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花嫁選抜1

小説のシナリオ崩壊の花嫁選抜が始まります。




「ソフィー。大変よ!!」


西領主の家族が住まう邸宅に、似つかわしくない女性の大きな声が響いた。


「どうしたの、お母さま。そんなに慌てて」


珍しく取り乱した様子の母親に、ソフィーはエメラルドグリーンの目を丸くした。

庭で花を愛でていた彼女は作業をやめて、窓から邸の中を覗く。


「と、とにかくはやく、中に入って来なさい!」


「はい」


ソフィーを見つけた母レイチェルに呼ばれて慌てて中に入る。

慌てた様子のレイチェルと、打って変わって落ち着いた雰囲気でお茶をすする西領主、つまりはソフィーの父ヘリオットがソファにゆったり座っていた。


「どうされましたか?」

「今朝、中央領の王宮から手紙が届きました」


レイチェルは見るからに上質な紙でできた封筒を机に置く。

金色のスタンプを使えるのは、中央領の主だけ。

ソフィーは何事かと、レイチェルを見返した。


「もう。これを見たときは、またあなたが何かやらかしたのかと思ってしまったわ」


レイチェルは頬に手を当て、ため息をひとつ吐く。ソフィーはその可能性を否定出来ず、苦笑い。

自然あふれる邸宅でのびのび育った彼女は時には土を耕し、また違う時には馬でだだっ広い庭を駆け回り、野に咲く花のようにたくましく育った。

お忍びで街におりることは数知れず、ちょっとした問題を起こすことも……。



「ライアン殿下が妻を決めるために、候補を集めてセントリース城で三ヶ月様子を見るそうだ」


ヘリオットが大したことではない、と付け加えるが、レイチェルの眼光が鋭く光る。


「いいえ。これは大ごとです。うちのソフィーがそれに招待されたんですよ?」


彼女は真剣な眼差しで続ける。


「今、西領は他領と比べて経済的に遅れをとっています。中央はともかく、東西南北は均衡を保たなくては、争いが起こってもおかしくないのですよ?」


「今のご時世、戦争なんて起きると思えないがな」


「ヘリオット。そんなことでは領民からの期待を裏切ることになります」


図星を突かれて「う……」とヘリオットは押し黙る。見事に尻に敷かれている。


「いいですね、ソフィー。必ず参加しなさい。いつもわたしがあなたに大切にしろと言っているものは何か忘れてないでしょう?」


ソフィーはハッとした。

美貌で噂の中央領皇子ライアン。

彼との婚約を結ぶことができれば西領に有利ではあるが、この花嫁選抜会に参加するメリットは他にもある。

中央領主が集めただけあって、他の領からも有力貴族の皆様が会場にやってくるのは間違いない。


「社会において大事なのは人間関係。ですね、お母さま」


「その通り!! 別に殿下と婚約を結べずともよいのです。人の心など、どう動くかわかりませんから。しかし、これは他の領からやってくる令嬢方とまとめて交流できる滅多にない機会。……お友達をたくさん作って来なさい」


レイチェルは娘の手を取る。

ソフィーもそれに応えるように、強く頷いた。

側から見ていたヘリオットは、あくまで娘は花嫁として招待されているわけで、彼女たちが考える思惑はズレていることに気がついたが、口を挟むことはできなかった。





参加すると返事を出せば、護衛が迎えにくるとのこと。

翌日、中央領の紋が入った馬車が西領主家の邸宅に停まった。

両親と、同行するメイドのオリビアとともにそちらに出向けば、どこか見覚えのある人物が立っていた。


「リアムさま?」

「ご無沙汰しております。ソフィー姫」


ぐんと身長が伸びて、たくましい身体になったリアム・サルヴァス。彼は西領きっての武貴族で、昔はよくこの邸に遊びに来ていた。騎士になると決めてからは、鍛錬に忙しく顔を合わせていなかったが、すっかり大人びてしまったリアムにソフィーはたじろぐ。


「リアム・サルヴァス。この度ソフィー・W・ウォーレン様の護衛を務めせていただくことになりました」


優雅な動作で礼をするリアムに、慌ててソフィーもお辞儀した。

遊んでもらっていた頃と変わりすぎて、どう接すれば良いかわからない。


「え、えっと。しばらくの間、よろしくお願いします」

「はい。何かありましたら、遠慮なくお声かけください。それと私のことはリアムと」


どこか他人行儀なところが近づき難いが、彼が頼りになる人だということはわかっている。


(他のご令嬢のかたと、平等になるように接してくれているのね)


「わかりました。リアム」


ソフィーは微笑んだ。

リアムは少しだけ目を細めるが、すぐにヘリオットとレイチェルに挨拶を済ませ、ソフィーは馬車へとエスコートした。


しばらく馬車に揺られて、西領と中央領の間にある黄門を抜けて、セントリース城へ。


「すごい。うちの邸より、大きいわ……」

「この大陸で一番古くて大きいお城ですからね」


オリビアも口ではそう説明するものの、その大きさに圧倒されている様子だ。

ソフィーはリアムに案内されるまま、ほかの令嬢も集まる会場へ足を運ぶ。

通された広間には、すでに着飾ったお嬢様たちがそれぞれの思惑を胸に、この日のために用意したと思われる戦闘服ドレスを身にまとって臨戦態勢。

想像していた和やかな雰囲気とは打って変わり殺伐とした空気が漂い、ソフィーはゴクリと喉を鳴らす。


(えっと……。来るところ、間違えた?)


ソフィーの言いたいことがわかったオリビアは、静かに目をつぶって縦に首を振る。


(え、何?! どういうこと、オリビア!!)


オリビアは、女の戦いの渦中に飛び込んでいった主人が、自分の立たされてる現状をいまいち理解していないことをわかっていた。

これがひとりの男を巡る女たちの戦場なんです、と彼女はこっそり耳打ちした。


言われたソフィーは油の切れたゼンマイ人形のように首をギリギリ回す。

水面下で視線をぶつけ合うお嬢様がた。

どう見ても暢気に「お友達になりましょう」と言える状況ではない。


(お、お母さま……。わたしはとんでもないところに送られたのでは??)


どこかの誰かのせいで、ひとりの男を取り合う場が設けられてしまったことは、ソフィーにとっても、ライアンにとっても誤算だった。

しばらくして、広場に15人の棘や毒を隠した大輪の花たちが揃うと、中央領主アーノルドが姿をみせる。


「今日は我が息子のために、はるばる足を運んでいただき感謝する。詳しいことは手紙でも伝えさせてもらったが、この中から息子の将来のパートナーを決めたいと思っておる。ライアン」


アーノルドに呼ばれ、息子のライアンがソフィーたちの後ろの扉から中へ入ってきた。


柔らかく揺れる金色の御髪の間から、長いまつげと凛とした金色の瞳がのぞく。

美しさの中に、男らしさも備えたその相貌は目にした者たちから呼吸を奪う。


彼はただ歩いて、父親の待つ舞台に上がっているだけだ。それだけなのに、女性たちは思わずその姿に見入ってしまうのだ。


「この度はわたしの私的な理由から、貴女がたをこのような形で招いてしまったが、そう気を張らず城での生活を楽しんでもらいたい。遠路はるばる疲れも溜まっているだろう。ゆっくり休んでくれ」


息子の言葉に、アーノルドは頭を抱えたくなる。

お前の結婚相手を見つけるために、妻に鞭打たれながら一生懸命用意をしているというのに、全く令嬢たちに興味を示さない姿勢はどうにかならんのか、と厳しい眼光を飛ばす。

ライアンはそんな父親の視線をひしひしと感じながら、知らないフリをした。


(なんだって、こんなことを……)


面倒だからと縁談を断っていれば、とんでもないことになってしまった。

こうなるとわかっていれば、適当な令嬢と婚約を結んでおくべきだったとライアンは反省するが後の祭り。

そんな彼の憂鬱を知らないお嬢様がたは、玉の輿を狙って目を光らせている。


(一体誰がこんな茶番を提案したんだ?)


集まった女性たちを視線の端に追いやって、ライアンは遠くを見つめた。

数ヶ月前から父と母が忙しなく何かを準備しているとは気がついていたが、まさかそれが自分の花嫁を決めるために募集をかけていたとは、それまでの対応からは想定できない策だった。誰かの入れ知恵に違いない。





「ハックション!」


時を同じくして、医務室でくしゃみをするレシル。


「なんだ、風邪か?」

「……いえ。そんな感じじゃないです」


ムバルトに返事をして、レシルは書類に向き合うが、どこか上の空。

それもそのはず。

現在、〈春の間〉で花嫁選抜の開会式が行われている。

つまり、リアムはソフィーとの再会を果たしているのだ。

気にならないはずがない。


仕事に身が入っていないことを見透かされ、ムバルトに頭を叩かれる。


「イタ」

「おら。これ追加だ。さっさと集中しないと今日中に終わらないぞ」

「え!」


机に置かれた資料の山に、レシルは絶句する。暇を見て、ソフィーを一目見に行こうとしていたのに、計画が台無しだ。


「そんな……」

「頑張ってください、レシルさん! ぼくお茶淹れてきますね!」

「あ、ありがとう……」


キリヤに励まされ、レシルはひととき彼らのことを忘れて仕事に没頭した。





〈春の間〉ではライアンが、困惑を押し殺して横目にアーノルドの隣に座るエレーナを見ていた。

彼女に、


「あなたが慎重になるのもわかります。母の考えが甘かったのです。将来を共に歩むかたを、その人となりを理解した上で決めたいと思うのは何もおかしいことではありません。舞台は用意しました。ご令嬢たちも同意のうえで参内していただくので、心配しないで相手と交流を深めるのですよ」


そう言われてしまえば、ライアンに断ることはできない。


(まさか、こんな形で選ばせようとしてくるとは……)


きっと母が父に働きかけて今回の場を設けたのだろう。女性は人の恋路の話をするのを好むが、それは妃であるエレーナも変わらない。今もアーノルドの隣で、この状況を楽しんでいるはずだ。



使用人たちに令嬢たちを案内させ、ひとりまたひとりと会場を去っていくのを、ライアンは見届ける。

できればこのままもう顔を合わせたくないが、それは叶わぬ願いだ。


(どうせ、わたしの顔と肩書きだけに寄ってきた女性たちだ)


誰も自分のことなんて見ていない。

いつだってそうだ。

中央領の息子として生まれて、その肩書きばかりが目立つ。

自分の容姿や学力、運動能力についても全て「さすが中央領主さまのご子息だ」の一言で片付けられる。

つまらない人生だ。

これからも、ずっとそうやって人々からは期待や嫉妬の目を向けられ続けることは考えるまでもない。

はぁ、とひとつため息を吐くと、控えていた護衛騎士のケイン・エアメルが笑うのを堪えている姿が視界に入る。


(わたしを庇って怪我をさせてしまったから、大目に見ていたけれど。最近、調子に乗っているよね……?)


黒い笑みをケインに向けると、彼はびくりと肩を震わせゴホンと咳払いをし、真面目な顔をつくった。

まったく、困った腹心である。


(はやく三ヶ月が経ってくれないものか)


いや、たとえ三ヶ月経ったとしても、流石にこれだけ盛大に花嫁候補を集めてしまったのだから、この中から婚約者を選ばない訳にもいかないだろう。


「ハァ……」


ライアンはまたひとつ大きなため息をつき、やはりこんな場を設けろと提案したものを許さない、と心中恨むのであった。





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