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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
33/61

◆亡霊たちの舞台

 ドールの動きが唐突に鈍くなった。混乱と不安の最中、レシィはそう感じた。最初は気のせいかとも思ったが、しばらくすると確信が持てた。人形達が動きを止めたのだ。


(……奇跡だわ) 


 レシィは壁を叩いた。


「キット! キット!」


 キットは戦いに集中しすぎているのか、ドールの様子に気付かずに、その身体にマナを撃ち込んでいた。マナも溜まり続けている。


(おねがい! 早く風の魔法消えて! キットやめて!)


 レシィは強く壁を叩いた。

 ――キットの動きが止まった。

 きょとんとして辺りを見回す。ようやくドールの動きが止まったことに気付いたのだ。銃を構えたまま、信じられないと言いたげに左右を見渡していた。反応の鈍い彼にレシィは苛立った。


「もうそんなのほっといてジェラルド助けてよ!」


 まだ風の魔法が音を遮断しているようだったが、キットは理解出来た様で、すぐに魔法を解いた。壁と無音が消えた。キットの足音も息遣いも聞こえるようになった。レシィは安堵した。ドールに囲まれていること自体は至って平穏に戻った。

 キットはふらつきながら――あれだけ恐ろしい戦闘を一人で行っていたのだから当然だ。レシィはすぐにその身体を支えた――ジェラルドに駆け寄った。床に転がるようにしゃがみ込み、陣に触れる。彼の指から陣へとマナが通い、程なくして、陣が薄れていった。レシィにはちっとも理解できなかった魔法の陣が外側から内側へと薄れながら収束していく。糸が解かれるようだった。

 陣が消えた。

 完全に陣が消滅すると、ジェラルドが大きく息を吐き、床に膝を付いた。息が荒い。ひどく苦しそうだった。薄い唇からは血が流れていた。しかし、無事なようだった。

 レシィとキットは同時にほっと息を吐く。

 キットが力の抜けた動作で手を伸ばした。


「ジェラルド……無事でよかっ――」


 言葉が止まる。キットの伸ばした手がジェラルドによって即座に払われたのだ。レシィは驚いた。キットも驚いたように言葉と動きを止めていた。

 ジェラルドが振り払った手でキットの胸倉を掴んだ。ぎらぎらとした鋭い眼差しがキットを睨み据えた。

 重い口がゆっくりと開かれた。


「どうするつもりだった……!」


 重々しい声音。今にもキットを頭から食い齧りそうな形相。胸倉を掴んで震える手。ジェラルドは怒りを全身で表していた。


「命を捨てて、どうするつもりだった……言ってみろ。俺の目を見て、言ってみろ」


 強く強請られるキットは、ジェラルドの要求に応えられず、黙って俯いた。ジェラルドは舌打ちをした。


「……もういい、あとでたっぷり説教してやる。それよりも行くぞ」


 掴んだときの動作とは裏腹に、意外にも優しくキットを離すと、ジェラルドは立ち上がり、一人ずんずんと止まったままのドールの合間を縫って歩き出した。時にはドールを押して蹴り飛ばして倒しながら、前へと進んでいく。


「え? え?」

「……」

「何をしている。早くしろ」


 困惑しているレシィと呆然としているキット。その両者にジェラルドは苛立ちを露にした。もう一度舌打ちをし、前に突っ立っているドールを蹴り飛ばした。道が開ける。


「まだわからないのか。この状況が奇跡だとでも思っているのか? どう考えたってサイだ。サイが俺達を助けてくれた。それ以外に何がある。――キット、お前ならわからないわけないだろう」


 その言葉に、レシィはハッと息を飲んだ。サイが背を向けて逃げた……と思っていた。しかしこう冷静に考えてみると、彼女がそんなことするわけない。この三ヶ月間、いやこの遺跡の中にいた時間だけでも彼女がそういう人間でないことはレシィもよく知っていたはずだ。だというのに、ジェラルドに言われるまでまるで気が付かなかった。

 何故わからない。そう言いたげに、ジェラルドは唸った。彼は首をしゃくって、奥を――サイがいた部屋を指し示した。

 キットの表情がくしゃりと歪んだ。ゆるゆると首を振る。泣き出しそうな顔だった。


「でも、でも、僕は逃げろと言った。まさか、そんな……」


 キットの言葉が終わる前に盛大な溜息がそれを遮った。そして、また一体ドールが蹴倒された。

 ジェラルドが呆れを示した。


「あいつがそれで逃げる女だと思っているのか? 俺からすれば、まさかなんて言葉を使われる方がまさかだ」


 キットは床に蹲り、身体を震わせた。

 ――立ち上がるまで、さほど時間はかからなかった。




「よくも遺物を壊しやがったな! クソが! 舐めくさりやがって!」


 整った顔を醜く歪ませ、罵声を放つ。無機質な表情しか映さなかったドールが豹変し、体勢を崩したサイを蹴り飛ばしていた。血を吐いて床に蹲るサイ。ドールは更に追い討ちをかけた。


「素晴らしい遺産を! 英知の結晶を! よくも! 低脳な人間風情が! 学者でありながら、よくも! 貴様は古代遺跡に触れる価値すらない! 冒涜者め! 死ね! 殺した身体を魔物の巣に投げ入れてやる! 四肢をもがれて惨たらしく死ね!」


 興奮しているドールは、もう遺物などお構いなしに――しかし、魔法ではなく、己の身体で――サイを痛めつけていた。八つ当たりだ。

 実際に遺物を壊したのはドール自身だが、それも関係ないようだ。いや、自分のミスで壊してしまったことが、余計にこのドールの怒りを煽り立てているのかもしれない。

 完璧主義。神経質そうで、凝り固まった思想概念がありそうだ。その割には、大型の遺物を動かして無防備になっていたりと、間抜けだ。上辺だけで実が伴っていないのだろう。故に失敗を他者に押し付けて、自身への怒りもぶつける。自己陶酔の気もありそうだ。耐えながら、罵るようにサイは分析した。

 ドールの罵声は続く。


「私の! 大切な遺物を! よくも!」


 蹴り回されながらも、癒術で自身の身体を癒して戦っているが、回復が追いつかなくなってきた。命の危機を感じる。何とか転がって距離を取るが、絶体絶命だ。それでも、サイは嘲笑を浮かべるのをやめなかった。抵抗と言う抵抗はそれくらいしか出来なかった。


「っ ……興奮してるんじゃないわよ……それとも女に襲われる状況は初めてかしら、臆病者さ――」


 言葉は途中で途切れる。胸倉を掴みあげられ、投げ飛ばされた。強く壁に叩き付けられ、サイの呼吸が一瞬止まった。手からメイスが転がり落ちる。視界も霞んできた。それでも何とかして立たなければ。しかし、サイの足にも手にも力は入らなかった。癒術を行使することも出来ない。


「どうした、サイ・フリート。天才ではなかったのかな? くっくっくっ……」


 再び胸倉を掴まれ、引き立たされた。整いすぎた顔が歪んだ笑いを見せ、近付く。無機質と感情が入り混じった異様な光を放つ瞳だけがやたらはっきりと目に写って気持ちが悪い。サイは霞む視界の中でも負けじと睨んだ。


「私は臆病者ではない。貴様のように無謀で短慮な女にはわからんだろうな?」


 本来ならば息を感じるほどの距離であるが、サイの顔にドールから息吹はかからない。どんなに捲し立てられても、喉の奥から音だけが出ているようだった。

 危険な状況にも関わらず、サイの心に焦りはなかった。動けなくとも、絶望もしていなかった。それがドールには気に食わなかったのか、歯軋りが聞こえてきた。サイは鼻で笑った。


「舐めるな、サイ・フリート。貴様は今から死ぬのだ。この私の手によって殺されるのだ。貴様だけではない。私の邪魔をする者はすべて殺す。その力が私にはある。女神の裁きなど、恐るるに足らん。私は王にもなりえる資格、永遠に自由の魂を手に入れたのだからな」

「永……遠?」


 なんとも笑わせる響きだ。サイが確認するように復唱すれば、ドールはしたり顔を浮かべている。相当嬉しいのだろう。薄く開く口から笑い声を漏らしていた。

 馬鹿なやつだ。サイは再度鼻で笑った。


「だから……なんだってのよ」


 サイの言葉に、喜色の笑みを浮かべていたドールの顔が、怒りの色で染まっていった。追い討ちをかけるように、彼女は冷たく嘲りを含めた瞳を向けた。


「永遠に自由の魂? だからなに? 遺物に頼らなければ成し得なかったくせに? こっちは天然の永遠の魂を知ってるのよ。頭悪い奴のしたり顔ほど笑えるものはないったらありゃしな――っ!」


 言葉の最後は殴りつけられて消えた。頭が吹っ飛ぶのではないかと思うような殴りだった。ぐらぐらと視界が揺れる。この一撃で意識を飛ばさなかったのは運が良かったのか、悪かったのか。サイは焦点の合わない目をドールに向け、嗤いを浮かべ続けた。抵抗する術はこれしかない。

 ドールはこめかみを引き攣らせながらサイを強請った。


「貴様は今、死の淵に立たされていることを忘れるな! 貴様の死因は、口が過ぎたことだ! 生まれ変わったら、私のように慎重で用心深くなれるように女神にでも祈っていろ!」


 ドールの手がサイの首に手がかかった。

 抵抗しようにも、もう意識を保つのも辛くなってきている。腕も上がらない。それでもサイは目を逸らすことなく、ドールを睨み続けた。


(最期まで、絶対に諦めない……だって、絶対に来るもの。彼は絶対に私を見つけてくれる)


 ぐっと、喉を締め付けられる。窒息で死ぬか、骨を折られて死ぬか。わからないほどの力だ。もう意識は薄れ掛けている。だが、絶望感はない。

 サイは信じていた。仲間達が来ることを。必ず、助けに来てくれることを。

 ――その時、炸裂音がサイのすぐ近くで聞こえた。

 ドールの手から力が抜け、息が出来るようになった。

 サイは笑った。


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