◆まよい少女
「えっと、それで……どうしたのかしら、レシィさん。なにか用事があって私のところに来たのよね?」
ぎこちない話の始め方で、サイは微笑みを浮かべてレシィを見た。先ほどまで口数の多かったキットも今は静かに座っていた。ジェラルドも同じように腕を組み、サイとレシィを眺めていた。
レシィは緊張を解くように息を吐くと、腰にくくりつけた袋にそっと手を触れた。何か硬いものが入っている袋だった。
レシィは口を開いた。
「父を、探して欲しいんです」
「え?」
サイは目を瞬かせた。ジェラルドの眉がぴくりと動く。キットは――黙って聞いていた。
唐突な依頼にどうしたものか。サイは同居人二人を見る。しかし、彼らは揃って無反応を返した。仕方なく、サイは困ったようにレシィに笑いかけた。
「レシィさん、えっと私は探偵さんとかじゃなくて、一応こうみえても学者さんで……。あ、嬉しいのよ? 探偵さんなんて賢そうな人に見えたっていうのは、でも探偵さんじゃなくて――」
「知っています。探偵だなんて思っていません。学者であるサイ先生に依頼しているんです」
レシィは、サイよりも遥かに落ち着いて話を進めていた。
ただの迷い子ではない。察したサイも落ち着きを取り戻しつつあった。浮かべていた愛想笑いも消え、口元が引き締まる。
それが本来のサイ・フリートだった。
「――ということは、多少なりとも『古代遺跡』に関するということかしら?」
サイはテーブルの上で手を組んだ。目はどことなく爛々としている。
レシィは頷き、腰に下げていた袋を取り外し、テーブルの上においた。
「そうです。あなたが『古代遺跡学者』のサイ先生だから、私はここまで来たんです」
そういってレシィは袋から手を離した。中に何が入っているかは見えないが、ここにいる大人たちはその中身を想像することが出来た。今まで黙って静かに聴いているだけだったキットとジェラルドは、僅かながらに身を乗り出しその袋に注意を向けた。サイだけはそれを一瞥しただけで、またレシィに向き合った。
「これは?」
「多分、想像つくと思いますが、それは恐らくまだ未発見の古代遺跡の遺物の……一部です。父はそう言っていました」
未発見という言葉にサイの目が輝いたが、彼女はぐっとそれを堪え、話を促した。
「……それで?」
「父は遺跡探索人です。シーリル人で、野良ですが」
外野に徹していたキットとジェラルドが感嘆を漏らした。
「そりゃ、すごいな。シーリル人なのに、遺跡に野良で入っていくだって?」
「さぞ秀でたシーリルなんだろうな」
遺跡探索人とは、この大陸に残された遺物から探査能力で、大陸地下などに封印されている遺跡を発見し、探索することを生業としている人たちのことであった。
学都やその他機関に遺跡探索人として登録し、サイのような学者などに付いて仕事をする者もいれば、個人で遺物から遺跡を発見し、遺跡と遺跡内から発見したもっと質の高い遺物を学都などに売りつける者たちもいる。そう言った自由な探索人たちは揶揄もこめ、『野良』と呼ばれていた。
ただ野良として遺跡探索人をやっていくには、遺跡探査能力と、遺跡へ入るための侵入式の解析能力――主に学者たちがこれを行う――、そして、魔物が巣くう遺跡の中での戦闘が出来なければならない。その為、野良でやっていける者は滅多にいない。大抵が、探索人と学者と雇われ冒険家のチームになって遺跡を見つけるのだ。遺跡の探査や解析に関してはシーリル人が得意とすることが多いが、遺跡の探索も自分でやっているというのならば、それを体力的に劣っているシーリル人ではかなり珍しいことだった。
もちろんいないことはないだろう。
サイもまた、人間でありながら高感度の探査能力と侵入式発見能力、そして戦闘――特に治癒術を使うことに長けている優秀な学者であった。
レシィは俯いた。
「半年前、この遺物の一部を持って遺跡探索に友人と二人で乗り出しました。まだ誰にも見つかってない遺跡だって言っていた。二人だけで行った理由は、どうしても一山あてたかったからだと思います。出て行った前日に……そういう感じのこと言っていた」
レシィの表情には、まざまざと悔やみが浮かんでいた。彼女は、父が出て行った前日のことを思い出した。帰ってきたら、里から出て都会で暮らそうと言っていた。それならレシィを幸せにしてやれると言っていた。
(でも私には関係ないって、あのときの私は思ったの。だから、本当に無関心だった)
軽く被りをふり、レシィはまたサイと向き合った。
「でも一向に帰ってきません。いつもだったら半月で一旦は帰ってくるのに、三ヶ月も帰ってこなかった。便りもなにもない。一緒に言った父の友人も帰ってきてないそうでした」
「それで? あなたがお父様を探しにここまで来たというのね?」
「そうです。私には遺跡の探査能力はないんです。父と違って。父から教わってもないです。だからまず、学都で調べました。それらしい遺跡が発見されてないかとか。でもここ半年で発見された報告も、売り手にも父の名前はなくて。それで父がよく話していた、サイ先生を探すことにしたんです」
レシィの言葉にサイは目を見開いた。
「え、あなたのお父様って私の知り合いなのかしら?」
レシィは頭を振った。
「いえ、多分知らないと思う。私が父から聞いたことあって覚えていた学者さんがサイ先生だけだったんです。父はサイ先生の発見した遺跡や遺物、論文に興味を持っていて……よく話していたんです」
「そうなのね。一応お名前を聞かせて?」
「……父は、ランドルフ・レーンといいます」
ランドルフ・レーン。サイはその名前を心の中で呟いた。名前を聞いて顔は思い出せなかった。つまり本当に知り合いではない。ただ、遺跡発掘者の名簿の中には確かに何度か見た名前であった。
恐らく、シーリル人の野良探索人ということである程度有名なのだろう。
「名前だけは、名簿とかで見たことあるわ。もしかしたらもっと詳しく知っている人いると思うけど。少なくとも、私は顔は全く知らないわ」
「でも、先生に探してもらいたいんです! だって先生が一番優秀なんでしょう? 父を探さなくてもいいです。せめて父の入った遺跡の探査と侵入式の発見だけでも」
そういってレシィはテーブルに置いた袋をすっとサイの前まで押した。彼女の行動の意図は、大人たちにはすぐわかった。
「その代わり、これを先生に差し上げます。この半年間、誰も大した遺跡が発掘出来てないことは、学都で調べてわかっているの。だから、それを差し上げます。先生の業績に加えていいです。その代わり、その遺物の遺跡探査と侵入式を――」
レシィは深く頭を下げた。
「お願いします!」
少女が出すには、あまりにも苦しそうな声でレシィは懇願した。