大野樹
大野の席は職員室の入り口から一番遠いところにある。
そのせいで、そこまで到達するのに多くの先生の席の後ろを通らなくちゃいけない。
はぁ、めんどくさい。
大野は何かしらの書類に目を通したり、時には書き込んだりと作業をしており、俺が来たことに気付いてない様子だ。
「先生。狩集です」
大野の背中に声をかける。
大野は作業をやめ、おおっ、やっと来たかみたいな表情をこちらへ向ける。
そして真面目な顔をして
「狩集、お前さ。なんで呼ばれたかは、わかっているよな?」
「えぇ、わかってます。進路のことですよね」
手に持った進路希望のプリントをクシャリと握る。
「そうだ。おまえだけまだ出してないんだ。で、どうするんだ?」
ゆびを机の上でタンタンとたたいている。
「まだ…、考えてます」
「前と違ってなんだか歯切れが悪い答えだな。前までは俺が何を言おうと、探索者になるって言ってたじゃないか。どうした?」
「いや、僕にも思うところがありまして」
「家族のことか?お前の母さんは反対してたからなぁ」
静かにうなずく。
大野は、うーーんと唸ってから
「進路に関してはお前の人生がかかってる。だからな、俺はお前に納得した選択をしてほしいと思ってるんだ。ただ俺としては現状を見てだな、ふつうの人生、つまり探索者じゃない選択肢もいいと思ってるのも確かだ」
「狩集のお父さんのようなこともあるし、収入が安定してないってこともある。まず探索者という仕事は何種類に分けられるか知ってるのか?」
「3種類、ですよね?」
「そうだ。一つ目は国が雇い主の国家探索者。二つ目が民間に雇われる民間探索者。そして三つ目がフリー探索者だ。違いは分かるか?」
「わからないかもです」
「そんなことも知らんで探索者になるって言い張ってたのか」
大野ははぁぁとため息を漏らしてから机の引き出しから紙を用意して、ペンで書きながら俺に説明をしていく。
「国家探索者は国からの依頼に基づいて探索する。基本的には自分で依頼は選べないんだな。その分給料は安定している。でも、国家試験がある。これをクリアしなきゃなれない。かなり難関だぞ」
「民間は、民間の依頼を受けて探索する。こちらは、国家探索者よりかは柔軟で、ある程度自分のやりたい依頼を選べる。ただ、こっち入社試験があるんだな」
「で、最後はフリー探索者だ。こちらはライセンスさえ持ってればいい。で、とったアイテムを売って生計を立てたり、時には自分で依頼をとりに行かなきゃいけない。こっちは試験なんかはないけども、かなり実力がないと生計を立てるのはきつい。現に俺のフリー探索者の友人だって結局ふつうのバイトもやってるよ」
はぇぇぇ
俺はその説明を聞いて思わず声を漏らす。
フリー以外に興味なかったから違いまでは知らなかった。
「するってーと、今のおまえじゃ、民間と国家には行けないよな。自動的にフリー探索者ということになるよな」
「でも、そのレベルじゃ、フリーになっても生活できないのは目に見えてるから、今まで俺は違う選択肢いくつか提示してきたわけよ」
「まぁ、俺が言いたいのはだな、もうちったぁ、考えろってことだ。今の時点で俺より知識がないっちゅうのは、ちとやばいんでないかい?」
気分が乗ってくると、口調が変わる大野。
「まぁ幸い、高校も冬休みだ。もう一度考えて、で、お前の母さんとも話をつけて決めればいいんじゃないか。探索者になるならないは別にして」
「あと進路届出せってしつこく催促してるけどな。うちの学年主任が早く出せって催促するから俺も早く集めてるだけだからな。勘違いするなよ。生徒の人生が一番なんだから。俺が主任に言い訳してでも、提出期限を伸ばしてやるさ」
「その間にお前はちゃんと考えろよ。”悩め、少年よ”ってな」
はっはっはっと笑いながら俺の背中をバンバンとたたく大野。
「ありがとうございます。考えときます」
そういってから、俺は職員室を後にし、教室へと戻る。
誰もいなくなった教室には、夕日が寂しそうに差し込んでいた。
明日から冬休みが始まる。
そろそろ覚醒の時がやってくるかもです