どこかの赤頭巾物語
*注意*
この物語には直接的ではないものの、性的行為を示唆する描写が含まれています。
R-15指定するほどではありませんが、嫌悪感を抱かれる方はご注意ください。
大丈夫という方は、本文へどうぞ。
これは、小さな小さな物語。
ほとんどの人が知らない、だけど誰かが知っている
そんな頼りない話。
さて、此度紡がれる言葉は一体どんな方向へ向かってゆくのか。
「じじぃ!」
おや今日も元気な物語の第一声が。
それでは小さな物語、始まり始まり。
* * *
そこは、とにかく平和だった。
森の中には水の音がこだまし、暖かな光に包まれ、小鳥はさえずり、平和そのものといった風だ。
風景は辺り一面緑に包まれている。
というか、見回す限り隙間なく緑しかない。
確かに川や鳥のおかげでなんとか緑一色というのは防がれているが、普通にありえないほど緑だった。
が、その中にほんの少しだけ混じった異色。
それはこの森には沿わない真っ赤に燃える色。
その赤はひとりの人間の衣服によって生み出されていた。
白のワンピースに、被りものだろうか赤い布をかぶっている。
その人間はすうぅっと息を吸い込むと
「出てこぉぉぉぉおおおおい!」
思い切り叫んだ。
その声に驚いた鳥たちは一斉に木から飛び立つ。
バサバサと音がしたと思ったら、抜け落ちた羽根がバラバラと降ってくる。
人間はそれをうっとうしそうに払うと、もう一度叫ぼうと息を吸おうとした。
そのときだった。
「おぉ、よくぞここまでおいでなすったのぅ」
どこからともなくのんきすぎるほどのんきな声がした。
「じじぃ……ッ」
そんな森中に響き渡るような声を出されたにもかかわらず、その声の主はのんべんだらりといった感じにふらりと姿を現した。
ンが!
「よくぞここまで…じゃねーっつの!」
その悠然と言う言葉を体現しているような老人は次の瞬間地面に沈んでいた。
「俺の[狼]はどこ行ったって聞いてんだよこのぼけじじぃ!」
「ま、待ちなされ赤ずきん殿。ワシの話をお聞き下さい。今代の[狼]は……」
「待てねぇぇぇええええ!」
「うっぎゃぁぁああぁぁぁぁあああ!」
とりあえず、収拾をつけるためにも一旦解説。
今老人を容赦なく殴っている彼女。
彼女の名は、[赤ずきん]。
もちろん通称である。
彼女はまぁ色々あって『おばあちゃんの家』に行かなければならない状況に陥った。
物語上そこで[狼]と出会ってなんやかんやあるはずなのだが……
「で、さっきも聞いたが[狼]は?」
赤ずきんは正座でうなだれている老人の目の前で腕を組んで仁王立ちしていた。
老人は全身を覆い包むようにすっぽりと被っていたローブを脱ぎ、それと一緒にまとっていたオーラまで脱ぎ棄てたのか、いまやどこにでもいる普通のおじいちゃんと化している。
狼の耳と尻尾さえなければの話だが。
老人は少し拗ねたように尻尾とゆらゆらと揺らしている。
「じじぃが拗ねたって可愛かねぇんだよ、とっとと吐きやがれ」
「老人には優しくするもんですぞ今代[赤ずきん]殿」
「知ったこっちゃあるか」
「おぉ怖」
老人は身震いすると、嘆息してぽつりぽつりと話し始めた。
「非常に申し訳ないのじゃがのぅ、今代[狼]はその……」
「んぅ?なんだ?聞こえないぞ」
「あ奴、逃げ出してしまいおったのですじゃ」
「……」
赤ずきんの行動がフリーズする。
「………」
つられて老人の動きもストップ。
「…………」
「……………」
「…………………」
「………………………」
「…………………………・・・はぁ?!」
「ずいぶん反応が遅れましたな」
「たりめーだろ。なんで俺がわざわざ来てやったちゅーに肝心の[狼]がいねーんだよ」
老人は狼耳の後ろをコリコリとかいて、もう一度困ったように溜息をついた。
「あ奴……今代の[狼]は『対人恐怖症』なんじゃと」
「あぁ?」
眉にしわを寄せた赤ずきんを見て老人はこれ以上困れという方が無理というような顔をしながら答えた。
「だから今回のことも、ただワシが『今代[狼]はお前じゃ』と伝えた途端説明も聞かず、「ひとに会うなんて絶対に嫌だぁぁぁああ!!」と飛び出してしまいおっての。こっちとしても困り果てておりますのじゃ」
「ったく」
赤ずきんは眉間を二回軽く叩き、苦い顔で老人を見た。
「しゃーねー、俺が探してきてやんよ。めんどっちーからそこで色々済ませてくる。いいな?」
一応疑問形にしてはいるものの、老人に拒否権は無いようだった。
「いたしかたありませんな。ご自由になされば良い」
「よし。で、その[狼]はどこいった?」
「ここからあっちに向かって走ってったとしか分かりませんのぉ」
「ふん、使えんヤツめ。だが一応礼は言っておくぞ、前元[狼]じじぃ」
そういって[赤ずきん]――年齢のころにして十七・八歳の娘は森の奥へと足を踏み入れた。
* * *
所変わって森の奥。
「ぜっはぁっはぁっはっはぁ……」
何やら息を荒くして木に寄りかかる青年がひとり。
彼の耳は老人と同じく狼のそれで、尻尾にしても同様だった。
青年は息を整えながら木にもたれかかっていたが、前触れもなく力が抜けてずるずると木の根にへたり込んだ。
「はぁ……冗談じゃないよ。ボクが今代[狼]?」
青年――今代[狼]はぶつぶつとひとりごちた。
「何を基準に……。兄者や姉貴だって居るのになんでこのボクに白羽の矢が立ったのさ?
[狼]になったら[赤ずきん]て人と会わなきゃいけないらしいし……それだけでまっぴらゴメンだよ。
それにボクなんて、頭悪いし運動神経悪いし音痴だし眼鏡だしそもそも対人恐怖症だからひとに近づくことすらできないし…………、……うぅなんか駄目だボク………。」
そんな独り言で逆に沈みこんでいる狼に近づく人影があった。
「ていうか[赤ずきん]と[狼]っていったい何するんだろう? そーいやじいさまに聞くの忘れたや。
これからどーしよう……」
「何やらバカっぽい独り言が聞こえるな」
突然背後から話しかけられてので、狼は飛びあがって驚いた。
「だっだれ…」
「[赤ずきん]に決まってんだろヘタレ[狼]」
「え」
「だいたい、こんな森奥で俺以外の女の声なんざ聞く機会があるかっつーのこのボンクラ[狼]が。つーか、[狼]が何かも知らずただ怖いから逃げたって脳みそ溶けてんじゃねーのか?つーか根本的に阿呆か」
冷淡な目で見つめられて、動くこともできない狼に向かって赤ずきんはズバズバと毒づいた。
最初赤ずきんを見た狼はカッと赤くなったにもかかわらず、その顔からどんどん血の気が引いている。
「そこまで言わなくても……」
狼半泣き。
「くっそ、[狼]のクセに手間かけやがって……、行くぞ」
「行くって、ドコへ?」
「森の奥だよ」
「もっと奥に?!」
狼はぎょっとして、赤ずきんの腕を掴んだ。
「駄目だよ危険だよこれ以上森の奥に行ったらもっと危ない動物がでてくるよ? 悪いことは言わないから止しときなよ」
赤ずきんは冷たく光っていた瞳を、ほんの少し和らげ、代わりに呆れの色を濃くした。
「っていうか、まずこんなとこ女の子が一人でいたら危ないんだよ! ボクは一応これでも狼だからなんとかなるけど、君は……」
「そりゃそーだ、俺ゃ喰われに来たんだからな」
「……え?」
「ンだ、じじぃどもに聞いてないか。あ、そっか。逃げたんだもんな」
その一言にまたぐさっと来るものを感じた狼だったが、そんなものにかまっている暇はない。
さっき赤ずきんが言った一言はとんでもないもののような気がして、慌てて聞き返す。
「何?喰わ……?」
「そう、俺は喰われにここに来た」
狼は貧血をおこしかけた。
フラリと倒れかかったところを赤ずきんが慌てて支える。
狼はうっすらと目を開けて、ぽつりと呟いた。
「……自殺志願者?」
「この大うつけが」
赤ずきんは支えていた手をぱっと離した。
当然のことながら、狼の体は重力に従ってぽてんと地面に落っこちた。
「死ねば良いのに」
「ひどい!」
狼が頭をさすりさすり。
「喰われるっつーのは、どっちかってーと性的な意味だ」
「は?」
「まぁ簡単に言うと子作り……」
「わぁあぁぁああ――――!すとっストップストップぅぅう!」
狼はガバッと起き上がって、赤ずきんの口をふさいだ。
「んぐっ。らんおする(何をする)」
「女の子がそんなことさらっといっちゃダメー!」
赤ずきんは力づくでその手をはぎ取ると、顔を真っ赤にしたまま呆然としている狼に向かって言った。
「何を動揺している? 本来[狼]とはそういうものだろうが。
そうか、キサマもともとこの[赤ずきん]と[狼]というシステムの意味を理解してないんだったな」
狼は顔を赤くしたまま何やら傷ついたような顔をしている。
赤ずきんは顔を少しも変えることなく淡々と、ただ淡々と話した。
「この[赤ずきん]と[狼]とはある二つの部族の協定によって成り立っているシステムだ」
「その協定って??」
狼は赤い顔を徐々に沈めていきながら、キョトンとした顔で訊き返した。
その純な顔を見て、赤ずきんはわずかに表情を曇らせる。
「長い話になってしまうが」
「いいよ気にしないから、話して」
ここで赤ずきんは深いため息をひとつつくと、静かに語りだした。
「我らが部族、ここは仮に『赤ずきん族』とでもしておこうか。そしてそうだな、お前たちの部族を『狼族』と呼ぼう。
昔、俺の祖先である『赤ずきん族』は同じくお前の祖先である『狼族』とある契約を交わした。つまりさっき言った『協定』だ。ここまではいいか?」
「うん」
「よし。その内容はこうだ。『狼族は赤ずきん族を周りの村や山賊などの外敵から守る代わりに数年に一度贄を差し出すこと』」
「にえって……イケニエ!?」
狼はびっくりして身をのけぞらせた。
「驚くな。別に殺されるわけじゃないんだから。生け贄と言ってもこうして俺が差し出されるだけなんだ。こづく…」
「それ以上はやめて――――!」
再度顔を赤くした狼が手を出したが今度は赤ずきんにその手をはたかれた。
「話は最後まで黙って聞け。俺は子作りのために差し出されたんだ」
狼再びくらり。
「いいか、赤ずきん族は正直に言って弱い。究極的に弱い。だから腕力的に強い狼族に守ってもらわねば、すぐに滅んでしまう。
だが逆にお前たち狼族は病気に弱い。だから病気に強い俺たち赤ずきん族と交わらなければ、存続していけないんだ。
実際、この協定を結んだ時も両部族とも滅ぶ寸前だったらしいしな」
「で、でも別にきみたちじゃなくても……」
「俺たちじゃないとお前たち特有の耳と尻尾が遺伝されんそうだ。狼族はその二つに誇りと言う名の下らないプライドを持っているらしくな?」
赤ずきんは意地悪げにニヤリと笑った。狼は言い返せずに尻尾も一緒にシュンとうなだれる。
次の瞬間に赤ずきんが断言した。
「というわけで、俺がきた」
「でもどうしてキミが?」
狼はなんとか気力を振り絞って顔を上げる。
「年頃の娘、体が頑丈、恋人なし。以上が理由だ。それ以外にない」
が、それはそれはつれない赤ずきんの返事。
「じゃあどうしてボクが?」
「お前の兄や姉は連れ添いがいるだろう? 弟はまだ早すぎる。お前はそれなりの歳、連れはいない。それだけだ」
狼はこんどこそ、がっくりと地面に沈みこんだ。KO。
赤ずきんは狼を無理やり立たせると耳元でつぶやいた。
「で、現在向かおうとしているのは『おばあちゃんの家』だ。」
「え?なにそれ?」
「本当に無知だな。『赤ずきん』という童話を知らんのか」
「あ、それなら知ってる。女の子が狼に食べられちゃ……あ」
狼ははっとしたように言葉の途中で閉口した。
赤ずきんは半ばせせら笑うように言う。
「やっと気づいたか。そうだ、俺は今から『喰われ』に行く」
狼は呆然と立ち尽くす。
赤ずきんはその狼を容赦なく引きずった。
「そう、いう、こと……だったのか」
「そういうことさ。ほら着いたぞ」
いつの間にか狼たちの目の前にはそれなりに大きいログハウスが。
狼は自失から抜け出せず、ずるずると中に引きずり込まれていゆく。
中に入ると普通に生活できるような空間が広がっていた。
が、しかし赤ずきんはそれをスルーしどんどん奥へ入っていく。
最後の扉を開けた最深の部屋にはキングサイズのベットがデーンとおいてあった。
そこでやっと自我を取り戻した狼はさっと蒼くなりカッと赤くなった。
「忙しいヤツだな」
赤ずきんはもう呆れ果てたのか、むしろ感心さえしている。
「あっあの、[赤ずきん]さん!」
「反対意見なら認めない」
「違います。あ、の、もうどうせ戻れないんだったら言っておきたいことがあるんだけど」
狼はさっきよりもさらに顔を真っ赤にして言った。
赤ずきんは面倒そうに目を向けると、一応聞いてやった。
「なんだ」
「あ、えっと………」
「はっきりしろ、男だろうが」
「うん、あの。………好きです。ひとめぼれです。ボクを好きになってもらえない?」
今度は赤ずきんがポカンとなる番だった。
「ホントに一目惚れだったんだ。だからさ」
「このタイミングで言うかそれ」
赤ずきん真っ赤。
「可愛いね。それであの」
「言うなバカ死ねアホマジKYだろお前」
赤ずきん混乱中。
「もう、ひとの話は最後まで聞けって言ったの誰だったけ?」
「う…………」
「聞いて。お願いだから」
「………ん……」
狼は赤ずきんの手を握り真剣なまなざしを向けた。
「君の名前は?」
「………は?」
「だから君の名は?」
赤ずきんは拍子抜けしたように座り込んだ。
腰が抜けたようだった。
「………・・は、あはは、そうか、聞いてないんだったよな」
「うん、だから教えて?」
にっこりと笑う狼。
さっきとまるで形勢逆転、笑顔がちょっと黒い。
「俺は 」
さらさらと流れるような澄んだ声が紡ぐその名を聞いて狼は赤い顔を隠すように言葉を重ねた。
「そっか、可愛い名前だね。あんまり可愛いから押し倒すよ?」
黒い狼。というかこれが本来の狼の姿であるはずだ。
結局自分で言った言葉が恥ずかしすぎて顔を真っ赤っかにしている弱虫であることには変わりがないのだが。
赤ずきんをぬがされた[赤ずきん]はじとっとした目で[狼]を見る。
「対人恐怖症はどうした」
「ひと目見たときに吹っ飛んじゃったよ」
そういって狼は[狼]として[赤ずきん]を喰った。
もちろん無粋な[猟師]はとうとう現れなかった。
* * *
どこかで誰かがつぶやいた。
[狼]は[赤ずきん]に必ず恋をする。
何故かは誰も知らないが。
と。
* * *
どこかで誰かがきっと知ってる。
でもたぶん皆知らない。
そんなお話、これにて閉幕。
めでたしめでたし。
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