◆ トゥーン遺跡
部屋に戻ると、寝ていた二人はすっかり起きて支度をしていた。
朝食の配膳もされていて、キットが帰ってきてすぐに三人だけの朝食が始まった。余計な気を使わなくてちょうどいい。三人はそんなことを考えながら朝食を取った。
食べ終わると、それを見計らったかのように使用人たちが入ってきて片付けが始まる。そして、食後の茶もてきぱきと出され、入ってきたときと同じように静かに使用人たちは出て行った。
「慣れないわね、どうも」
サイがぼやけば、
「よく言う。ろくに家事もしないくせに」
ジェラルドは茶を口に含み、小さく笑う。キットもそれは同意だったのでニヤニヤ笑った。サイは口を曲げた。
昨日の話しはどうなったのだろうか。ここをいつ発つか。
茶を飲みながら相談をしていると、再び扉を叩かれた。
「失礼します、キット様」
入ってきたのは、キットとジェラルドの記憶にはない男性だった。三十代後半だろうか。グレンフェル宝石商の一部の上位役職の者のみが着用する、長い丈の白衣を着た黒髪の男で、全体的にすらりとしていて冷静さが伺える面持ち。どことなくセオドアに似ている雰囲気の持ち主だった。
サイは顔見知りだったようで、彼女は立ち上がり会釈をした。男も同様にだった。
サイが知っている人間ならば問題ないだろう。キットとジェラルドはゆっくり立ち上がり、軽くお辞儀をした。
一拍置いて男は二歩前へ出る。
「お久しぶりです、サイ先生」
きびきびとサイのほうを向き小さく笑みを見せたかと思うと、次はキットとジェラルドを見た。
「キット様とジェラルド様は初めまして。グレンフェル宝石商当代当主セオドア・グレンフェルの専属秘書、ヒュー・ベインと申します。以後お見知りおきを」
(これが噂の男、キットか。何の変哲もない若者。ジェラルド、獣人。ライオンか。立派だ。重厚で威圧感がある)
そう言って男は無駄のない動きでキットに握手を求めた。言葉遣いも声質も、思考までも歯切れよく、呆けてた人間ではこの男の調子に乗せられそうだ。キットはそんなを感想を持った。しかし、このくらいの調子ならキットは嫌いではない。セオドアの専属秘書と言うくらいだから、恐らくセオドアもこの調子で馬が合うのだろう。
キットはヒューの手を握った。
「よろしく、ヒュー」
続いてジェラルドも手を握る。
挨拶が済めば、やはりヒューはきびきびとした動作でヒューは姿勢を正した。
「セオドア様に代わり、いくつかの仕事の話をしに参りました。お時間を少々頂きます」
「いくつか? 昨日頼んだ手配の他に何かあるってことか?」
「順を追って説明します。座りましょう」
ヒューは椅子を指し示した。キットたちは腰掛け、話を促すように頷いた。
「まず、昨日キット様たちがご依頼してくださった件ですが、信用できる封魔の魔法を使える者を選考し、今朝依頼の早馬を仕立てました。トゥーン在住と言うわけではございませんが、近郊に住んでいるので、すぐに召喚が可能と思います」
「誰かしら?」
思い当たる人物を想像しかけたキットを尻目に、素早く質問をしたのはサイだった。腕を組み渋い顔。口調はややきつめで、納得行く人選なのかこの私が確かめてやると言いたげだ。最もあの遺跡の封印に関して気にしているのは、他でもない、一時的に急ごしらえの封印をしたサイ自身だ。
ヒューは彼女のそんな様子にも落ち着いて対応した。一呼吸を置くと、その名を口にする。
「オーラ・オーレン様です」
キットの脳裏に一人の男の顔がはっきりと浮かんだ。
「オーレン! 『緋色の妖狐』だって!」
「そうです、オーレン様です」
目を見開いて驚くキットに、やはりヒューは落ち着いて頷いた。
オーラ・オーレン。
キットがエイダだった頃、つまり先々代のグレンフェル宝石商からグレンフェルの専属古代遺跡探索人として仕えている稀代の魔法使いで、エイダとも交流があった男だった。
いつだって開いているのかどうかわからないような薄目でいることや、真っ赤に燃えるような髪と強力な炎の魔法を得意とするところ、そして切れ者であった兄のカール・オーレン、『緑青の狢』と対でその二つ名がついた。身体が弱く短命なはずのシーリル人の血を引いているが、齢九十歳で未だに遺跡探索人として仕事をすることもある。彼がシーリル人と人間のハーフだからと言うのもあるのだろう。未だに魔力が衰えずに現役を貫いている老人だった。
大物古代遺跡探索人を要請したと聞き、キットも驚きを隠せない。また当人を知らずとも、高名さからジェラルドもやや興味が湧いているようだった。
至って平然としていたのはサイだった。
「当然ね。むしろそのくらいの人じゃなきゃ困るわ」
その言葉にヒューは笑った。
「ええ、サイ先生以上の……となるとやはりこういった方になります。セオドア様も詳しいことは理解はしていないようですが、慎重にかつ堅実に取り扱うべき遺跡だとお考えです。故にこの人選となりました」
「そうか……ともあれ、迅速な対応、助かる」
キットは安堵した。昨日の夕方に頼んだというのに、もう早馬を飛ばしているというのだ。セオドアがグレンフェルに所属している探索人の情報を正確に記憶している証拠だろう。ただ名簿を持っているだけで何も覚えていないようであれば、こうはいかない。
日頃から細かいところまで神経を張り巡らせている。十分にグレンフェル家当主だ。
さきほどのクライブとの会話を思い出し、キットの表情が僅かに翳った。
その様子をヒューは見ていた。
「続けていいですか?」
「あ……ああ、すまん」
(何を考えた? 一瞬、暗くなった。封印に不安があるのか?)
キットを観察するヒューの目は変わらない。しかし、キットの変化を伺おうとするのが強く思念として表れた。見当違いの考えと探るような目つきにキットは手を振って、それを散らした。
「……続けてくれ」
「失礼しました。続けます。オーレン様が到着次第オーネに向かう手筈です。数日の内にオーネ地方に向かい封印を行うことが出来るでしょう。キット様たちは封印の際は、立ち会いますか?」
「勿論。そんなに早いとは思わなかったから、助かる」
「かしこまりました。では、そのようにします」
話が一区切りつくと、部屋の扉が開かれた。中の者たちに入室の許可を取る打音もなく無遠慮に開かれたので、キットは頭を押さえた。入ってきたのが誰だか、目で確認するまでもない。こんなことをするのは一人しかいない。
「クライブ……」
「よ! おはよう、サイ先生、ジェラルド!」
キットの呻きと入ってきたクライブの挨拶が被った。サイとジェラルドは軽く手を挙げ、そしてヒューは立ち上がりお辞儀をした。
「おはようございます、クライブ様」
「ヒューも朝からご苦労様」
ひらひらと手を振り、クライブは壁に寄りかかる。彼は白と青を基調とした武道着を着ていた。武道着でありながら、粗野な感じは一切しない。法衣にも少し似ていた。落ち着いた装いであったが、昨日の礼服よりもずっとしっくりくる格好だとキットは思った。
「そんな格好でどうした?」
「ん、遺跡に行くんだ。トゥーンのな」
キットの質問にクライブは片目を瞑り、
「勿論、ばーちゃんたちも一緒にな。昨日言っただろ?」
笑った。そこの公園を散歩しようぜと言うくらい気軽な誘い方だった。
「は?」
キットたちは顔を見合わせる。いきなりどうしてそういう話になったのか。サイも遺跡に行くという言葉を聞いて目がきらっとしたが、それでも不可解さが隠せないようだった。
どういうことかと三人はクライブとヒューを見た。クライブは代わらず快活な笑いを見せていたが、ヒューは目を閉じて何かに耐えてるようだった。
「クライブ様……」
ヒューという人間は基本的に自分の調子を保てる男のようだが、予想外の台風にそれが崩れていくのが目に見えた。
しかし、すぐに気を取り直すと、ヒューはキットたちに向き直った。
「本日はトゥーン遺跡の定期調査の日なんです。そこで、キット様たちもクライブ様に同行して遺跡調査をしてみてはという提案がセオドア様から出ました。オーレン様を待つ時間にちょうどいいかと……」
「あ、定期調査って今日だったのか。いや……まぁそれは構わないけど」
(きっと厄介払いだな……)
まるでキットが思ったことを代弁したかのように、ジェラルドから苦笑混じりの『声』が届いた。
恐らくオーレンを待つ間、屋敷に居座られるのは癪に触るから、クライブと遺跡に行かせようと言う考えだ。
サイの反応は別だった。理由がなんであれ、トゥーンの遺跡に入れると聞いたときから目の輝きが増すばかりだ。と言ってもヒューのような人がいる手前、いつもよりも抑えて喜んでいるのだが。それでももし彼女に尻尾があるなら、まず間違いなくぶんぶんと千切れるくらい振られているだろう。
トゥーン遺跡は調査がとっくの昔に済んでいることとグレンフェルの管轄化に置かれていることで、現在入れる人は極々限られている。滅多に入ることの出来ない遺跡なのだ。キットはエイダだった頃に一・二回入っているが、ジェラルドは勿論、サイですら入ったことはない。その遺跡に入れると聞き、彼女はたまらなく興奮し出していた。
「是非」
短い一言だったが、妙な力が篭っていた。
その様子にクライブはケタケタ笑う。
「サイ先生、すげー嬉しそう」
「調査は全てクライブ様に任せて結構ですので、キット様たちは観光とでも思って遺跡を楽しんでください。トゥーンの遺跡は比較的安全な部類に入る遺跡なので皆様でも大丈夫でしょう。本来ならクライブ様だけで行くところですし」
「大丈夫です。トゥーン遺跡は他の古代遺跡とは異なり、特徴的な遺跡である事は伺っております。文献も読みました。調査済みで定期調査で新たな発見はないとは思いますが、貴重な遺跡の中に入り、それを体感する事は、今後の私の研究にも大いに役立ち、更なる遺跡解明に繋がる事と思い――とどのつまり、是非。是非」
「サイ、落ち着け」
とうとう腰を上げて身を乗り出すサイをジェラルドは押さえた。クライブは面白そうにその様子を見ていた。




