◆亡霊たちの舞台
サイがいた小部屋の『扉』はしっかり開いていた。本来ならば作動するためのマナの源がなければ閉まるはずのそれは、扉の隙間に彼女が置いていったであろう瓦礫の山――ジェラルドがほいと転がした宝玉もあった――で完全に閉まるのを止めており、幸い空間も繋がっていた。
すぐさまジェラルドが闘気を練り上げ破壊し、その先、繋がっていた部屋へ行くと、そこはやはり昨晩休憩を取った部屋だった。
しかし、部屋の様子はかなり珍妙だった。全ての壁が開かれた状態で扉に変わって、どこかと繋がっていたのだ。
天井のみが浮く部屋をぐるりと見渡し、一体どの扉へ、と迷ったのも一瞬。すぐにわかった。
これまた扉の前にサイが荷物を置いてあったのだ。見当たらないのは彼女の武器くらいだった。この先で間違いなさそうである。
その扉を駆け抜け、声がする扉を開ければ、そこには人に首を絞められているサイがいた。
「先生!」
レシィは息を飲んだ。
その横でキットが素早く銃を構えて、即座にマナを一発放った。威力はさほどない。サイを持ち上げる腕に当たっても掻き消えてしまった程だ。しかし、不意打ちには十分だったようだ。
「……なっ!」
驚き振り向く人――いや、ドールだ。人のようで人ではない。似たり寄ったりで整いすぎる薄気味悪いその顔がレシィたちを捕らえて、苛立たしげに歪んだ。
サイがドールを嗤った。
「慎重が……聞いて呆れるじゃない」
ジェラルドがすかさず斧を大きく振りかぶり、ドールに斬りかかった。ドールはサイから手を離して、その重たい攻撃を腕で受け止める。それを弾くと、続けざまに繰り出されるジェラルドからの猛攻に、ドールは跳んで退けた。
キットとレシィは落とされたサイの元へ駆け寄った。殴られ続けたのだろう。肌が見える腕は勿論、顔も腫れ上がり、口には血や吐瀉物がついていた。
酷い姿だ。レシィは立ちすくんでしまった。
(こんなになるまで一人で戦っていたなんて……)
レシィの後ろから腕が伸びた。キットだ。その目は焦りと沈痛を湛えてサイを捉えていた。
「サイ! 何故逃げなかった!」
悲痛な声を上げて抱き起こすキットに、サイは目を僅かに見開いて固まった。その目は悲しみを語っていた。
キットは狼狽えていた。サイから目は離さなかったものの、支える腕は震え、口を開いたまま、彼もまた止まってしまった。
先に動いたのはサイだった。彼女はふっと苦笑を漏らした。
「……馬鹿ね。本当に、馬鹿だわ。どうして逃げるなんて……」
小さく、ぽつりと呟かれる。
その呟きにキットはとうとう顔を伏せた。
サイは首を振った。
「いいの。全員無事だったみたいだから」
サイはキットを労わるように微笑んだ。
どちらが怪我をしたのか、まるでわからない。レシィはそう思った。
硬い音が部屋に響く。ジェラルドはドールと戦っているのだ。いつまでもゆっくりしているわけにはいかない。
サイは自らに癒術を、レシィはその横に付き、キットは二人を庇うように前に立ち、銃を構えた。
レシィも父の短剣を抜いて構える。片腕で抱いているリュープを離そうかとも思ったが、父である可能性が高い以上、離したくはなかった。恐らく、まともに戦えはしないだろう。
(でも、何もしない、出来ないは、もう嫌!)
サイは傷を負っている。癒術を使い続けているが酷く憔悴していた。キットも先ほどの戦闘でマナを使い続けすぎて疲弊していた。今元気が有り余っているのは自分なのだ。
レシィは慣れない短剣をぎゅっと握り締めた。キットと目が合う。咎められるかと思ったが、何も言われなかった。レシィはホッとした。ほんの少し前へ出て、キットと並んだ。
「ジェラルド、気をつけろよ! さっきみたいな罠がないとも限らないぜ!」
「わかっている」
戦斧が唸り、ドールを襲う。息もつかせぬ連撃にドールは離れることも出来ずに、顔を顰めていた。
「大丈夫よ。私が大体動き回って確かめたわ。罠はないわ。新たに作られる隙を作らなければね」
サイの言葉にドールは忌々しげに舌打ちもする。
レシィは違和感を覚えた。
(どう見てもドールなのに……なんか、人みたい……)
今までのドールとは雰囲気がまるで違う。自由に動いているようだった。仮に今ここで、レシィがあのドールに石を投げても、ドールは標的を変えずにジェラルドの相手をしているだろう。今までとは全く違う。美しすぎる顔の造形は変わらないが、表情があるせいか、更に人らしさを醸し出していた。身体も今までのよりも人に近い――少なくとも、形は完璧な人で、肌の色も少し薄いが人のようだ。そんな気がした。レシィは緑色の髪を持つそれを観察し、不安の声を上げた。
「ね、ねぇ。キット。あれは本当にドールなの? 人じゃないの? シーリル人だったりとか……」
「馬鹿。シーリル人がジェラルドの攻撃を素手で受け止めて平気なものか」
否定は即座に来た。
それもそうだ。確かに緑髪のそれはジェラルドの攻撃を何度も素手で受け止めている。どんなに強く頑丈なシーリル人がいたとしても、まず無理だ。人であろうと無理だ。つまり、それが人外であることは明白だった。まず間違いなく、ドールであろう。
(でも、なんか、違う)
「正真正銘、ドールよ」
レシィの後ろから声がかかった。サイだ。回復を終え、立ち上がっていた。それでもまだ苦しそうだった。
サイもキットとレシィの横に並んだ。彼女の闘志もまだ消えていないようだった。その力強さにレシィは感服した。
「ただ、中身は人よ。私達と同じ、大陸の人。ドールに自分の魂を移した――棺の中の男よ」
「え?」
唐突な答えにレシィは目を白黒させた。事も無げに言われるものだから、一瞬聞き間違えたかと疑ったほどだ。
棺の中の男。
死体だ。実際触れて確かめたわけではないが、あれはまず生きているものには見えなかった。
「棺の中の……って、死んでいたじゃない……殺されて……」
レシィの手が震えた。声に出せば薄ら寒い気分になった。
第一、ドールに自分の魂を移したとはどういうことなのだろうか。大陸の人々の魂は、女神によって守られている。禁を犯さない限り、必ず守られているものとされている。今生が終われば、必ず女神にその魂は掬われ、再びこの地に舞い戻ってくることが出来る。だから死者も蘇らなければ、代わりに輪廻転生の約束がある。女神の力は「絶対」だ。
「死ぬ前に、魂がリーンの元へ行く前に移したのでしょう。あのドールの中に」
ジェラルドの斧が無防備になっていたドールの胴に入った。強く叩き付けられたはずだが、その身体は傷つくことなく、やはりドールは苦悶の表情一つ浮かべない。顔に滲み出ているのは苛立ちのみだった。人らしいようで、人らしくない。
理解は出来ないが、もし魂を自由自在にすることが出来るなら、一つだけありえそうなものをレシィは知っていた。
今まで沢山見てきた。この遺跡に入ってから、どれほど常識が覆されただろう。
最初は目に映る全てが異様で、だが刺激的だった。面白ささえも僅かに感じていた。マナの通う壁、別の空間に移動する宝珠、砕ける見たこともない森の景色、全ての空間が繋がる扉、踊るドール――徐々に恐ろしさが際立ってきた。
地上ならば絶対にありえない技術、力の数々。古代遺跡の遺物ならば、もしかしたら、そんな理解不能なことも可能にしてしまうのかもしれない。
「それを…………遺物で?」
女神の力をいとも容易く無にする古代文明にレシィの背筋が震えた。古代人が遺跡を封じ込めたのもなんとなく分かる気がした。
サイは頷いた。
「まぁ、多分そんなところでしょうね。詳しくはわからないわ。調べる間もなかったし。……ただ、確かにあのドールはそれを指摘したら明らかな動揺を示したわ。私は当たりだと思っているわ」
彼女の表情を盗み見れば、確信しているのは明らかだった。何かしらの痕跡ややり取りで彼女はそれが真実だと辿り着いたのだろう。レシィは考えるのをやめた。考えたところでわかるわけないのだから。
ただ、納得には苦しんだ。絶対の女神の力を捻じ伏せたのだから。
「そんな。そんなことが出来るなんて……」
「出来ているのが現状よ」
言われるがまだ信じられない。死んだ人が生き返るようなものだ。
レシィは再度口を開こうとしたが、前で手を振られて言葉が止まった。キットが話を遮りにきたのだ。
「お話し中悪いが、そろそろ作戦を練るとしようぜ。いつまでもジェラルド一人に戦わせるわけにはいかない」
ハッとして戦闘を見れば、ドールが身体を捻ってジェラルドの攻撃を避け、彼に手を翳していた。




