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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
血分け合うも他生の縁
50/61

◆ グレンフェル宝石商

 先ほどアランの後ろに控えていた執事と、糊のきいた長い白衣を着た茶髪の男性が入ってきた。

 アランの息子、セオドアだ。

 父親のような重厚な体躯はないが、背は高く、どことなく鋭利な雰囲気を持っている男性だった。後ろに撫でつけた髪や皺を寄せた眉間も、その雰囲気を増長させていた。

 冷たい目が部屋を見渡し、キットを視界に入れると一瞬不愉快そうに顔を歪め、さっと戻した。

 アランが執事に目配せをし、部屋から出させた。そして扉が閉まったことを確認し、息子を睨む。


「挨拶もなしか」

「父上、挨拶ならば今朝しましたが」

「私じゃない。客人にだ」

「これは失礼しました。ようこそ、グレンフェル宝石商へ、専属遺跡探索人のキット殿、ジェラルド殿、サイ先生」


 慇懃無礼な態度で頭を下げるセオドアにアランは拳を固めた。しかし、キットたちの手前、声を荒げて怒るわけにも、また殴るわけにも行かず、こみ上げてきたものを理性でグッと堪えた様子で質問をした。


「彼、キットさんからの手紙が来ていたはずだが?」

「はて? 知りません」


 しらっと返す様子は、手紙の有無を心配する様子もなく、知っていても知らなくても同じ返答を返すつもりだったのがよくわかる返答だった。

 キットは『耳』を澄ませた。


(ふん。捨てたに決まっているだろう)


 やはり、セオドアからはそういう声が聞こえた。途中で郵便配達人が襲われたわけでも、紛失してしまったわけでもないことが分かり、ホッとする。自分たちが歓迎されないことは不快感が残るだけで終わるが、もし途中で何かあった場合にはそれだけでは終わらない。

 ――が、勿論、捨てたことを不問にするほどキットも優しくはなかった。

 キットは席を立ち、セオドアに身体を向けた。


「僕は確かに送った。郵便配達人が襲われたという話も聞かない。しかし、お前は手紙を知らないという。グレンフェルの情報管理が行き届いていないんじゃないのか?」

「なんだと?」


 キットの言葉にセオドアが不快そうに眉を寄せた。


「そちらの手違いかも知れないのに、どうして我がグレンフェル家が愚弄されなければならないのですかな? キット殿」

「わからないか? こちらの落ち度は特に思い浮かばない。宛名も確認して出した。こちらは見落としした記憶がない以上、あとは郵便配達人が捨てたか、ここで重要な書類が消えたかのどっちかなわけだ。何なら郵便配達人と預けた日付とか、そういうの全部調べてくれて構わない」


 キットは大仰に肩をすくめ、皮肉っぽく口を歪めた。セオドアは不快感を隠さずにキットとにらみ合った。


(不愉快なやつめ、不愉快だ。何様だ。私は認めない。お前はただの孤児で、寄生野郎だ。エイダばあ様だとしても私は彼女みたいな女は大嫌いだ。どのみち不愉快だ。不愉快だ。不快だ。何故来た)


 流れてくるセオドアの心の声にキットは心中で呻いた。セオドアにそう思われても仕方ないところはある。

 セオドアが幼い頃の自分、つまりエイダは、彼にとっては酷い祖母だったはずだ。ちょうどその頃のエイダは、窓の外と天井しかみない寝たきりの病人。身体の調子が悪いのではなく、精神的に病んだみすぼらしい女だった。孫であるセオドアが来ようが、息子夫婦が来ようが何の反応も示さず、過去に囚われ、存在さえも忘れていた。

 正気に返ってからも、セオドアはエイダには強張った顔しか見せなかった。今まで無視し続けた分、どんなに優しくしようが上目遣いで睨むように自分を見て、避けられていたことを覚えている。

 その上、生まれ変わりましたと言って堂々とこの屋敷に上がりこんだり、仕事貰ったり、あまつさえ父親から――支援金のすべてはエイダが生前に自分用に貯めて置いた金なのだが――支援されている時点で、セオドアからすればキットは寄生虫となんら変わりないだろう。

 気持ちはわかる。

 しかし、必要な郵便を捨てることは許されない。キットは自分に言い聞かせ、セオドアを睨み続けた。

 キットの目は普段は穏やかそうだが、その目に力が篭ると一切の穏やかさが消え、肉食獣のようになる。眼光鋭く睨みつけると、セオドアは圧されて小さく呻いた。


「もう一度聞こうか。手紙を知らないか?」

「……知りませんね。申し訳ない、キット殿。あとで調べておきましょう」


(捨てた、が言わぬ。ふざけるな)


 セオドアも負けじと睨みすえ、音声と心の声でバラバラの言葉を発した。キットはため息をつく。

 どうやら嘘を突き通すらしい。キットが人の心を読めてしまうことを忘れたのか、それとも知らなかったのか。

 黙ってみていたアランも大体わかった――キットが心を読んで、事実関係を知ったであろうことまで雰囲気で把握した――ようで、渋い顔でセオドアを見ていた。


「じゃあ、そうしてもらうと助かるよ」


 キットは仕方なく折れ、先にセオドアから目を離した。セオドアの肩の力が抜ける瞬間が視界の端に入った。


(……エイダばあ様の雰囲気と……同じだ……くそ……)


 キットは目を閉じて心の耳を遮断することに集中した。これ以上聞くのは精神衛生上良くなかった。

 問答が終わっても、部屋の緊張感は拭えない。嫌な沈黙が部屋を支配している。

 誰もがそう思っている最中、場にそぐわない足音が聞こえてきた。あの廊下を音を抑える気のない走り方で走る音。騒々しい音だ。アランとセオドアは顔を見合わせ、眉を寄せた。

 足音が部屋の前で止まる。

 ノックが来るか――と思ったら、ばんっと扉が勢いよく開いた。

 扉を蹴破るような勢いで駆け込んできたのは、大柄な茶髪の青年だった。

 長身で筋肉質。着ている礼服が全く似合っていない男で、アラン以上の偉丈夫でいかつく強面なのだが、犬のような雰囲気が全身から漂っていて、今も待てと命令されている犬みたいに目を輝かせて部屋にいる面子を見渡していた。

 そして、キットを見つけると、入ってきたときと同じ勢いで飛びついてきた。


「おっばーーーーちゃーーーーん!」

「う、うわぁぁああぁああ!」


 キットは悲鳴を上げた。何匹もの大型犬に飛びつかれそうになったように身を翻し逃げた……が、勢いに負けて倒れてしまった。


「「こら! やめんか! クライブ!!」」


 アランとセオドアが大声で怒鳴った。

 クライブと呼ばれた大男は、でへへと頭を掻き笑った。

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