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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
血分け合うも他生の縁
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◆ 旅立ち

 通された部屋に入り、仲間以外の目がなくなると、キットは部屋に入ってすぐのベッドに腰掛け、ため息をついた。暗い表情を隠せない。髪を掻き、せめて顔が隠れるようにと俯く。


「心配しすぎだ」

「わかっている」


 ジェラルドの言葉に、キットは投げやりに言葉を返す。

 サイは呆れた表情を浮かばせ、それでもキットの横に腰掛けて顔を覗き込んだ。


「じゃあ何を落ち込んでいるのよ」

「今更、あいつがどんなに逃げたかったか気付いて……」


 懺悔室で告白をしたような声でキットは呟く。

 サイとジェラルドは黙ったまま天井を見上げた。言葉も出ない。キットには見えないが、サイとジェラルドには同様の雰囲気――呆れが色濃く伺えた。


((そんな落ち込むことじゃないだろう。どれだけ乙女思考なんだ))


「う、うるさい! そろって同じこと思いやがって! 僕には聞こえているんだ!」


 聞こえてきた声にキットは顔を上げて二人を交互に睨んだ。


「「ああ、そう」」


 ジェラルドとサイは目を合わせる。同じこと考えたって仕方ないだろうと言いたげな表情を見せ合った。

 同じような呆れを示す二人に、キットは悔しげにベッドを叩いた。


「わかってるさ! 僕が考えすぎで、レシィも心配ないし、あいつが逃げたかったなら逃げればいいんだ! でも僕は心配だから自分の旅のついでに追いかけるだけさ! あの馬鹿娘が忘れていったもの届けたいだけだ!」


 そう言ってキットは自分の服の胸元を掴んだ。彼が首から提げているチェーンに小さな指輪が通い、服の下に隠れている。

 レシィの忘れ物だった。


「ああ、そうさ。僕の悪い癖さ。大丈夫だ、あいつがお前らほど強くなくても、弱くないことくらい知っているさ。全然心配していない! 心配なんてするもんか!」

「そこまで言わなくてもいいんじゃないかしら」


 サイは苦笑し、ベッドから立ち上がった。窓際のベッドに移動し、さっと軽鎧を脱ぎ寝転がる。


「食事来たら教えてね。ちょっと寝るわ、私」

「ああ」

「あ、おやすみ」


 寝ると宣言され、キットも物音を立てないように上着を脱ぎ、静かにまたベッドに腰を沈めた。

 ジェラルドはすぐには落ち着けない。その身を包む重い鎧を出来るだけ音を立てないようにゆっくり脱いでいた。

 背を向けて鎧の留め金を外していくその様子をキットは見つめた。見慣れている背中だが、それは当たり前だが獣のようで、鎧の金具とかに毛挟まったりしないのかななど下らないことをぼんやり考える。

 すると、ジェラルドが唐突にキットの方を向いた。


「お前は色々気にしすぎだ。自分の罪だ、生きるのが苦痛だ、もう死にたい、仲間を庇えて死ねるなら本望だ、レシィは弱いから心配だ……レシィの方がよっぽど逞しい。言っとくが、この旅はお前の旅だから俺達はついてきたんだ。お前が未だに言いたくても言えないことを吐かせるためにな。それが終わってから他のこと考えろ、いいな」


 ジェラルドは早口にそれだけ言い、また背中を向けた。

 饒舌でないジェラルドがそんなことを言うのは珍しい、貴重なことだ。キットは呆けた。

 普段見られないジェラルドの姿は、旅のせいなのか、自分のせいなのか。それでも何かに許された感覚を得て、キットは安堵した。

 キットは座っていたベッドに寝転がり、天井を見つめた。天井のシミが自分の屋敷の戸棚のシミに似ている気がし、キットはそこに邪魔なものを投げ入れるイメージを描き、目を閉じた。



 翌日、峠の宿を出て、キットたちは峠を下っていった。

 しばらくすると後ろから声がかかった。メリーが馬に乗って追いかけてきたのだ。キットは馬車を止めた。

 重そうな身体で意外にも軽やかに馬から下り、メリーは馬車に駆け寄った。腕には包みが抱えられていた。


「ああ、追いつけたよかったわ」

「どうしたんだい? メリーさん」


 何か忘れ物でもしただろうか。御者台にいたジェラルドとキットは顔を見合わせた。幌の中にいるサイを見るが、心当たりないようで彼女も首を振る。理由もわからず、とりあえずキットも御者台から降りた。


「いえね、昨日は……悪いことしちゃったから、お詫びにね……」


 メリーは笑い、抱えていた包みをキットに手渡した。


「軽食。ちょっと作っといたよ。保存食じゃないから、早めに食べてちょうだいね。それとこの前来た行商人の人からね、良い固形燃料貰っちゃったから、それもいくつか分けたげるよ」

「え!」

「ああ、いいのよ! 気にしないでもらっちゃってちょうだい!」


 有無言わさない勢いで、メリーはキットに包みを押し付けた。そして流れる動作でキットをぎゅっと抱きしめ、背中を強く叩いた。


「元気でね、怪我とかしないようにね、キットさん」


(女神様、どうかこの子に心の平穏を……)


 抱きしめられた際に流れ込んできたメリーの『声』にキットの心臓が跳ねた。鼓動が高鳴る。心の鼻が、何かを感じとった気がしてキットは目を丸くした。

 身体は割とすぐに放され、メリーはいつもの元気ある動作で馬に跨り、手を振って宿の方に戻っていった。

 馬に揺れるメリーの背中が上り、下り、峠の勾配にその姿を隠して行った。

 それをぼんやり見送り、キットは御者台に戻った。包みを中に入るサイに渡す。

 ジェラルドがいまだぼんやりしたままのキットの肩を叩いた。


「どうした?」

「あ、いや」


 キットは言いよどみ、黙ったまま馬車を走らせた。

 しばらく峠の道を走らせ、そしてふっと声を上げた。


「今更気付いた……親父だ」

「ん?」

「メリーさん。僕の『二回目の生』のとき、僕の親父だったんだ。今更気付いた。強い感情はそのせいもあるんだ」


 淡々と、それでいてぼんやりとした声でキットはそう呟く。その目は遥か遠くを見ていた。


「変なのな。今まで全然気付かなかった。別に特にだからって親父が好きだとか思ってもないし。親父も僕のこと気味悪がってたし。メリーさんはメリーさんだけど、こうやってまたよくわからんところで再会して……」

「……」

「今まで全然気付かないでメリーさんの好意を受けてたけど……そう考えると、少し良いなって思ったんだ。いや、どちらかと言うと、悪くないな、かな」

「そうか」


 何度生まれ変わっても前世の記憶を持っている。

 キットには人にあまり言えない特殊な能力が備わっている。その二つめとして彼にはそういう特徴があった。

 獣人の戦士ジェラルド、古代遺跡学者で癒術師のサイ、前世の記憶を持ち他者の心の声が聞こえるキット。

 三人は前世から縁のある者たちだった。


 彼らはまもなくハーレフ山脈を越えようとしていた。

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