◆亡霊たちの舞台
集るマナ。マナは一瞬で風の魔法へと姿を変えた。強い突風がジェラルドとドールの間に置き、両者は吹っ飛ばされた。
ジェラルドはバランスを崩すことなく器用に着地し、体勢を整えた。ドールは幾分無様な格好で体勢を戻した。キットはそれを見てやや渋い顔を見せた。
「あのドールに、人間かシーリル人の魂だか何だかが入っているなら、ジェラルドだけじゃきつい。一番、マナや魔法に対して無防備だ」
ジェラルドが再び斧を構え、ドールに向かって駆けた。
ドールは笑みを浮かべて手を突き出した。距離さえ取れれば、魔法使いは断然戦いやすくなるのだ。ドールの手にマナが収束していった。今度は火の魔法だった。ドールの手に集っていたマナが大きな火球へと変化していく。
キットの銃にもマナが溜まり、魔法となっていた。それがジェラルドに守りを授ける魔法であることがレシィにはわかった。しかし、彼は撃たなかった。
「かと言って、僕はもう何発も魔法を使える気がしない。これを撃ったら、せいぜいあと一発程度だろうな。それ以上撃ったら、僕がぶっ倒れる。もう限界だ」
すぐに撃たない理由は、そこだったようだ。確かにキットの顔色は悪かった。それもそうだろう。先ほどの戦いで彼は大分魔法を使いすぎていた。レシィは不安を覚えた。サイを見る。
「サイ先生は? 魔法は……」
「私は魔法らしい魔法は使えないわ。せいぜい肉弾戦で多少相手の気を引くくらいね」
戦う意志を見せるがサイの顔色も冴えなかった。
「サイ、お前は無理するな。お前が倒れたら、傷を癒すことが出来なくなるんだ」
労わる様にサイに優しい声を掛け、キットはふっと表情を変えた。皮肉と苦笑が交じり合った笑みが浮かぶ。
「こりゃ本格的にレシィ、お前に頼る羽目になるかもな」
レシィは生唾を飲んだ。
ジェラルドに火球が飛ばされる。炎は人が走る程度の速度で彼に向かっていった。大きな火球だ。この速度ならば避けることはそこまで難しくないが、大きく横に避けるしかないだろう。
しかし、ジェラルドもまた止まることも速度を緩めることもせずにドールに向かい、駆け続けた。
火球とぶつかる。そのぎりぎりまでジェラルドは前進していくと、彼の足にグッと力が篭った。
次の瞬間には彼は跳躍し、炎を飛び越えてドールに接近した。一気に距離を縮める。ものすごい脚力だった。これにはドールも驚愕したようだが、すぐさま次の魔法を唱えていた。火球が壁にぶつかり、掻き消えた。
「あの調子なら、すぐに終わるかも知れないな」
今対峙しているドールの動きは、あの広間で戦った単調な動きのドールよりは細かく動くものの、ぎこちなかった。ジェラルドの動きの方が大分早い。魔法を構成させる余裕さえなくせば、その身体を力技で壊せることは既に知っている。分は十分にある。
それでも、キットも魔法の準備をやめることはなかった。言葉とは裏腹に、まだ気は抜けないということなのだろう。
レシィはドールを見詰めたまま、硬い声を出した。
「私は何をすればいいの?」
「……まだ何もしなくていいさ。まだお前に頼るには早すぎる」
再び跳躍したジェラルドから強い一撃が振り下ろされた。ドールの右腕がそれを受け止める。今度は硬く鈍い嫌な音がした。攻撃を受け止めたドールの右腕にヒビが入っていた。
「く、くそォ」
ドールから大陸公用語の俗語が漏れた。サイ以外の三人は、鈍い音よりもその言葉に驚きを隠せなかった。
すかさずドールは左腕をジェラルドの腹部に当てた。
僅かに油断したのかもしれない。ジェラルドの反応が遅れた。
キットは慌てて魔法をジェラルドに撃った。守りの魔法だった。
「死ねィ!」
ドールの左腕に溜まっていたマナが再び火球へと姿を変えた。
密接した状態で放たれた魔法はすぐにジェラルドを襲った。彼の身体を確実に焼き払うであろう火力だった。
炎がその巨体を取り囲む寸でで、キットの魔法がジェラルドに届く。魔法が火球を掻き消した。それでも身体を少し焼かれたのか、ジェラルドは苦しげに唸って距離を取った。
「間……一髪……」
キットは大きく息をついた。それを聞いてレシィは自分も息を止めていたことに気付いた。同じように息を吐き、胸を撫でおろす。
なんと恐ろしい攻撃なのだろう。
普通なら防御の準備もなくあの至近距離で強い魔法は撃たない。自分にも被害が被るからだ。しかし、ドールは躊躇なくやった。その人外の身体で自身の魔法を耐えられる自信があったからだろう。
(こうやって短剣を構えているだけだけど……もし私が何かしなくちゃならなくなったとき、一体この相手に対して何が出来るのだろう)
同じように捨て身の攻撃をレシィがやられていて、もしその時キットが倒れていたら確実にこの小さな身体を焼かれているだろう。果たしてそれはサイの癒術で治しきれるものなのだろうか。レシィは恐ろしくなった。
キットが魔法を撃てて、あと一発。二発撃てば倒れてしまうと言っていた。すでに息の荒くなって憔悴している彼を見たら、もう少し頑張ってくれとは言えなかった。
ドールは損傷した右腕を確かめるように触り、苛立たしげに舌打ちをした。ぎろりと宝石のような瞳がレシィたちの方を向いた。正しくは、キットを睨んでいた。ジェラルドを仕留めそこなったことも相当苛立っているのだろう。
「どっちを見ている」
ジェラルドはいつまでも驚いているような男ではなかった。再び斧を振りかざし、ドールに向かって走っていた。
ドールの眉がぴくりと動いた。
まだ守りの魔法はジェラルドの身体を守っている。キットが作った守りの魔法を壊すほどの魔力をぶつけないかぎりは、暫くは魔法もあまり通じないだろう。ドールは後ろに跳ね、後退した。距離を測りながら、マナを蓄えて魔法に変えていく。魔法を練り上げる速度は異様なほど速かった。今度こそ仕留めようとしているのが、その力から計り知れた。
対するジェラルドはドールとの距離を半分詰めたところで、床を蹴り、一気に速度を上げた。勢いのよい突進だった。巨体が風を切るようにドールに向かっていった。距離が一気に縮まる。
ドールの目が見開かれた。予想を上回る速度にマナを溜めきらず、それはすぐさま魔法を放った。
放たれた風の魔法――突風を巻き起こす魔法だった――は、守りの魔法と突進の威力に圧され、霧散した。
迫る巨体。斧も振りかざされている。ドールの損傷した右腕ではもう受け止めきれないだろう。ドールは身体を横に倒して転がって避けた。
避けられたものの、ジェラルドがこの好機を見過ごすわけがなかった。体勢を立て直す暇も与えず、猛攻を加える。ドールはそれを無様に転がって避けるしか出来なかった。時期にこの追いかけっこは終わるだろうと予想が出来た。
ドールは部屋の真ん中辺りまで転がされた。腰を抜かしたように後ろ手をついて座り込むドールに、ジェラルドの斧が振り下ろされた。ドールがどう転がろうが、ジェラルドはそこに斧を突き立てるだろう。
ところがドールは転がりはしなかった。
ドールは足を伸ばし、ジェラルドの脛を蹴った。小突く程度の蹴りに、ジェラルドはびくともしないはずだった。
しかし、その足に風の魔法がかけられていた。
今までのに比べて威力が弱いが、突風が起きてドールの身体を後ろに飛ばした。見事に逃げて距離を取ったのだ。
「今だ!」
ドールが跳びながら叫んだ。
次の瞬間。
「ジェラルド! 避けろ!」
キットも叫んだ。
同時に天井から音が鳴る。重たい物が空を切って落ちてくる音だ。キットの鋭い声に被さる。ジェラルドは上を見ずに、大きく後ろに飛び退いた。
間もなく、ジェラルドのいた場所を押しつぶすようにそれは舞い降りてきた。響く轟音。粉塵が立つ。
音の消失と共に、砂煙の中でそれは姿を現した。
「な、なによ、これ……」
呟くレシィだけでなく、キットもサイもあんぐり口を開けて、降って来たそれを見上げた。
――巨人がいた。




