◆まよい少女
しばらくすると、ジェラルドが魚料理を持ってテーブルにやってきた。獲れたて新鮮な川魚料理は、空腹でずっと走ってきたレシィからすると何よりのご馳走になった。出されたパンもそのままで食べられるほど美味しく、また香茶の味と香りに彼女の心が安らいだ。
食べている途中でジェラルドの自己紹介があったが、やはり変わらずぶっきらぼうなものだった。しかし、食事に夢中なレシィはさほど気にならなかった。当然、未だ獣人に対する恐怖は生理的なものでなくならないが、徐々に腹も満ち、またキットという他の存在がいる安心感からか、恐怖はやや薄いものになっていった。
「しかし、中々帰ってこないなアイツ」
食堂での食事を終え、片づけも終え、彼らは先ほどの居間で優雅な昼を過ごしていた。次にキットが入れた茶は、食前に出されたものとは違って、フルーティーな香りのお茶だった。
外では農家のものたちが暑い日ざしの中で働いているというのに、良い身分だ。レシィは茶の香りを楽しみながらそんなことを思った。
ジェラルドがピクンと動いた。レシィは思わず思考を止めた。
その様子に気付いたキットもだらしがない格好をやめ、椅子に座りなおした。
レシィはきょろきょろ見渡した。どうしたのかという疑問は口に出す前に解決した。足音が廊下から聞こえてきた。
静かで軽い足音だ。
軋んだ音と共にドアが開かれ、一人の女性が入ってきた。真っ黒な髪を頭の上部できっちりと結んだポニーテールが揺れる。知的な表情だが、深みのある黒い垂れ目がどことなく優しげな雰囲気を醸し出す。細身で小柄な女性だった。
「ただいまー。あー、疲れた……あれ? お客さん? いらっしゃい」
「おかえり」
「おかえりなさい」
ジェラルドとキットは片手を挙げ、来訪者に挨拶をした。レシィはお辞儀をしながらも一人困惑していた。
(え? ただいま? おかえり? ――嘘でしょ?)
ただいま。それは家に帰ってきたときに言う言葉。おかえり。それは家に帰ってきたものにかける言葉。
つまりはこの女性がこの家の住人であることを示していた。
この家は三人の者が暮らしているという情報を、レシィはすでにキットから入手している。一人はキット、一人はジェラルド、もう一人はレシィが捜し求めていたサイ・フリート。残る家の住人は、どう考えても学者サイ・フリートしかいなかった。
(女の人だったなんて……)
予想を裏切る学者の姿にレシィは唖然とした。その様子にキットは大層おかしそうに大笑いをした。ひとしきり笑った後に、キットは手でその女性は指し示した。
「彼女こそが君の探していたサイ・フリート先生だ。――サイ、君の客人だ」
「……まぁ!」
事情を察したのか、サイはすぐに居住まいを直し、頭を下げた。優しげな顔立ちに笑みも加わる。
「サイ・フリートです。お待たせしちゃったかしら。こんな可愛らしいシーリル人がお客様なんて初めて」
「レ、レシィ・レーンです……お初にお目にかかります」
席から立ち上がり、握手を求めようとレシィが手を差し出せば、強く握られ、勢いよく振られた。
想像とは全く違った学者にレシィはポカンとしたまま、再び席に着いた。
(本当に、大丈夫かしら……)