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衝突と始まり



シャロンに連れられレシルがたどり着いたのは、南領と西領の間。

〈南西の境界人〉の民族が衝突を起こしていた。

南西の境界には、複数の民族が存在している。その中でも力を持っている〈チーナ族〉と〈カラッサ族〉が、家畜の移動で揉めたらしい。

もともと仲は良くなかったので、ちょっとの歪みで抗争をおこしてしまったようだ。


「レシル。お前は怪我人をみろ! あたしは仲裁に入る」


(仲裁……)


在学中の休みで様々な経験を積んだ彼女だが、ここまで大きな争いは初めてだ。シャロンが死ぬとは考えていないが、レシルと名を呼ばれ、武器を持たせてくれなかったことに、不安を覚える。

戸惑うレシルに、シャロンは肩を掴む。


「いいか。お前はレシルとしてここにいるんだ。武器は振るわず、あたしのこともメチエルで呼べ。でないと後々面倒なことになる」


「……はい。メチエルさん」


シャロンたちにとって、自分がレシルであるほうが都合がいいことはわかっている。彼女からしても、今後、本のストーリーに組み込まれる可能性を捨てないためにも、自分がルディだったことは忘れることにした方がいい。


「よし。行け」


てっきり戦うことになると思っていたのだが、レシルは自分だけ安全な場所に移動した。

しかし、その考えは甘かった。

仲裁役の南領側が用意した救護テントには、重傷の患者たちが横たわる。腕や足をなくした人々も目に付いた。


「ひどい……」


思わず顔をしかめるが、ぼうっとしている暇はない。

レシルはマスクを着けると、トリアージを確認しながら治療を始めた。

この世界では、まだ銃が発明されていないので、怪我のほとんどが切傷や刺し傷。弓矢が刺さっている場合もある。

治療をするために袖を捲り上げ、左手首の刺青が見えると、次は自分を診てくれとあちこちから呼ばれる。若い娘だったので看護師くらいにしか思っていなかったが、免許を持った医者だとわかり助けを求め始めたのだ。

前世ではドラマの中だけの話でしかなかったことが、今はリアルに自分の身に降りかかる。


「落ち着いてください。指示が通らないと、助かるものも助からなくなります」


レシルは自分でも驚くほど冷静だった。

これもシャロンとの修行の成果なのだろうか……。

動ける人に的確に指示を出し、患者たちには不安にさせないように淡々と仕事をこなす。卒業祝いの医療キットはあっという間に使用済みに変わり、着ていた服には血が飛んでいた。


一息つけた時には、外は真っ暗。

レシルは適当に食事を済ませると、うめき声が聞こえるテントの中に戻る。

アルコールの匂いがツンと鼻の奥を刺し苦い表情にはなるが、マスクのお陰で患者にそれは見えなかった。


彼女以外にも医者は来ているようだが、町医者にこの状況は酷なものだったのだろう。ちゃんと働けるのは数人しかいない。

千年前は争いも日常茶飯事だったそうだが、今は剣をペンに持ち替える時代だ。これほどの抗争は、50年に一度起こるか起こらないかのものだろう。


(師匠、大丈夫だよね?)


レシルは昼頃に別れたシャロンを思った。





レシルの心配をよそに、彼女が南西の境界に到着した次の日の夜、南領はこの不利益しか生まない抗争に終止符を打たせた。

サニアは境界人たちの不満によく耳を傾ける領主で、彼らからの信頼もある。もちろん南領としても譲れないところはあるが、限られた地域で彼らが暮らせていけるような支援はしていた。そんな長年の友好関係もあってか、サニアが族長に掛け合うと、熱りは冷めていった。



「先生、こちらです!」


争いは終結したが、レシルの奮闘はまだ終わらない。

患者たちをテントから、南領にある施設に移すことになったのだが、その間に容態が変わることは当たり前。即席のテントの中で出来る治療には限りがあったので、レシルはずっと治療に追われていた。


(手が足りない……)


猫の手も借りたいとは、まさにこのことを言うのだと理解するも、その猫さえここにはいない。


(冗談考えてる場合じゃないか)


猫のことは頭の奥隅に押しやり、とにかく容態を安定させることに集中する。施設に運んだ後のことは、そちらに任せておけばいい。


「終わった……」


入院が必要な人だけを施設に送り出したので、昼過ぎには作業が終わった。

他の医者たちは運搬で施設のほうに行くか、こちらに残って薬剤師としての役割を務めている。

レシルは手を消毒し救護テントを出ると、南領の人間がいる本部に向かった。


「どうした」


入り口に立っていた男に声をかけられる。


「メチエル様は、どちらに?」


「中で休んでいらっしゃる。こっちだ」


いくつか並ぶテントのひとつに通され、レシルは瞠目した。

すんなり中に通されたからおかしいと思っていたのだ。


「師匠っ」


簡易ベッドの上に横たわるシャロンには、左目を覆うように包帯が巻かれている。


「……レシルか」


気配に鋭い彼女は、目を開けてゆっくり起き上がる。だるそうな感じをみると、他にも怪我をしているのかもしれない。


「大丈夫ですか。その目は? 他に痛むところは?」


レシルはベッドの側に小走りで行く。


「大したことない。目の傷は眼球を避けてくれたからな。包帯が大袈裟なだけだ。骨が数本折れたが、まぁ、治るだろ」


滅多に大怪我をしないシャロンに、それだけ酷い戦場だったのだと、何と言っていいかわからずぎゅっと口をつぐむ。


「お前が想像してるより、紛争は酷くなかった」


ポンポンと頭を叩かれ、レシルは表情を崩す。


「でも、こんなになって……」


シャロンは少し困った顔をしてから口を開く。


「あたしは壊すことしか能が無いからな。……人を生かすのは、殺すより難しい」


お前は凄いよ、と言われてレシルは黙り込む。

シャロンがここまで傷を負ったのは、人を殺すのではない方法で仲裁に入ったからだとわかった。きっと気を失わせて戦闘不能にしていたのだ。武器を持った相手たちにそれだけのことをできるのは、相当な手練れでないとできないことだ。

大きな部族の衝突にも関わらず、怪我人があれだけで済んだのは彼女のこうした努力のおかげもあるだろう。

本当にすごい人だと、シャロンを見つめ直す。


「師匠は、師匠のやり方で人を救ったんですね」


「やめろ、そんなのあたしの柄じゃない」


真摯な瞳で見つめられて、シャロンは思わず視線をそらす。

こういうところは微笑ましいな、とレシルは思うが、心配なので自分でもシャロンの傷を確認する。

左の眉が斬られたところは綺麗に縫われ、肋や足のヒビなど、疑っていたわけではないが誤診はなさそうだ。


「すごく綺麗に縫われてますね。あまり跡は残らないでしょう。……嫁入り前の女性の顔に傷なんて、師匠も無茶しすぎですよ」


「余計なお世話だ。お前こそ気をつけろよ。顔になんて傷をつけたらサニアが暴れ出すぞ」


「……サニィさんは、元気にしてますか?」


「まぁ、体に変わりはない。ちょっと面倒な客に居座られて、機嫌は悪いがな」


サニアの名前をシャロンから久しぶりに聞かされ彼を思い浮かべる。

何の疑いもなく、サニアがルディのことを大事にしてくれている、と言われているようなものでレシルの心はほっこりした。


「お前には不便をかけてるが、もう少し屋敷に帰るのは待ってくれ。……この怪我は想定外だった。参ったな」


シャロンは頭を掻く。

レシルはルディに戻ってシャロンと旅を続ける予定だったのだが、さすがにこの状態でそれは難しい。


「コレッタさんのところにとりあえず、寄ってみます。置いてもらえそうだったら、そこでお世話になろうかと」


「迷惑かけるな。そうしてくれ。駄目そうだったら、他の場所を紹介できるよう用意しておく」


「はい」


一緒にいるので忘れがちだが、シャロンは南の戦姫。いわゆるVIPだ。警護をつけて屋敷に戻ることになる。

ここでお別れだ。

レシルは別れを告げて外に出ると、救護テントへ向かう。


(それにしても、師匠の傷は誰が縫ったんだろ? 今まで見た人の中で一番綺麗だった)


「なぁ、お前」


「……ハイ」


テントの中に入ると、顎に髭を携え、白衣を着た中年男性が声をかけてきた。

左手首には刺青があり、正規の医者だとわかる。


「名前は? それだけの腕で、今までどこに埋もれてた」


「えっと……。どなたですか?」


突然名前を聞かれてレシルは困惑する。

言葉では褒められているようだが、その口調からは責められている気がした。


「ムバルト・ホーゼ。中央領宮廷医師長だ。で、お前は?」


(中央領宮廷医師長?!)


我が耳を疑った。

これはもしかして、もしかするのかと、心拍数が上がっていく。


「レシル・モーガンです。昨日、清陵医学校を卒業しました」


「昨日?!」


声を荒げるムバルトに、レシルは眉を寄せる。


「それであれだけのことができるのか? 見たところまだ20にもなっていないような餓鬼じゃねーか」


「……今年で18です。長期休みに色々やっていたので、少しは実演に慣れてるのかと」


「ハァ?!」


ムバルトは何度も瞬きを繰り返す。

レシルの腕を取って免許をみて、本物だと確認すると今度はじっとレシルの顔を見つめる。


「お前、今どこの病院に雇われてる?」

「就職してないので、フリーです」


よしきた! と彼は膝を打つ。


「お前、おれのところに来い」


「いいんですか!」


キタキタキター! とレシルの心の声は叫び出すが、怪我をしたシャロンを思い出して、すぐに気を落ち着かせる。


「か、確認してきます!」


レシルは浮き足立つ歩みを何とかしようと、一歩一歩、ズシズシ音を立てながら着実に前に進んだ。


「師匠」

「どうした?」


起きていたシャロンに不思議そうな顔をされる。

自分がどんな顔をしているかわからないが、きっと喜びを噛み殺して変な表情になっているだろう。



「私、中央領宮廷医師になります」



確認のはずが、宣言になってしまったと言った後に気がついたが、レシルはそれでいいと思った。


たった数分の間に何が起こったのかシャロンは知る由もなかったが、レシルには人生を変える大きな出来事があったのだと理解する。

その証拠に、彼女は今まで見たことのない、決意に満ち満ちた表情をしていた。


(見つけたんだな。新しい戦場を)


シャロンに彼女を止める理由はなかった。




そうして、レシルは中央領宮廷医師になることが決まった。







ムバルトは中央領主の要望もあって、たまたま境界まで応援に来ていた。そこで腕も度胸も備えた女医を見つけて、勧誘するかどうか見極めるのに観察していたらしい。

自分に助けを求める視線が多くて、観察されていることにはレシルも気がついていなかった。

彼女が宮廷医師になると決めてから、ムバルトは先に中央領に戻って清陵医学校の情報から身分を確認し、手筈を整えてくれた。

その間、1週間ほどレシルは救護テントで支援を続けた。

シャロンはムバルトが領に戻った次の日に、立派な馬車に乗って南の屋敷へと発っていった。

別れの時には、早くもサニアからの承諾と応援のメッセージを伝えられ、レシルは何の憂いもなく中央領宮廷医師に臨む心積りができた。

撤退の手伝いまですると、ムバルトとの待ち合わせの場所である南領と中央領の間に設けられた赤門を目指した。

待ち合わせの時刻よりも早く到着し、少々値は張るが品の良い服を買って、風呂屋によって身体を清めてから再び赤門に戻る。

一応、城にあがるので、少しでも身なりを整えておこうと思ったのだ。


「こ、こんにちは! もしかしてあなたがレシル・モーガンさんですか?」


時間になっても姿を現さないムバルトに、まさかあの約束は自分の欲が生み出した幻想なのではないかと不安になってきていたレシルに声がかかる。


「そうですが」


彼女を迎えに来たのは、ムバルトの助手—キリヤ・タカナシ。

まだあどけなさが残る少年だった。

日本人と同じような名前からして東領の子だろう。


「よかった! 見つからないかと思って焦ってたんです。先生の言う通り、綺麗なお姉さんだからすぐにわかりました!」


ツッコミたい気持ちになったが、ちゃんと女と認識され、褒められることは嬉しい。

特に純情そうな少年に言われては、皮肉めいたことは言えない。


「あ、ありがとう。私はレシル。これからよろしくね」


「はい! ぼくの方こそ、よろしくお願いします!」


(——か、可愛い)


母性がくすぐられる、なんともキュートなキリヤに、思わず頭を撫でたくなる。

そんな癒しのキリヤに案内されて、レシルは中央領の街を進んだ。

シャロンと何度も足を運んでいるので、少しは土地勘がある。

ただ、王城は未知の領域。


「着きましたよ! これ、レシルさんの仮身分証です」


キリヤに仮の身分証らしい、札を渡される。

城門の横にある、守衛がいる小さな門でそれを提示して、レシルはついに『金の瞳に願う』の舞台に降り立った。







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