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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
26/61

◆禁忌の異世界

 部屋は手前のそれと同じくらいか、それよりも少し広い部屋だった。違いと言えば、様々な物があることだろう。

 薄ら青い小さな光がいくつも浮かび上がり、消えて、また浮かび上がる。光が鼓動しているかのようだった。それらはやはりすべて室内にある『道具』のようなものから出ている光だった。壁や台座に埋め込まれている宝玉、紋障壁、砕けた透明な筒――元は先ほどの部屋でみた、正体不明の人が入っていた容器だ――、光沢のある黒いカウチのようなもの、大小二つの四角い箱。

 室内に入った四人はゆっくりと周りを見渡す。

 今まで見てきた古代遺跡のようで、どことなく空気が違う。誰もがそう感じていた。


「レシィ、絶対何も触るなよ」


 キットの忠告に、レシィはこくこくと大人しく頷いた。触るどころか歩き回るのも憚られた。

 サイは足早に円形の容器の元に行った。しゃがみ込み、床に手を這わせる。次第に彼女の眉間に皺が寄っていった。切迫感が窺えた。


「…………この容器、内側から割られているわ」


 覗き込めば、確かに容器の破片であろう物が容器周りに散らばっていた。容器に見合った破片の量だった。筒の周りに広がっている。砕けたそれは鏡のようにサイを下から映し出しながら、キットの魔灯に照らされてキラキラと光る。広間で見たときは透明な硝子のようなものだったのだが、やはり違うのだろう。

 破片の一部に自分の顔が映る。空色の目と目が合い、レシィはさっと首を引っ込めた。ただの鏡や、水に自分の顔が映るのと大差ない。しかし、青白い光と共に映されると妙に不気味だった。あの容器の中に入っていた奇妙な人たちになったかのような気分になる。

 サイは同じ女でありながらも、やはり慣れなのか、レシィが感じた何とも言えぬ恐怖感を一切感じていないかのように、ただじっとその破片を、映る自分の顔を睨みつけ、指で触れて顔を顰めていた。不安が掻き立てられる。レシィはサイの横顔を固唾を呑んでみつめた。


「内側から、破られたのよ」

「どういうことだ?」


 不穏な雰囲気を纏いながら繰り返される言葉に、キットの眉間にも皺が寄った。質問というより、自分の考えを確かめるための問いかけに、レシィには聞こえた。

 かつん。サイが投げ捨てた破片の音だ。サイは持っていた破片を放り投げると、険しい表情のままゆっくりと立ち上がり、指で容器をそっと触れていった。


「そのままよ。中にあったものが、出たのよ。自ら破って」

「中に入っていたものって……」


 レシィの声が掠れた。


「恐らく…………いえ、十中八九、『ドール』よ」

「なに、それ」


 聞き慣れない単語にレシィは困惑する。キットもジェラルドも黙って聞いているが、わからないようで、怪訝そうにサイを見ていた。

 サイは振り向かずに容器を丹念に調べながら早口で説明をしだした。


「さっきの部屋でも散々見たでしょう。あれよ。あの人の形をした化け物のことよ。『ドール』と言うの。人型の遺物の総称。昨日のやつも、足は潰れていたけれども、ドールでしょうね。古代遺跡学者でもほんのごく一部しか存在を知らない、古代兵器。学都の中でさえ機密事項で、禁忌。とんでもない代物」

「古代兵器だと?」


 早口で説明される事柄に全員ぽかんとしていたが、不穏な単語に気がついたキットが口を挟んだ。彼の顔にも険しさが増した。

 サイは頷く。


「ええそうよ。……いえ、厳密にはあれが何なのかはわからない。全容はわからない。何に使っていたかもわからない。だってそれを研究することも許されない。禁忌とされて、本当にごく一部の学者しか知らないのだから。ただ、確かに古代兵器と呼ばれているわ」


 サイがようやくこちらを向いた。悔しさを滲ませた、険しい表情だった。


「――私の研究対象だった」


 その言葉に、キットとジェラルドが小さく息を飲むのをレシィは聞いた。サイが小さく首を振る。気にするなと言いたげに。そしてまた容器の方に視線を向け、調査を再開した。


「たまたま上がった珍しい遺物だと思った。不思議だったわ。あんなもの、生まれた初めてみた。まさに『人』だった。広間にもあったでしょう。ちゃんと人の形をしたものが。私はあれに触れたの。あまりの美しさに惹かれたわ。でも、それは禁忌だった。禁忌に触れて、私は干された」


 淡々と話すサイの顔は、レシィからは見えなかった。

 レシィもここに来てから一度だけ耳にした事実があった。サイとはあまり同じときを過ごしてはいないから詳しく聞いたことはなく、いつの間にか忘れていたが、サイが学都の学者だったのは数年前までだったらしい。事情があって学都を出ることになった。そして今オーネという片田舎で暮らしているのだとキットから聞いていた。その原因が、この人型の遺物ならしい。

 禁忌。


(まただ。また禁忌なんだ……)


 頭がくらりとする。レシィは手の甲を額につけて、息を静かに吐いた。


「私が知っていることは、ドールはどこまでも人と酷似していながら、決して人ではない。あれは古代人の手によって作り出された遺物の一つ。命令に忠実に動く遺物。遺物なの。探査で反応を示す。人……特に『人間』とほぼ同じ構造をしていながらも、我々人の何倍もの力を発揮し、マナも扱える――」


 容器を調べていたサイの手がはたと止まった。話も同時に止まった。何事か。

 彼女の視線が容器から、その横の四角い箱に行く。誰もが黙ってそれを見守った。サイの柳眉が怪訝そうに寄せられた。


「その長いすみたいなのも、遺物。でも、それは違うわ。箱は違う」


 腰を上げて容器から離れると、彼女が触れたのは、小さいの方の四角い箱だった。横幅はそこそこあるものの、両手で持てる程度の大きさだ。よく見れば木製の背負い鞄の一部のようで、背負い部分のみが置いてあった。あまりにも場違いな日用品に面食らう。何にせよ埃かぶって使い古した様子のそれが遺物でないことは明白だった。

 サイは警戒しながら、ゆっくりとその箱を開けた。

 蓋を持ち上げたまま、口を閉ざす。黙ったまま、動かない。何を見たのか。


「サイ?」

「サイ先生?」


 キットとレシィの呼びかけにも止まったまま動かない。

 気になったレシィはそれを後ろから覗き込んだ。

 薄暗くてよく見えないが、キットが近付き、魔灯が近付いたことで箱の中がよく見えた。

 レシィは固まった。自身の息がひゅっと詰まる音を聞いた。


「…………」

「見たことあるのか、レシィ」


 キットの言葉がレシィの震える背中に掛かった。

 レシィの膝が震えて折れる。腕に抱えたリュープを落としても、彼女は箱から目が離せなかった。サイは箱を置き、場所を譲った。レシィは操られたように、ゆるりと箱に近付いた。

 レシィの手がゆっくりと箱の縁に触れる。すると堰を切ったように、素早い動きで中の物を取り出した。

 取り出したのは、黒いものがこびりついて汚れ、解れかかっている布と、柄に遠目から見ても美しく細かい細工がなされている短剣だった。


(これは、これは……これは、これは!)


 取り出されたものを見詰めていたレシィの大きな目にじわりじわりと水が張り詰めていった。すぐに大粒の涙が溢れ、零れた。

 こつんこつんと固い音が床から響く。氷が落ちていた。レシィの目から溢れ、頬を伝って落ちた涙が凍りついたのだ。激しい感情に揺さぶられ、無意識のうちにマナを操り、零れ落ちる涙を凍らせていた。


(ああ……ッ!)


 天を仰ぎ、布と短剣を抱きしめ、レシィは声にならない声を上げ続けた。その荷物が誰のものなのか、知らぬ三人から見ても明白だった。

 キットはその小さな肩を抱く。レシィはとうとう床に頭を付けて蹲ってしまった。

 その様子にサイは目を伏せて小さく嘆息した。探査や解析に全力を尽くしたが、依頼されて数日以内に遺跡の中に入れていたら、このような光景は見なくても済んだのかも知れない。そう負い目を感じている顔だった。しかし、気を取り直すように小さく首を振ると、静かにもう一つの箱を調べだした。

 もう一つの大きな箱。今度のこれは遺物のようだった。しかも作動している。確かにマナで動いているのをサイは感じた。

 力ずくで開かないものだとわかれば、そろりと指で触れていく。小さな窓を見つけた。すぐに付近を調べた。どんな遺物だかはわからないが、この窓を開けるくらいは難しくもないだろう。

 彼女が遺物の紋様に触れて何度か操作をすれば、窓が横滑りして開いた。

 ――窓から覗いたのは、人の顔だった。

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