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第一の拳 前編


 オークのゲンコツは、苛立ちを抑えきれない様子で試合場へ上がった。


 齢17にして半猪半人オーク式徒手格闘術「ズバーン」の天才と持て囃されていた彼は今日、彼の師であり父であるザンシュと試合を行い、今度こそ勝って道場を継ぐ気でいた。

 しかし道場に到着した彼が見たのは、伸されて気絶しているザンシュと門下生たち、そして一人の小柄な少女であった。

 レフェリーを任された年少の後輩がゲンコツに泣きつき、状況を理解した彼は、道場破りの少女をぶち倒すことに決めた。


 深呼吸しながら気持ちを落ち着けて、目の前の女に目を向ける。腹が立つ時ほど冷静に敵を分析しろというのは、挑発に乗りやすいオークの間では聞き飽きるほど言われている言葉なのだ。

 大柄なゲンコツの半分もあるかどうかという小さな身体に、白い肌と黒い髪。年齢はゲンコツとさほど変わらないだろう。半人半淫魔サキュバスか、はたまた半人半吸血鬼ヴァンパイアだろうかと、ゲンコツは思考を巡らせた。

 しかしその腰にはサキュバスのような尻尾が無いし、ニヤリと浮かべる笑みには、吸血鬼のような牙がない。おまけに複数人との試合の後にも関わらず、痣一つ見当たらない。違和感を覚えながらも、ゲンコツはズバーンの構えを取った。


 オークという種族の最大の武器は、大きな身体とそれに付随した単純な破壊力だ。自分の身長ほどもある大剣を振り回すその筋力は、徒手格闘においても遺憾なく発揮され、異種族格闘技の試合に出場することも多い。

 少女の種族は分からないが、サキュバスのチャームへの警戒として目は合わせずに礼をする。



「準備はいいですか…?」


 震える声でレフェリーが尋ね、


「いいよ」


 少女が不敵な笑みを浮かべ、両手を下げた独特なファイティングポーズを取る。


「ああ、師範の雪辱はオレが晴らす」


 ゲンコツも頷いた。



「よーーーい、始め!!!」





**


 合図を聞き、先に動いたのはゲンコツだ。

 彼は未だに何故父が負けたのか納得できていなかった。不意打ちによるチャームや超音波攻撃だったとしても、体格差というものはそう簡単に覆せるものではない。簡単に言えば、動きを止めたところで倒せないはずなのだ。


(搦め手を使われる前に押し切るか)


 繰り出すのは、ゲンコツの得意技であるぶちかまし。足腰の筋力だけに任せ突っ込む非常に単純な攻撃だが、オークの筋力から繰り出されれば必殺の威力となる。



「ウオオーーーー!!! ッ…!!」



 しかし少女はゲンコツの攻撃を間一髪で避け、ゲンコツは派手に壁にぶつかったものの無傷。再び向かい合う。



「良いタックルだね」


(すばしっこいが、涼しい顔をしていられるのも今のうちだ)



 あえて言葉は返さない。

 再びゲンコツが飛び出し、ぶちかまし……と見せかけ、勢いを乗せた右ストレートをお見舞いする。


 次の瞬間、ゲンコツの身体が浮いた。

ゴキゴキゴキッ!

 地面に身体を叩きつけられ、背中に重い衝撃が走る。



(なるほど……こちらの勢いを利用した投げか)



 しかし、まだ一撃を食らったのみ。体格差からして普通に投げられることはないだろう。ならば間合いを詰めた打撃で攻めれば良いだけのことだ。

 ゲンコツは立ち上がり、ズバーンの構えを取ろうとしたところで、違和感を覚えた。右腕が上がらない。だらりと下がったまま、関節がズキズキと痛み始める。



「投げながら関節を外したんだよ」



 知らない技だ。

 こんなことは初めてで、ゲンコツは頭に血が上るのを感じた。

 ウォークライを叫びながら、間合いを詰めて腕を振るう。

 数発避けられた後、確かな手応えがあり、少女が吹っ飛んだ。

 これぞオークの戦い方。力こそパワーなのだ!!


 オークのパンチを食らって無事でいられるはずはない。最後まで少女とは目を合わせずに、ゲンコツは振り返ってレフェリーの方へ目を向けた。



「ゲンコツさん、後ろ!!」

「は?」



 気付いた時にはもう遅く、ゲンコツの首は背後から飛び掛かった女の四肢によって固められていた。



「ぐぬぬゥゥゥーーーッ!!!」



 引き剥がそうと腕に力を込めるが、どちらも上がらない。左腕も外されてしまったようだ。壁に体当たりをしようと試みたものの、既に視界が狭まっており、壁がどこにあるかも分からなかった。


 見た目にそぐわぬ力で絞め上げられ、ゲンコツはあっという間に意識を失った。


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