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第一の拳 後編


 ゲンコツが目覚めるまでに、さほど時間はかからなかった。



「ゲンコツさん!目覚めましたか、よかった~」



 目を開けると、レフェリーをしていた後輩(名前はクルブシという)が傍にいた。



「……あの女は?」

「用は済んだからって、ゲンコツさんの腕を治してから出て行きましたよ」



 ゲンコツにとって、これはまずい。道場破りをされておいて、相手がどこの誰かも分からないなんて恥晒しも良い所だ。



「追いかける」

「ええっ!?そんな、無理しないでください」

「いや、大事なことだ。他の皆を頼む」



 関節の痛みももう残っていなかった。ゲンコツは立ち上がり、道場の外へと走り出した。




**


「……あ」


 彼女はすぐに見つかった。道場のすぐ傍にある川で水を飲んでいたが、ゲンコツに気が付いたようだ。


「……その、見事だった。名を聞かせて欲しい」


 負けた悔しさと相手を軽んじた自分の未熟さに腹が立ちつつも、それを吞み込んで話しかける。



「レイラ」



 そう返すレイラの顔は微笑を浮かべており、ゲンコツは初めて彼女の瞳を見た。

 光の宿っていない(・・・・・・・・)、不気味な黒い瞳だった。



(……ッ)

「ここ、座って」



 レイラは笑みを浮かべたまま、ゲンコツも河川敷に座るよう促す。

 ゲンコツはレイラの持つ独特な雰囲気に面食らいつつも、川の水で顔を洗ってから、レイラの隣に座った。



「あんた、何者だ」


「私は、レイラ」


「そうではない。種族は? サキュバスか? 吸血鬼……ではないな、日の下に出られるなら」


「ニンゲン」


(ニンゲン?ニンゲン、にんげん……人間?)

「ニンゲンって、あの人間か?」


「あの……?」



 オークの中ではクールに頭を働かせられる方であるゲンコツだが、これには動揺を隠せない。

 それも当然、彼の認識では、人間といえば大昔に魔物と混じり合って消えてしまった、いわば伝説のような存在である。全ての種族は半分ほど人間に似ているので、その存在を疑う者はいないが、彼は純粋な人間を見たことがなかった。



「いや。人間が本当に存在するとは思っていなくてな」


「ふーん……」



 ゲンコツは小さなオークの村に住む田舎者であり、ズバーンや異種族格闘技の大会でも無い限りはあまり遠くへ行かない。外の世界に余り詳しくないことには自覚があったので、とりあえず納得することにした。



「まあ、いい。どうしてここに来た?オークの技を見に来たのか?」



 ゲンコツのみならず尊敬している師範まで負けたのだ。修行中の、名のある格闘家か何かかもしれないと彼は思った。



「うろうろしてたら、大きい人たちが戦ってた。楽しそうだったから、混ざった」


「……」



 余りに適当な物言いにゲンコツは腹が立ったが、オークの戦士にとっては強者こそが正義。苛立ちを隠して隣に目をやると、そこには心なしか先ほどより楽しそうな微笑を浮かべるレイラがいた。



「そうか。では、オレはこれで。……次に会ったときには、勝たせてもらう」


「……あ」



 そう告げて、ゲンコツは川原を去った。




 しかし、再会の時は思いの外早く訪れた。

 その晩、ゲンコツが散歩をしていると、昼と全く同じ場所にレイラが座って居たのだ。



「……何故まだそこにいる?」


「お迎え、待ってる。……まだかなぁ」



 そう言うレイラの表情は、口角は上がっていてもどこか寂しそうだ。

 まるで子供を見ているようで、彼はすっかり毒気を抜かれてしまった。

 ゲンコツは、困っている人を放っておけないタイプである。レイラは少し不気味だが、悪人だとは思えない。



「うちで待ったらどうだ、迎えが来るまで」


「いいの? じゃあ、そうす……る…」


 立ち上がろうとしたレイラがよろけた。


「? おい、大丈夫か!」

「うーん……」



 ゲンコツはレイラをおぶって帰り、両親に事情を説明した。念のため、彼女が人間を名乗ったことは内緒にしておいた。


 結局その日、彼女の迎えが来ることはなかった。

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