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6.真実の愛

 その日も、私はいつものようにロディの部屋にいた。ミランダに教えを受けている時以外の自由時間をこうして二人きりで過ごすのは、今の私にとって習慣のようなものになっていた。


 食事の時間も合わせると、一日の三分の一くらいは彼と共に過ごしている計算になる。それだけの時を過ごしても、私は彼との時間に飽きることがなかった。むしろ、もっと一緒にいたい、そう思わずにはいられなかった。


 そうやって一緒に過ごしている間、私たちはずっと他愛ない話に花を咲かせていた。ごく当たり障りのない世間話から始まって、ちょっとした趣味や好きなものの話へと進み、いつしか私たちは小さな頃の思い出話や将来の夢といった個人的なことまで語り合うようになっていた。


 ロディのことを知るのは楽しかったし、私のことを知ってもらえるのもとても嬉しかった。それはまるで二人だけの秘密を共有しているようで少しこそばゆく思えたが、同時に胸が躍るようにも感じられていた。




 いつもと同じように様々なことを楽しく話しているうちに、話題は彼がここに来た日のことになっていた。


「あなたが突然現れた時は本当に驚いたわ。でも、嬉しかった。私のことを心配してくれる人がいるんだって、実感できたから」


「使用人に過ぎない俺が、お嬢様のことを心配するなどおこがましいとは思ったのですが、どうしても思いを止められず……驚かせてしまい、申し訳ありませんでした」


「そんなことを言わないで。立場の違いなんて、大したことじゃないでしょう。私はあなたに大切に思われている、そのことが嬉しいの」


 立場の違いを口にして引き下がろうとするロディに、私は重ねて感謝の意を伝える。彼は自分のことを使用人だと言っているが、私にとって彼は既にただの使用人ではなかった。彼の方に身を乗り出して、すぐ近くで目を見ながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それに、あなたはこんな不自由な生活をしてまで私の傍にいることを選んでくれた。ここはとても楽しいけれど、やっぱり一人じゃないって心から思えるのは幸せだわ」


「俺は、お嬢様をお支えすることができたのでしょうか」


「ええ、もちろんよ。あなたがいてくれて良かった」


 ようやく私の気持ちを受け取る気になったらしく、ロディは少し照れたような笑顔を見せてくれた。そんな彼に、私は思い切って疑問をぶつけてみることにした。最初からずっと、気になっていたことがあったのだ。


「ねえ、どうしてあなたはそこまで私を気にかけてくれるの? 屋敷からここまで、馬車でも数日かかったのよ。徒歩で来るのはさぞかし大変だったでしょう。しかも、あんな嵐の中」


「それはもちろん、お嬢様は俺の主君である旦那様の娘で、俺にとっては主のようなものですから。心配するのは当然のことです」


「……ロディ、あなたにとって私は主でしかないの? 私はあなたのこと、友達……いいえ、もっと親しい相手だと思っていたのに。そう思っていたのは、私だけ?」


 私たちの立場をことさらに強調し続ける彼に寂しさを覚えながら、私は改めて問いかけた。きっと彼も、私のことをただの主以上のものとして見てくれている、そんな確信を抱きながら。


 私の思いが伝わったのか、彼は急に黙ると目線を落とした。その目には、あの夜に彼が見せた強い光がともっていた。私も黙って、彼が決意を固めてくれるのをじっと待つ。


 その場に沈黙が満ちた。私も彼も、身じろぎ一つしない。無限のように思われた静かな時間のあと、ロディがゆっくりと口を開いた。


「……お嬢様。俺がこれから言うことは、ここだけの話にしてください」


 目を伏せたままの彼は、まるで何かにおびえているようにも見えた。彼はわずかに震える唇で、決定的なその言葉をためらいながら紡ぎだす。


「俺は、ずっと前から……お嬢様のことをお慕いしておりました。もちろん、叶わない思いだということは承知しております」


 ああ、やっとあの日彼が飲みこんでしまった言葉を聞くことができた。そんな喜びを覚えながら、私は彼が語る言葉に耳を傾け続けた。


「あなたが幸せになるのであれば、俺の想いなど叶わずとも良かったんです。けれどあなたは婚約を破棄され、修道院に送られてしまった。俺は……我慢できませんでした。不幸になってしまわれたあなたを助けたい。そう思ったんです」


 隠していた思いを口にしたことでつかえが取れたのか、彼はせきを切ったように話し続けている。その瞳はわずかに潤んで、まるで熱に浮かされているように見えた。


「ありがとう、ロディ。あなたのような人に想われるなんて、私は果報者ね。私も、あなたのことを誰よりも大切に思っているわ」


 心の奥から湧きおこる喜びに突き動かされるようにそう答えると、彼ははっと顔を上げた。私は真っすぐに彼の目を見つめて穏やかに微笑む。


「私はこれからもずっとあなたと一緒にいたいって、そう思っているの。他の誰かの妻になんてなりたくない。きっとこれが、『本当に愛する人を見つけた』ということなのね」


 私がそう告げると、ロディは泣きそうな顔になりながらまたうつむき、激しく首を横に振った。


「いけません、お嬢様。俺はただの執事です。お嬢様にそう言ってもらう資格などありません。どうか俺の言葉は、忘れてください」


「いいえ、私にはあなたしかいないの。屋敷に帰ったらお父様を説得するわ。もし許しが出なければ、その時は二人で平民として生きましょう」


「お嬢様を平民になど、できません。それではまたお嬢様は不幸になってしまいます」


「違うわ。あなたがいれば私は幸せなの。それに、生きる術はここでしっかり学んだわ。たとえ平民になったとしてもやっていけるくらいに」


 それは事実だった。ミランダたちは恐ろしいほど色々なことを教えてくれていた。この教えがあれば、平民になったとしてもきっとうまくやっていけるだろう。私はそう確信していた。


 自信たっぷりに言い切る私の声音に勇気づけられたのか、ロディはまた顔を上げ、弱々しく微笑みかけてきた。その瞳にはまだ戸惑いが浮かんでいたが、同時に私に向けられた温かな愛情も感じられた。


 彼はまだためらいながらも、それでもしっかりと私を見つめていた。すがるようだったその目が、次第に決意の色に染まっていく。


「……あなたの気持ちは、確かに受け取りました。ならば俺も覚悟を決めます。必ずあなたを幸せにしてみせます」


 私たちはどちらからともなく歩み寄り、そのまま優しく抱きしめあった。マーティンと婚約していた頃には一度も感じたことのない目もくらむような幸福感が、私をしっかりと包み込んでいた。

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