◆ グレンフェル宝石商
キットがジェラルドに助けられて起き上がると、やはりそこにはさっきの大男が目を輝かせて立っていた。待てと命令されている犬のようだ。
キットはゲッと言わんばかりに顔を歪めた。
「ク、クライブ……元気そうだ、な」
「ばーちゃんもな!」
嬉しそうにかっかと笑うクライブにキットは押し黙った。
クライブ。クライブ・グレンフェル。アランやセオドアと似たような茶髪のこの大男は、アランの一番下の息子で、セオドアの弟だった。
アランのような穏やかで落ち着いた雰囲気も、セオドアのような鋭利で静かな雰囲気もどちらも似てない、明るすぎて犬のように賑やかな男だ。いや、賑やかすぎる男だ。
年齢ももう三十路近くなるというのに幼かった頃と変わらず落ち着きのない様子で、見る度に父親も長兄に叱り飛ばされていた。今もそうだった。
「クライブ! お前はどうしてそうやって落ち着きがないんだ! それでもグレンフェル家の男子か! 客人に対して体当たりなど! 大体いつも言っているだろう! 廊下は走るなと!」
「えー……体当たりじゃなくて抱きついたんだけどなぁ」
「あれは突進だろう! いい加減にしろ、この馬鹿者! 大体貴様! 今日は私が設けた見合いがあったはずだ! 何故こんなところにいる!」
「声大きいよ兄ちゃん。お見合いなら断ったって、俺そんなのする気ないし。兄ちゃんだって良い歳して結婚してないじゃん」
「馬ッッ鹿もんがァーーッ!」
先ほどまでキットと睨み合いをしていた静かな男が唾を飛ばしながら怒鳴り散らす姿にキットやサイだけでなく、普段何事にも動じないジェラルドまでも口をあんぐり開けてみていた。
ここでアランがセオドアをたしなめそうではあるのだが、アラン自身も怒り心頭なのか、息子と同じようにクライブを叱り付けていた。
「今日の相手は母上が紹介してくださったご令嬢だぞ! 何件、見合いを潰せば気が済む! 貴様自分が一体いくつだと思って行動しているんだ!」
「いいかクライブ! 二度と廊下を走るな! 使用人たちが毎日折角綺麗にしているのにお前が走るだけでまた埃が立つ! いい加減落ち着いた行動をしろ! 確かにお前には遺跡内部探索しか仕事を任せていないが、お前が僕の息子でグレンフェルの家の跡取りの一人であることには変わりないんだからな! いい加減にしろ!」
「あー! あー! うるさいなーもー。今日は何も壊してないし、ばーちゃん来てたから急いで挨拶しにきただけじゃないか。お見合いだって相手の人にはちゃんとごめんよ! って言ってきたさ」
「「馬鹿者ーーッ!」」
キットたち三人は置いてけぼりだ。目を丸くしたままの三人は顔を見合わせた。
「……なんかすごいわね。数年の付き合いあるけど、これ初めてみたわ」
「……俺もだ」
「……アランがこんなに怒るのは、こいつ相手のときだけだが……久々に見ると、なんか……こう。……うん」
呆然としていると、開けっ放しのドアから小柄な中年女性がひょこっと顔を覗かせた。白髪が混ざった茶褐色の髪を柔らかく結い上げた、どことなく若々しい印象を醸し出している淑女だ。
「あら? やっぱり怒られているわね」
「あ。ニコール」
その女性に気付き、キットは声を上げた。
ニコールと呼ばれた中年女性は、彼女が入ってきたことに気付かないグレンフェルの男たちを無視し、キットたちの元へゆっくりと歩いてきた。くるっとした目がキット、サイ、ジェラルドを見つめ、そして穏やかそうに細められると、
「お久しぶりです、お義母様。サイ先生、ジェラルドさん」
優雅に微笑み、ニコールは会釈をした。
お義母様と呼ばれ、キットはむず痒そうに頭を掻いた。
ニコールはアランの妻、つまりエイダ――キットとは嫁姑の関係にある女性だ。エイダが一方的に無関心だった時期でさえも献身的に看病をしてくれた心優しい嫁だった。 今もこうして、キットが来ると夫であるアランと共に出迎えて持て成してくれる。その調子にキットは困惑する。よくまぁ得体も知れぬ男をお義母様と呼べるものだ、と。アランに母呼ばわりされるよりも断然落ち着かない。
気を取り直して、キットはニコールに笑みを向けた。
「ニコールさんも久しぶり。相変わらず華やかで美しいままだ」
「やめてくださいよ、お義母さん。なんか似合わない」
キットの努力もむなしく、ニコールはカラカラと笑い、キットを一蹴した。キットもがっくり肩を落とす。
「わかっているわ……じゃない、わかってるさ」
喋り方までおかしくなってきたようだ。普段のキットならありえない喋り方だ。昔から周囲に流されないおっとりとした雰囲気の持ち主で、今もそのままだった。見ての通り、エイダのときとキットのときでちっとも態度が変わらない。息子のアランでさえも接し方に戸惑っていたというのに。
間違いなく、クライブはニコールの気質を受け継ぎ、更に明るい性格を何倍も濃くした性格を持っていた。
サイとジェラルドとも挨拶を終えると、ニコールは口論を続けている家族たちに「ほらほら、あなたたち」と、おっとりとした声を上げた。
男たちは揃ってハッとした。
「ニコール……」
「あれ? かーちゃん」
「母上……いつの間に」
呆然と母の顔を見て、ようやくして部屋の扉が開けっ放しだったことに気付いたセオドアは慌てて扉を閉めた。今更閉めたところで意味はないだろうが。
アランも慌てて繕って咳をすると、キットたちの方が気まずげに見た。
「す、すみません」
(元母とは言え、仮にも客人の前で……なんてことを……)
「あ、いいさ別に」
元息子の頬が年甲斐なく、子供の頃のように真っ赤に染まっているのを見て、キットは首をぶんぶん振った。
するとクライブもうんうんと頷いた。
「そうそう、別にいいじゃん。家族だけなんだし」
「貴様は黙っていろ!」
折角繕ったというのに、能天気な弟の言葉に怒鳴り声を返すセオドアに、
(あれが地なのよね、きっと)
それを面白がるサイの声が聞こえてきた。キットは笑いを堪えるのに必死になった。
少年時代のセオドアは、エイダの前とは言わず何処でも大人しく礼儀正しい子だった。しかし、実はそれはグレンフェル家長男という圧力故に縮こまっていただけで、兄妹たちといるときは不器用ながらも明るく笑ったり歳相応の雰囲気を出していた。そして、クライブ相手ではそれが顕著に出ていた。
末っ子の初めて出来た同性の兄弟が心配だったのか、彼はクライブから目を離すことが出来ずにいた。しかし相手をするとなると十も歳が離れていようがセオドアの方が振り回され、体力を奪われる。
しかし、セオドアは長兄としての責務を負って彼には全力でぶつかって叱ったりしていた。身体が弱くても、全力でやりあい、それで振り回されボロボロになって半べそさえかくこともあった。
クライブ。彼が来てから、アランもセオドアも皆本当の姿を嫌でも出さずにいられなくなった。燦々と熱く照りつけて旅人の服を脱がす太陽のような青年。いや、照りつけるだけの太陽だけではない。彼は熱風だ。強い熱を発しながら着膨れしている旅人の服を容赦なく吹き飛ばす、無茶苦茶な熱風。小さい頃から皆が手を焼いた、竜巻みたいに無茶苦茶な孫。
楽しそうに笑うクライブに、キットは嬉しさを含んだ苦笑をした。
明けましておめでとうございます。
更新したつもりでした。すみません。




