パトリツィア・カミンスカ】
【所属:第345親衛独立空挺聖女連隊第9中隊 中隊長】
【任務:作戦番号0606の発動中】
【緊急警報:中隊の重大な戦力低下(戦闘可能:5名)】
【報告(外部環境モニタ):センサー稼働率97%(105/108)】
はい直った。直ったけど、ログの内容の半分も頭に入ってこねえ。
薄暗い機内にいるのは……あたしを含めて5人。少なくとも頭の中のメッセージはそう言ってる。周囲を見渡す。おかしいな、2人しかいねえんじゃねえかコレ? あと2人はどうした? 環境モニタが死体を誤検知してんのか?
とか思ってたら、女があたしの顔を覗き込んだ。えーっと、コイツは……ファエバ、頭がまだシャキっとしねえ。顔も名前もわかるのに名前が思い出せねえ。
「パティ隊長、ようやくお目覚め? こっちは全員、出撃準備終わってるわよ。
もちろん、私も準備万端」
……そうだ、思い出した。このクソアマの名前はティエラ。いろんな意味で〈魔女〉の名に相応しいクソアマ・オブ・ジ・イヤー。ちなみに〈魔女〉は核を持つ新鮮な細胞をエネルギーに変換してアレコレする異端の変態どもで、「準備万端」ってのはつまり「新鮮な細胞を搾り取った」という意味。ファロファロ!
「ファエバ! あたしはどれくらい寝てた?」
ティエラを押しのけてあたしの前で直立不動の姿勢を取った女、ええと、たしかジジ、に聞くべきことを聞く。こんな質問、ティエラ相手じゃ「2回ぶん」とかそういう答えしか帰ってこない。
「だいたい23分です、隊長。
我々が搭乗している戦烏が撃墜され、墜落した衝撃で隊長は意識を失いました。墜落直後に覚醒プロセスに入ったのですが、自動医療装置は最低でも20分の安静が必要だ、と」
戦烏というのは、文字通り、戦争用の烏だ。烏を遺伝子操作して巨大化させ、そこに有袋類のナントカをカントカして人間が乗れるようにした。脳にはバイオマテリアルな電極がぶっ刺さっていて、管理AIが遠隔でコントロールする。そういや大昔の地球では「鳥は政府が作ったロボットで、市民を監視する装置だ」とか言い出した連中がいたんだっけ。ファロファロ!
「また墜ちたのか。撃墜から23分ってことは……詰んでるな、これ」
「詰んでいるかどうかはともかく、機外はけして良好とは言えない状況かと」
最悪の予想をしつつも、ジジはぴくりとも表情を動かなさい。軽く胸元に手を添えたのが、唯一の変化。こいつはそういうヤツだ。特殊ポリカーボネイト製の大盾を2枚背負った〈盾騎士〉ジジは、愛用の盾と同じくらいには、感情を表に出さない。さすがは10歳で剣優等章を取った超エリート様なだけのことはある。
「おお、偉大なる美しき〈聖女〉パトリツィアよ!
我々の信仰の前に、断じて詰みなどあり得ません! さあ、突撃をご命令ください! 我らディモクラティア神の忠実なる下僕として、そして誉れ高き独立空挺聖女連隊の一員として、聖なる戦いに勝利をもたらしましょう!」
で、無表情から程遠い馬鹿もいる。ファエバ! 普通なら途中で過呼吸を起こして卒倒しそうな長口上を一気に叫んでみせたのは、通称ハカセ。本名はアンブレラとかアンドレアとかそんな感じの馬鹿男で、第345親衛独立空挺聖女連隊第9中隊、つまりあたしの部隊の、不良従軍親衛司祭だ。ちなみに〈聖女〉ってのは、あたしみたいな中隊長格を意味するスラングで、半公式化してるクソミーム。
「同感だ。戦烏の装甲はあと数分しか持たない。
選択肢は2つだ。このままここに留まって蒸発するか、外に出て戦って死ぬか。
俺は戦って死ぬ」
ハカセの隣でバカでかいカタナを抜いてイキってる男は、カツシロー。本名は知らない。東洋系の名前だけど髪が黒い以外に東洋っぽいところはゼロなので、自称なんだろうなと思ってる。
その手の設定なんざ、どうでもいい。間違いないのは、カツシローはこの中隊でも上から何番目かの特殊生体強化兵士だってこと。つまりこのイキリ男の持ってるカタナは伊達じゃあない。
ファエバ! ああ、ハシシュが食いてえ。寝起きにはアレが一番なんだけどな。
そんなことを考えながら、あたしはゆっくりと立ち上がって、4人のツラを眺める。ティエラが言ったとおり、どいつもこいつも準備は整ってそうだ。
「総員、傾注!」
あたしの声で、ほぼ全員が一斉にきをつけの姿勢になる。ティエラはカツシローの肩にしなだれかかったままだ。ファロファロ!
まったく、1年前にはこの一声で100人が整列したってのに、第9中隊の充足率はいまや5%。つまりあたしを含めたこの5人が、第9中隊の総員だ。小隊以下の編成の中隊とは、これいかに。【不適切なスラング】!
「我ら第345親衛独立空挺聖女連隊第9中隊は、これより中隊の総戦力をもって、オーバーロード作戦を敢行する! 作戦遂行の手順はブリーフィングで示したとおりだ! 二度目の説明が必要な阿呆は一歩前に! あたしがぶん殴ってやる!」
幸いなことに全員の足が床から動こうとせず、時間の浪費は避けられた。作戦遂行の手順とか言ったところで要約すれば「みんなで突っ込む」でしかないんだから、確認の時間を取っただけ無駄だったかもしれない。
そして実際のところ、この仰々しい名前の作戦の内実は、シンプル極まりない。敵が支配しているイーサー発電所の正面に戦烏で乗り込んで、発電所の制御装置を吹っ飛ばす。これだけ。あたしらと同時に40匹の戦烏が突入してるから、どっかの部隊が成功するでしょっていう雑な作戦だ。ファロファロ! 戦争に勝つのはいつだって数が多いほうなんだよなあ。
ともあれ、これ以上は遊んでいられない。あたしが作戦開始を告げると、部下たちは突撃フォーメーションを組んだ。
盾騎士ジジを先頭にして、その直下に親衛司祭のハカセ。2人からだいぶ離れて、あたしとティエラ。あたしら2人の背中を守る形でカツシロー。
発電所までは、たったの3キロ。敵の妨害がなきゃ、あたしらなら戦闘装備を背負ってだいたい600秒でゴールできる距離。普通の人間じゃあ絶対に無理だが、あたしらはそれが可能なように作られ、訓練されてきた強化決戦兵士だ。製造されてから16年、戦闘訓練だけを受けてきたあたしらなら、やれる。あたしらにしか、できない。ファエバ!
「突撃!」
あたしの声に合わせて、盾を構えたジジが戦烏の座席から飛び出した。
さあ、見ろ! あたしらの戦争を! ファロファロ!