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花嫁選抜4



その日、慌ただしく医務室に入って来たのは、ソフィーを腕に抱えたリアムだった。


「モーガンさん! いますか!」


彼が真っ先に名前を呼んだのは、お嬢様がたの体調管理を任されているレシル。

無意識に、男性のムバルトは避けていた。


「どうされました?!」

「東のアオイ様のお部屋でお茶会をなさっていたとき、急にソフィー姫が戻されました」


真っ青な顔色をして嫌な汗をかいているソフィーはすぐにベッドに横にされ、レシルとムバルトが治療の準備に移る。


「食中毒を起こした可能性が高そうだな」

「そうですね。リアム様。今日のソフィー様のお召し上がりになったものをそこの紙に書き出すことは可能ですか?」

「はい」

「出来るだけ詳しくお願いします!」


しばらくしてリアムが書き出したものを、ムバルトが見て眼光を鋭くした。


「今日の昼、ロッサラのサラダを食べて、茶会で青蜂の蜜を摂取してるぞ。キリヤ、薬を」

「今、とってきます!」


キリヤが持ってきた薬をレシルに投与され、ソフィーの容態が段々と安定してくる。

そこに話を聞きつけたライアンも姿を現した。


「ソフィー! 何があった?!」

「食い合わせが最悪だったな。こればかりは知らないと、どうにもできない」


ムバルトが砕けた口調で答える。

ちなみにこの男が王族相手でも、歳下にそういう態度なのは通常営業である。


ロッサラの葉と青蜂の蜜は相性が悪い。


それを聞いた、彼女の側に控えていたオリビアとリアムが顔をしかめた。


「ロッサラは西領で採れる。苦味が出るから鮮度命で中央じゃ、滅多に出回らない野菜。青蜂の蜜は東の超高級品。普通に暮らしてたら出会わない組み合わせだ。知らなくても仕方ない」


「ただの偶然だと?」


ムバルトがフォローに回るが、ライアンの言葉にその場はシンと静まり返る。

実はこの頃、ソフィーの周りでは良くないことが時折起こっていた。

それはまるで、誰かからの嫌がらせのような。

見覚えのないものがいつの間にか部屋に置いてあったり。

夜、寝ていると奇妙な音で寝付けなかったり。

馬と戯れようとしたら、いきなり興奮した馬が暴れ出したり。

その度にリアムが対処をしてきたが、彼女の命にも関わる事件だ。


(……シナリオが大崩壊しているせいで、犯人が特定できない)


レシルは頭を悩ませた。

本来なら、伯爵の家から玉の輿を狙ってわざわざメイドになった娘が嫌がらせをするのだが、それに該当する人物がいない。

これがもし本当にソフィーを花嫁候補から退けるための策だとすれば、彼女の身が危ないだろう。

それだけは避けなくてはならない。



「……あとはこちらで調べる。ソフィーのことは頼みます」


「おうよ」

「かしこまりました」



ライアンはソフィーの頬に優しく触れた後、医務室を去っていった。

その金の瞳には、じりじり燃える怒りを抱えて。

その場は解散となり、それぞれが仕事に戻って行く。


「リアム様」

「……はい」


側にいながら防げなかったことに落ち込んでいる騎士の背中に、レシルが声をかけた。


「すぐに対処できたのは、リアム様が細かいところにまで気を配ってくださっていたからです。重篤になる前に助けられたのはあなたのお陰と言ってもいい。そう気を落とさないでくださいね」


リアムはそれを聞いて、困ったように眉を寄せて振り返る。


「あなたは、こんな俺にいつも欲しい言葉をくれるんですね」

「えっ……」


レシルは彼の眼差しにドキリとした。

もちろん贔屓にしてはいるが、そんなつもりはなかった。


「じ、事実を言ったまでですが」

「そうか。……でも、ありがとうございます。あなたの言葉に助けられてばかりだ」


無理に笑った笑顔は、まだ自分を責めているようだ。

彼女はその笑顔に胸が詰まる。


(どうしてこんなに人想いの素敵な騎士さまが、そんな顔をしなくちゃならないんだ……)


レシルは複雑だった。

どうにかして、彼を幸せにしたい。

そのために今まで努力してきたというのに、自分はまるで役に立っていない。



「力になれなくて、ごめんなさい」



悔しかった。

自分がどう頑張ろうと、ソフィーの心はリアムに揺らぐ様子はない。

あれだけ助けられていて、脈はゼロ。皆無なのだ。

シナリオは崩壊しているくせに、ライアンとソフィーの仲は深まっていく。

リアムが失恋するのは運命だと言わんばかりに。

転生したんだから、運命を変えさせてくれよと、どうしようもない文句を女神に訴えたかった。



「そんなことはない!」


謝られるとは思っても見なかったリアムが慌ててそれを否定する。


「ソフィー姫だけでなく、俺のちょっとした傷まで手当てをしてくれて、いつも感謝しているんです。あなたが謝ることは何も無い」


「優しすぎますよ、リアム様」


今度はレシルが何とも言えない顔で笑った。

リアムには目元しか見えなかったが、彼女の切ない想いはひしひしと伝わっていた。


——いつも自分を励ましてくれる彼女は、一体どんな顔をしているのだろう。


ふと、そう思った。

そして世話になっている人の顔すら、彼は知らないことに軽く驚いた。


それは今まで全然気にならなかったことに、焦点が合った瞬間だった。


彼女のおかげで助かったことは、何も花嫁選抜が始まってからだけではない。

自分の力不足で傷ついた仲間を救い、肉体だけではなく精神のケアもこの宮廷医師はしてくれていた。

彼女が来てから、この城では怪我や病気を我慢する者が急激に減り、作業効率も非常に向上していた。ちょっとした体の違和感でも、レシルは嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれる。


(俺は、気がつかないうちに、ずっと支えられていたのか……?)


ここ数ヶ月、彼はソフィー姫の護衛として姫だけを気遣ってきた。

それは護衛の騎士として当たり前のことではあるが、どうやら、あまりにも周りが全く見えていなかったようだ。

自分はひとりで仕事をできるほど、優秀な人間では無い——。

この城にいる人々が、皆、それぞれの役目を果たして生活が成り立っている。

そんな当たり前のことを見落としていた。

当たり前のことなのに、全く気がつかなかった。

いつの間にか、騎士としてそこそこ力をつけた自分を過大評価していたのかもしれない。

そんなことだから、こうして事件を未然に防げなかった——。


リアムは言葉が出てこなかった。


「私、水を変えてきますね」


レシルは気まずそうに言って、桶を片手に隣を通り過ぎて行く。


彼はしばらくその場から動けなかった。








ライアンは部下に指示を出した後、再び医務室で寝ているソフィーのもとを訪れる。

もう日は沈み、窓からは月の明かりが優しく彼女を照らしている。


「ソフィー」


犯人が分かったわけではない。

しかし、彼女は何者かに狙われていることは確実だ。

ライアンは彼女のことを婚約者だとして、無理やりにでも守りたい気持ちが抑えきれなかった。

他の令嬢はもう彼の目に入らない。

花嫁は彼女ひとりだけだ。


だが。

自由に空を飛ぶ小鳥のような姫を、自分勝手に檻の中に閉じ込めるようなことはしたくない。

いや、そんなのは綺麗事に過ぎず、ただ単純に彼女に嫌われたくなかった。


「ん……」


その小さな唇から漏れた吐息に、ライアンはハッとする。


「ソフィー? 目が覚めた?」

「……ラ、ライアン殿下?」


ソフィーは目をまん丸にして、ゆっくり起き上がる。

そうだ、自分はみっともなくアオイ様とのお茶会で吐いてしまったのだと、彼女は気を失うことの前を思い出した。


「わたし……」

「食べ合わせが悪くて、食中毒を起こしたんだ。もう大丈夫だ」


彼は気持ちを抑えることなど出来ずに、ソフィーを抱きしめる。


「で、でんか」

「怖かったよな。すまない……」


急に体調が変化して、どうなってしまうのかと不安に思ったことだろう。

ライアンは顔を歪めた。

人の温もりに安心したのか、ソフィーの目からぽろりと涙が落ちる。

身体は正直で、最近の不可解な出来事に疲れが出ていた。

ライアンは体を離して、彼女の涙を見るとますます顔を崩し、そっとそれを拭う。


「助けられなくて、悪かった」


ソフィーはきょとんとする。


「殿下にはいつも助けられていますよ」


彼女の微笑みに、「嗚呼」とライアンは心のうちで嘆く。

そういうところが、全くこの姫様は可愛いのだ。

簡単には守らせてはくれない人だが、それでも彼女を失いたくはないから。


ライアンはソフィーの手を取る。





「ソフィー。わたしに、君のことを守らせてはくれないか。……ずっと側に、居て欲しい」






彼女の緑色の瞳が、大きく見開かれた——。








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