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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
血分け合うも他生の縁
52/61

◆ グレンフェル宝石商

 結局、セオドアとクライブ、そしてニコールも含めたままキットたちは会談を始めた。セオドアは帰ると言ったのだが、古代遺跡調査報告の書簡のことを再び嫌味を込めて言えば苦々しげに着席した。

 またクライブは、


「ばーちゃんがいるんだしいいじゃないか」


 と駄々を捏ね、居座った。ニコールは茶菓子を出したり、部屋の花瓶の花を弄っていた。出ていく気がまるでないようで、またこちらから出て行ってくれとも言い難い雰囲気だった。

 アランがこっそりと目元を抑えて項垂れたのをキットは見逃さなかった。

 キットとサイは目を合わせ、僅かに渋い顔をした。何しろ話しにくい話ばかりなのだから。


「仕方ない、サイ……頼む」

「でも」

「仮にも僕らはグレンフェル家に雇われている身だ」


(仮にも、だと)


 キットのその言葉にセオドアの眉が大きく動いた。眉間に皺が寄った表情を隠さず浮かべ、キットを睨み据えていた。

 サイは溜息を吐き、頷いた。


「わかりました。説明が曖昧にならざるを得ないことをご了承ください」


 前置きにそう告げると、サイは少女の依頼で見つけたオーネの遺跡のことを話し出した。


「簡単に申し上げますと、発見したオーネの遺跡は非常に危険な遺跡に分類すべきで、迅速な対処が必要だと判断しました。追加調査も一切出来ないように封印したく相談に参った次第です」

「危険?」


 セオドアの眉に更に深い皺が寄った。苛立ちは消えたが警戒の強い表情が浮かべられた。


「ええ。順を追ってご説明します。……三ヶ月前、うちにシーリル人の女の子が遺物を持ってやってきました。父親が遺跡探索に行ったまま帰ってこないので探して欲しいと」

「……ええ。その報告は聞きました。遺物を貰ったから調査すると。あれはあのままどうなったのかと気になってました。それが危険な遺跡だったと?」

「そうです。報告遅くなったことを謝罪します。人命もかかっていたので探査と探索を両方一気に行ったんです」

「いえ、それは構わない。ただ気になることが……」

「……探査、探索期間のことでしょうか?」

「そうです、サイ先生ともあろうお方が、三ヶ月もかかったとは信じにくい」


 調子よく進む会話は心地良い。

 キットに対しては、下ろしたての外套についてしまった鳥の糞を見るかのように見ていちいち苛立ちを隠さないが、サイに対してはかなり一目を置いているようで、セオドアは真っ直ぐに彼女を見つめ、真摯に話を聞いていた。

 キットはサイに全て任せ、黙って聞くことにした。余計な口は開かぬ方がいいだろう。


「実際、探査は一日で済みました。幸いオーネ地方の遺跡だったので、場所もすぐに見つかりました。侵入式の解析も、三日で解析完了。それですぐに入れると思っていました」


 サイは一つ大きな溜息を吐いた。未だに苦々しい思いを抱いているのだ。探査から調査までの期間が短いことに彼女は自負を抱いていた。


「ところが、その遺跡は通常の封印のほかに、内側から封印がかかっていたんです」

「内側から……封印?」


 遺跡に関わっているグレンフェルの男たちは皆奇妙なと言いたげに顔を見合わせた。

 古代遺跡はその遺跡の遺物がない限りは、絶対に見つからない。そういう堅固な封印がされている。逆に言えば、遺物があり、またそれから遺跡を探査出来る者さえいれば遺跡は見つかる。見つかればその姿は明かされる。

 しかし、遺跡の封印はそれだけでなく、入り口にも施されている。それは複雑な魔法式で、それを解く鍵を古代遺跡学者たちは『侵入式』と呼んでいる。文字通り、絶対の封印が施された遺跡に無理矢理侵入するための魔法式で、鍵を開けるのではなく鍵を壊すことから侵入式と言われるようになった。基本的には遺跡の侵入式を解析し、その封印さえ解けば入れるようになっている。ごくまれに二つの侵入式が必要な遺跡もあるらしいが、あくまで極稀である。

 また遺跡の封印はすべて外側からされたもので、内側からの封印などというのは前代未聞の鍵であった。


「一体……どんな遺跡だったんですか、サイ先生」


 アランも前のめりにサイに聞いた。興奮気味のアランを前に、サイは冷静だ。何故ならば、そんなに大した話ではないからだ、封印に関しては。


「二重の封印は単純な話です。遺跡に入った人が内側から遺跡をマナの封印を施しただけ。遺跡の内部に入ったのは恐らく、依頼をしてきた少女の父親と彼と共に遺跡に入った友人だけです。そのどちらかが内側から封印したのでしょう。解除が難しかったのは、その封印が無秩序に元々あった封印と絡めてあったせいでした」

「……」


 話が見えない。続きが聞きたい。グレンフェルの男たちは黙って頷いた。


「内部は住居型遺跡ではなく、施設研究所型遺跡でした。地方にはよくある型です」

「ええ、存じてます」

「構造は割と典型的でした。どちらかと言えば小規模だったようにも思えます。まだ探索していない部屋も沢山あったので、なんともいえませんが。特に凶悪な仕掛けもなく、内部もそこまで崩れてはいません。紋障壁もあり、非常に価値の高い遺跡です……」


 サイは先を言い淀み、茶を一口、口に含んだ。


「――非常に価値の高すぎる遺跡だったんです」

「高すぎる?」

「――ドール」


 唐突に発せられる単語。サイがちらりと目を向ければ、グレンフェル家の人間はきょとんとしていた。


「ご存知ですか?」

「え、いや、私は知らないな。セオドア?」

「知りません」

「俺も知らね」


 首を傾げる彼らにサイは僅かにため息を吐き、首を振った。


「それもそうだと思います。ドールというのは、一部の古代遺跡学者しか知ることの出来ない超機密の古代兵器です。我々が探査した遺跡にはそれが大量にありました。そして、それを依頼人の父親の友人が稼動させていた」

「超、機密?」

「古代兵器?」

「なんじゃそりゃ」


 やはり分からないようで、グレンフェル家の男達は首を傾げ続けるが、不穏すぎる単語の連発に徐々に顔が曇っていった。


「ドールの詳しい説明は割愛させていただきます。あまり触れ回っていいものではないので、これ以上の情報は与えられません。ただ非常に危険な『禁忌の兵器』であることだけ念頭においていただければ。それを稼動させて悪用しようとしていたのは先ほど言った通り、依頼人である少女の父親の友人でした。彼はその兵器等を使用し、我々を殺そうとしました。古代の力を独占したかったのかもしれません。だから独断で、と言うよりそれしか方法がなく、彼と古代兵器の一部を処理しました」

「彼と兵器を……しょ、処理はしたって……」


 不穏な言葉がサイの口から沢山出るのでセオドアは狼狽を隠せない様子だった。

 サイは変わらず、淡々と事実を述べた。


「処理は言葉通り、処理です。兵器を一部ではありますが破壊し、その男も撃退しました。キット……彼が消し飛ばしたはずです。多分……」


 とうとう出た驚くべき言葉に、茶や花を弄りながら黙って耳をそばだてていたニコールがびくりと震えた。


「それってまさか殺……」


 セオドアの呟きは最後まで発せられず、言葉を止めた。

 人が人を殺すということ。

 これはこのリーン大陸においては絶対の禁忌で、魂の消滅と同義であった。

 リュープの門。それは女神リーンが、この大陸に住む『リーンの子ら』――すなわち、人間種族、シーリル種族、獣人種族、エンポス種族に与えた制約で、絶対に『リーンの子ら』同士で殺しあってはいけないという物だった。

 もし、いかなる理由であれ人が人を死に至らしめた場合は、殺人を行った者に絶対の裁きが下る。それは「リュープ」と呼ばれる、この大陸のどんな生き物とも違う、思念も肉体も何もないただ地を這うだけのゼリーのような物質になること。その門が開かれるということだった。

 しかし、キット、そしてジェラルドやサイも人の姿をしている。セオドアは眉をひそめた。


「つまり、その男は……リーンの子らではなかったと? 魔物の類だったのか?」

「いえ、恐らくシーリル人です。しかし、遺跡の中にある遺物で精神体……魂だけになって、例の兵器に乗り移っていたので、兵器と彼の魂を消したところでこちらはリュープにならずにすみました」

「精神……体?」


 わけがわからない。眉つばの話しになってきた。セオドアの顰めていた苛立ちが浮かんでくるのを誰もが感じた。アランが助けを求めるようにキットを見た。

 キットは頭を振った。


「目の当たりにした僕らも実際はよくわかってない。でも、確かにそいつは魂だけになって遺物に乗り移って生きていた。そして、僕に乗り移ってきたから、僕が体内のマナでそいつを吹き飛ばして消した。乗り移った分はな」

「乗り移った分……? まるで魂がいくつもあるような言い方ですね」

「恐らく。同時に二つ以上の兵器を操っていた以上、そう考えるべきだと僕らは結論付けた。それにあの男は、自分の魂は永遠だとも言っていた。恐らく死の概念からは遠く、僕らの想像を超えた魂のあり方を手に入れたのだろう。だからまだ遺跡の内部にそいつの魂が残っている可能性があると考えていい」


 吐き捨てるようなキットの言葉と、サイの苦々しい表情。腕を組んで黙ったままだが、ジェラルドの表情も険しかった。アランとセオドアは口を開けたまま黙った。

 飛び交う言葉すべてが彼らのとって理解を超えすぎたものだった。

 見たこともない遺跡。謎の兵器を使い、魂を遺物や人に移すシーリル人。そしてそれに乗り移られて、マナでぶっ飛ばして消した。

 まるで御伽噺だ。古代遺跡が例え未知の技術を有している物とは言え、出てきた話の大半は地上に住む彼らがやったことだと考えると無茶苦茶すぎる。

 そんな表情を浮かべているアランとセオドアにサイとキットは困ったように顔を見合わせた。

 するとそれまで黙っていたジェラルドが、組んでいた腕を解き、口を開いた。


「だから、俺達はその遺跡を再び封印した。サイが見よう見真似で外側から封印を掛けてくれた。どう考えても危険で問題ある遺跡だったからな」

「そ、そうですか」

「それで? ばーちゃんたちは俺達に何を頼みに来たんだ? 封印したんじゃねぇの?」


 ジェラルドと同じく殆ど口を開かなかったクライブも口を鋏んできた。真面目な話しの最中に祖母呼ばわりされたキットは思わず脱力する。


「お前なぁ……まぁいい」


 項垂れるも、彼の質問のおかげでこれ以上お互いわけのわからない説明や理解をしなくて済む。キットはクライブに感謝した。


「封印が不安なんだ。ジェラルドが言った通り、サイが見よう見真似でやった封印なんだ。それで僕らはこのグレンフェルが有している遺跡探索人の中で強力な封印が出来そうな人はいないか探してもらいたくてやってきた。その人物にその遺跡の封印を頼みたい。能力が高く、そして信用できるやつがいい。いないか? 出来るだけ急いで封印したいんだ。あれは絶対人目に触れるべきでない遺跡、今すぐにでも葬り去るべき遺跡だ」

「話が曖昧で、うまく説明できなくて本当にすみません。ですが、私からもお願いします」


 キットとサイが頭を下げれば、


「い……いえ、構いません。それだけ話しづらい遺跡だったのでしょう。わかりました」


 アランは肘を付き、頭を押さえた。そしてふぅぅ……と長く息を吐くとすぐに顔を上げた。先ほどまでの呆けた顔ではなく、引き締まった先代グレンフェル当主の顔つきになっていた。

 隣に座る当主も同じくだった。


「わかったな、セオドア」

「ええ、やるべきことはわかりました。すぐに人を探しましょう。他ならぬサイ先生の依頼です。この様子からするに非常に厄介な物なのは理解出来ます。先生も間違った判断はなさらないでしょう。一名ほど不愉快なやつもいますが」

「セオドア……」

「失礼しました」


 諌めるアランにセオドアはしれっと謝罪し、腰を上げた。


「急いで探してきましょう」

「頼んだ」


 アランに頷き、一礼するとセオドアは背を向けて早足で部屋を出ようとした。元々、キットたちと一緒にいたくないという感情もあってか本当に素早い動作だった。

 キットはその背中に声をかける。


「ありがとう、セオドア」


 キットの声にセオドアの動きが凍りついた。先ほどまでと変わって鈍い動きで彼はキットを向く。表情は非常に苛立たしげだった。


「言っておくが、貴様のためにやるんじゃない。サイ先生や父上、そしてどうにも物騒な話だからするだけだ。感謝されるいわれはない」


(鬱陶しい口を開くな)


 声こそは荒げないし、静かで落ち着いた喋りだが、その声は苛立ちに満ちていた。アランは怒りを抑えて「早く行け」とだけ告げた。その言葉通り、セオドアはさっと立ち去った。


「兄ちゃんは本当に態度悪いなぁ」


 クライブの呆れたような、しかし明るい声が多少その場に光を灯してくれた。

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