◆ トゥーン遺跡
トゥーン遺跡の入り口は、グレンフェル家の敷地内の御廟にある。ヘルガの時代に、遺跡の所有権を手に入れ、その上に本邸と御廟を建てた。
がらんとした狭い御廟の四方から、淡い明かりの魔灯が部屋を照らす。御廟の中央部には台形の祭壇がぽつんと佇んでいた。古代遺跡特有の祭壇だ。既に遺跡特有の不可視の守りは解かれた状態にあり、その祭壇は誰の目にもしっかりと見えていた。
祭壇の上にクライブとキットとジェラルドとサイは乗る。
クライブは意識を集中させ、目を閉じた。すると眩い光が部屋を覆った。視界が真っ白になる。強い光だった。
遺跡の封印を解いた証だ。これでこの祭壇から地下の遺跡に入れるようになる。
「毎回封印したりしてるの?」
サイはクライブに尋ねた。クライブは首を縦に振った。
「一応な。そんでもかなり軽い封印で、俺なんかでも解除出来るくらい。簡単に出入り出来るようになってる。念のためって感じの封印さ」
グレンフェル家が守ってるわけだしね、と言いクライブは両手を祭壇につけた。
「それじゃあ行ってくるぜ、バーグ」
「お気をつけて、クライブ様」
祭壇の横で立っている祭壇警備の男にクライブは声を掛けるや否や――。
すとん。
落とされる感覚と共に、キット達は地下の遺跡に入っていった。
「久しいなぁ」
トゥーン古代遺跡を見渡し、キットは感慨深げに呟いた。
トゥーン遺跡も他の古代遺跡と変わらず無音で、静謐だ。
入り口は普通の洞窟のような光景が広がっている。崖のように切り立った道の先にアーチがあり、その奥から部屋が始まるのも他の遺跡と変わらない。唯一違うところとすれば、切り立った道の下に広がる青い宝石のような鉱物の固まり――魔法鉱石だ――の海が、文字通り海のように水に満たされているところだ。まるで地底湖のようになっている。遺跡内の魔法鉱石がマナを発生させ、更にそれを水に変え続けているからだ。これがあるからこそ、このトゥーン遺跡は水の遺跡と呼ばれ、トゥーンが水資源が豊富な都市になったのだ。
水の存在でこの遺跡は他の遺跡よりも涼しい気がする。サイは身体いっぱいに新たな遺跡を感じているようで、目を細めて周りの光景を見ていた。
「水の遺跡……魔法鉱石が水を作り続けてる光景なんて初めてみたわ。どうなってるのかしら……」
サイは切り立った大地から少しだけ身を乗り出し、水揺れる魔法鉱石の海を見た。かなり興奮しているようだった。
とはいっても、古代遺跡探索人なのでその魔法鉱石のところに下りたいとは言わない。当然、この魔法鉱石も他の遺跡と変わらず大量のマナを含んだ鉱石なので触れた途端、強いマナに当てられて全身に強い衝撃を受けることになるだろう。
古代遺跡探索の歴史はもうかれこれ百年以上にも及ぶが、未だこの魔法鉱石の解析は済んでいない。ただ膨大なマナが込められているのと、古代人たちはこの鉱石を資源として使っていたであろうことは予測がついていた。しかし、それを利用する技術は、今のリーンの子たちにはなかった。
「この鉱石を利用出来るようになれば、どこの地区でもトゥーンと同じように水を自由に使えるんだろうな。それに、やはり……美しい光景だ」
ジェラルドも感慨深げに地底湖を見ていた。
クライブも嬉しそうに笑う。
「だろ?」
故郷の有名な遺跡を褒められ悪い気はしない。クライブの表情はそう語っていた。キットもこの遺跡を褒められることは嬉しいと思っている。自然と顔が緩んだ。
しかし、その嬉しさは徐々に自分とは遠く離れたものになっていくのをキットは感じだした。自分の感情、感覚、近くにいるはずの他三人の存在が遠のいていく。そして、魔法鉱石に引き寄せられるように、キットは切り立った大地の上から水面を覗いた。
魔法鉱石が発しているマナは、マナを敏感に感じやすい人ほど引き寄せられやすい。大陸で最もマナを扱うシーリル人には、その波動を感じ過ぎて胸がざわついたり、影響されやすい人だと、酷い頭痛を起こしたり体調を崩したりする。故にシーリル人はここに長く留まらない。出来るだけ足場の真ん中にいるようにする。逆にマナを殆ど感知できない獣人は、何も感じない。
しかし、人間種族でマナを扱えるものにとって、このマナは酷く心地良い、酩酊感を味わえる量なのだ。中途半端な鈍さ故の気持ちよさ。
キットもそれを頭で理解しながらも、ふっと寄せられていく。
揺れる水面が、まるで自分を誘い、笑いかけているようにキットは感じた。
「ばーちゃん」
不意にがしっと肩を掴まれ、キットはハッと我に返り、振り返った。
クライブが肩を掴んで引き寄せていた。先ほどまでの笑顔とは変わって、真剣な表情だった。
「何度も呼んだんだけどな。気をつけて」
「あ……っ」
小さな声を漏らす。キットは息を飲んで、よろめく様に後退した。
「ぶな、かった」
溜息を吐く。同じような音が他の三人からも漏れてきた。
「ばーちゃん、大丈夫?」
「……ああ」
指先やら腹部に痺れるような恍惚感の残滓が感じられる。今、確かに自分はこの鉱石の海に飛び込もうとしていた。自殺行為を悦んでしようとした自分の記憶にぞくりと震える。懐かしい光景に少し気を抜いていただけだと言うのに。
キットは拳を握りしめ、名残を掻き消すように掌を爪で掻いた。
「これがあるからなー」
クライブは困ったように腕を組んだ。
「これさえなければ、観光名所にもなりそうなんだけどなぁ、ここ」
「観光?」
突然言い出したクライブの言葉にサイは目を丸くした。
クライブはそうそうと何度も頷いた。
「そ、観光。このトゥーン遺跡ってもう殆ど調査済みだし。特に危ないところもない。だからこうやってこの遺跡の美しいところを色んな人に見てもらうのも良いかなって思ったわけだ、俺は。勿論、案内付きでな」
そう言ってクライブは自分を指差した。恐らく、グレンフェル家が案内役を務めると言うことなのだろう。
「悪くないと思うんだ。これだけ綺麗な古代の遺産を皆に見てもらう。俺達グレンフェル家も新たな商売に手を出せる。今まで古代遺跡は学者と一部の探索人のものだったけど、そうじゃなくなる。悪くないと思わないか?」
クライブは同意を求めるようにサイのほうを向く。サイは満面の笑みを浮かべた。
「そうね、しっかりとした管理の下での観光だったらきっと素敵ね。この魅力を多くの人たちに知ってもらうのは素晴らしい考えだわ」
全面的に賛成。サイはとても嬉しそうに頷いていた。大事な古代遺跡を独占できないという考えはなく、ただ本心から遺跡の素晴らしさを共有できることを喜んでいるようだった。クライブも同意されて嬉しいようで、サイと頷き合っていた。
キットは押し黙った。
いくら調査済みとは言え、決して魔物が出ないわけではない。また、先ほどクライブの言った通り、魔法鉱石の海に落ちてしまう可能性もある。遺跡の素晴らしさを知ってもらうのは良い事だと思うが、しかしそもそもここは古代人たちによって封じられたと一般的に言われている――つまり入れないようにされた禁断の地でもあるのだ。何かを冒涜をしているような気がする。墓を暴くのに似ている。気軽に入るというのは良くない気がする。入れるのはほんの僅かな人間だけでいい。危険を覚悟して入る者たちだけでいい。キットはそう思った。
それに、何より――。
「でも、兄ちゃんは反対らしい」
クライブの打って変わって落とした声にキットの思考は止まった。
サイの表情も曇る。
「何故? 新しい事業が起こせる良い案だと、私は思うのだけど」
「んー、でもな。兄ちゃんが言うにはな……」
クライブは眉間に皺を寄せ――セオドアの真似だろう。やや誇張表現があるものの、兄弟なので似ている――渋い声を出した。
「『ここは職人と商人の町だ。職人たちや商人たちがより良い物を作り、売って商売をしている。必死に。それを観光事業に切り替えたらどうなると思う? 今まで技を磨きそれを伝えていった者たちが、ただ古代遺跡の観光客に適当に物を売るだけでも暮らせるようになったらどうなると思う? わかっただろう。却下だ。ここを観光地にするのは、職人と商人がいなくなったときだ』」
クライブは肩をすくめた。セオドアの真似はここまでらしい。
「まぁ、兄ちゃんの言うことは最もだけどな」
「……そうか」
キットの顔に笑みが零れた。
セオドアは分かっている。この街のあるべき姿を。それはヘルガ・グレンフェルからエイダ、そしてアランに引き継がれた大切な心と信念で、グレンフェル宝石商当主として絶対になくしてはいけないものだった。
観光事業は楽である。
人を寄せ集められれば、別に大した技を磨かずとも、ただあるものを使うだけで人は金を落としていく。それは貧しい村には必要なことかも知れないが、この職人の町には不必要……いや、邪魔な考えなのだ。
王都からやや離れ、田舎と言われる地区にありながらも、職人と商人たちが競って技を磨きあい、多くの素晴らしい名品を生み出しているからこそ、この街は栄えているのだ。それがあるべき商業都市トゥーンの姿なのだ。
ヘルガ・グレンフェルは何度も言っていた。
この街は確かに古代人の遺跡の上で成り立っている街だが、その上にあるのは我々現代人の英知と努力の塊だ。それは決して古代人の超文明の塊に負けない偉大な遺産だ、と。
確かに引き継がれている当主の心。キットは口元を緩ませた。
クライブは微笑んでいるキットを見て苦笑した。
「その分だと、ばーちゃんは兄ちゃんの意見に賛成かな」
「当たり前だろう、馬鹿たれ」
「ちぇ、残念」
クライブは口を曲げて頭の上で手を組んだ。
サイも残念そうだったが、納得したようで、なるほどねと頷いていた。
キットはクライブの肩を軽く叩いた。
「お前の考えは悪くなかったし、場所が場所なら可能かも知れない。でもここは絶対ダメだ。当主がお前でなくて安心したよ。セオドアが正解だ」
冗談めかしてそう言う。するとクライブはにやりと顔を歪めた。
「それ兄ちゃんに言ってやってよ」
「やだね、きっと怒る」
キットとクライブは笑いあった。セオドアに関しての意見は非常に合っている。お互いそう感じた。
「んま、新事業の話はいいや。奥進もうぜ」
クライブは仕切りなおすようにパンパンと手を叩いて、奥を指差した。
魔法鉱石の上の道を歩み、入り口から奥の部屋に入ると遺跡の内装は全く違うものになった。
継ぎ目のない美しい石のようなもので囲まれた部屋。大抵の遺跡がこの不思議な材質の石を使い作られている。
そして、トゥーンの特徴の一つである歯車が部屋のそこら中にはみ出て、動いている。はみ出方も異様だ。天井や壁から、文字通りすり抜けるようにして突出し、動いている。一寸の隙間もない。歯車の凸凹も関係なくピタリと、どんな状況でも壁と歯車が綺麗にくっついている。すり抜けているとしか思えない。
これもまたトゥーン特有の遺跡内装だった。
サイは目を輝かせて部屋を見渡していた。彼女がここまで嬉しそうだと言う事は相当珍しい種類の遺跡なのだろう。キットは興奮して壁や天井ばかり見ている彼女がこけないかどうか心配になってきた。
ジェラルドもきょろきょろと頭を動かし、四方を見渡していた。
「これは一体……どうなっているんだ?」
「さぁ、僕にもわからん」
ジェラルドの質問にキットも首を傾げるだけだ。
確かにこの歯車たちは――特に天井から一部突出しているものは、トゥーンの路上で出っ張っている歯車と同じものである。つまり、この天井の上は間違いなくトゥーンなのだが、一体この遺跡が地下どれくらいの深さの位置にあるのかはさっぱり調べがついていない。何せ場所によっては歯車の大きさが違うはずなのに、突出している割合――ちょうど歯車の半分だ――は特に変わらなかったりしているのだ。
「恐らくあの天井が歯車の動きと形状のみを細かく記憶して、地上で呼び出しして再現し連動しているのね……」
サイは大きく口を開けながら天井を見つめ、恍惚そうに呟いた。手には小さな宝石が握られていてそれを天井にぶつけていた。宝石は天井で跳ね返り地面に落ちてきた。普通の天井にぶつけるのと変わらない。
「似たような感じのものを見たことあるから、多分それと同じだと思うわ。ただ構造までは絶対わからないわ……この天井を崩したとしてもきっと。遺跡の深さを知ることさえも私たちはまだ出来ない」
不可能な壁を目の当たりにしているというのにサイの目はうっとりしていた。遺跡の神秘さとまだ開かれぬ未知の世界に、憧れと希望を抱いているのだ。
「せめて深さとかくらい調べられるようにはなりたいよなぁ」
歯車の動きを調べていたクライブが声を上げた。目は歯車から離さない。回る速度を計測しているのだ。
「大昔の『サンダー兄弟の古代遺跡発掘記』……皆、聞いたことあるだろ?」
「ああ、あの穴掘り記録か」
キットは答えた。サイは勿論、ジェラルドも知っているらしい。ああ、あれかと呟いていた。
「馬鹿な実験ね」
(真実なら、大事な祭壇をぶっ壊したろくでもない実験よ)
サイは肩にかかった髪の一部をくるくる弄りながら呟く。一見、表情は平素の様子だが、彼女が髪をわざわざ弄るのは、ふっと起こった怒りの感情を隠すための癖だとキットは知っている。
サンダー兄弟の古代遺跡発掘記。
それはまだ古代遺跡発掘がまともに行われていなかった三百四十年ほど前の、ある古代遺跡発掘の話である。
その頃は、遺物から遺跡を見つけることが出来ても、まだ侵入式の発見が出来てなかったため、遺跡を持て余している時代だった。
過去の産物であることは分かっているのに、中に入ることが出来ない。
そこでサンダー兄弟はその遺跡を穴を掘って中に入ろうとしたのだ。勿論、穴を掘って入ろうと考えるのは当時はよくあることだった。しかし、彼ら兄弟はとんでもない日数掘り続けたのだ。
その記録、約二年間。追加で一年。
最初の二年で祭壇周りを、とんでもない深さになるまで彼らは毎日掘り続けた。最初は道具を使っていたが、徐々に魔法までも使い掘り続けたそうだ。しかし、これ以上もう掘れない場所――地層がかなり硬くなったのと掘り出した土がとんでもない量になって山が出来たとまで言われている――まで来てようやく諦めたそうだ。
追加の一年は祭壇下を直接掘ることにしたのだ。祭壇を壊して。
しかし、何も発見されなかった。いくら掘っても、遺跡の天井すら出てこなかったらしい。
彼らの作った穴は未だに埋まっていないという噂を聞く。定かかどうかはわからない。何故なら、日誌のような穴掘り記録だけが残っていて、遺跡の場所や遺物は全く残されていなかったからだ。
この実験が本物なら遺跡は現代人には到達できない深さの場所にあるのか、違う場所にあるのか、それともこの歯車が示すようにすぐ真上にあるのか。とにもかくにも見当のつかない技術で地下に作られたものである。
嘘ならそれまでの話だが、およそ書冊五十冊にも及ぶ実験録全てが嘘と言うのも妙な話だ。
「嘘か本当かわからないけどさ、あれが本当ならとんでもない場所にこれはあるんだ。でもな、もう少し行った先に恐らく大通り真下の通路があるんだけどな。歯車はちゃんとした円だし、回り方も正確で、大通りとこの遺跡の間は大体……人間二人分から四人分程度のはずなんだけどな……全く音がしないんだ。あの喧騒とか、人の歩く音とか。全く。気配さえも。本当に、深さだけはさっぱりわからない」
と、クライブは天井を見上げて呟いた。
恐らく。キットは、いや誰もが考える。
この遺跡側から天井を掘っていったところで、一生地上に出ることはないだろう。
天井のあの無機質な石が延々と続くのだろうと。
この一帯を調べ終わったのかクライブは奥へ進んでいった。キットたちも後に続く。サイは黙ったまま天井を見つめて歩き……そして、ふっと笑う。
「今の技術では、どんなにあがいても調べようがないわ。私たちがこの文明に到達するのが一体どれくらい先だかわからないけど……でも、その間は私の人生に『飽き』が来ることがないってだけでは確かね」
なんとも彼女らしい発言だ。キットとジェラルドは顔を見合わせて苦笑した。
サイと言う女は、見た目は冷静さと柔和が交じり合った不思議な雰囲気だが、中身は情熱的で不屈の闘魂を宿しているのだ。それをあまり知らなかったクライブは足を止め振り向き、少し驚いたように目を瞬かせた。
「意外だ。サイ先生って、おもしれーな」
徐々におかしくなってきたのか、クライブはくつくつ笑った。




