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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
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◆禁忌の異世界

 荷を取りに戻り、広間の奥へと進む。やはり奇妙な人の入った筒はこの広間一帯に配置されていた。薄っすらと光る焦点の合わない瞳に見守られながら、奥へ奥へと足を進めた。

 広い。かなり広い部屋だ。いつまでも続く薄気味悪い光景に嫌気が差してきたところで、容器と容器の間が広く空いた『道』に出た。その『道』を真っ直ぐ行くと、十字路に差し掛かった。十字路と言うには間違いかもしれない。同じ広間なのだが、あれほど連なって置かれていた筒が、大きく十字の形を作るように、ここには置かれていなかった。作られた通路の周りには、同じように容器が連なっていた。通路の先は、ほんのり明かりがあるものの――容器から漏れている明かりだ――、薄暗くその先は見えない。


「こっちよ」


 サイが向かって右側を指し示した。道の先は見えない。たが迷いなく歩くところからして、奥に何かあることは間違いないだろう。

 そのまま真っ直ぐサイに案内されると、小さな入り口が見えた。そこをくぐれば、紋障壁に囲まれた殺風景な部屋に通された。ジェラルドはそこにいた。

 腕組みをして壁の前で突っ立っているジェラルドに、サイは眉をぴくりと持ち上げた。


「あれ? 開けといてって言ったじゃない」

「なんか知らんがすぐ閉じた」


 ジェラルドは小さく肩をすくめた。


「そう。マナがなくなったからかしら。普通、マナがなくても暫くは開いているものなのに。本格的に壊れているのね」


 サイは嘆息した。何のことだかわからないレシィはきょとんとした。よくわからないが、何か部屋の装置が作動しないようだ。全くもって力になれないのは理解しているので、気にせずぐるりと周りを見渡す。

 内装の柱が壊れており、一見今にも崩れそうな部屋だ。しかし、先ほどサイが本格的に壊れていると言ったのとは裏腹に、淡く光る壁の文字がこの部屋が機能していることを証明していた。

 部屋の中央には壊れた台座と、その上に鎮座していたに違いない宝玉が転がっていた。この台座と宝玉は何度か見ていた。恐らく、転移装置なのだろう。


「使えないのか?」


 宝玉を見たキットがサイに問う。サイは首を振った。


「見ての通り、壊れているわ。修復する術は、今の私たちにはないわ。――ただの宝玉よ。移動は出来そうにないわ」


 やはり転移装置なのだ、とレシィは空いている片手――リュープは片腕でしっかり抱いている――を伸ばし、その転がった宝玉に触れようとした――が、視線を感じて手を引っ込めた。


「ごめん」

「壊れているから別に構わないけれどね」


 呆れ混じりではあるが、許可を得られたことに気付くとレシィはそっと宝玉に触れた。

 冷たく、つるりとした感触のみが指に残る。サイの言うとおりマナが通っている気配はない。ただの玉だ。――しかし、残滓はあった。レシィの手が僅かに震えた。


「……ね、ねぇ。サイ先生。これ」

「なに?」

「マナがほんの、ほんの少しだけ残っているわ」


 レシィが恐る恐る宝玉を差し出すと、サイは頷くだけだった。知っていたようだ。代わりにキットが受け取り、眉を顰めた。


「……これは」

「ええ、残っているわ。お察しの通り、壊されたのはそこまで昔の話しではないわ」


 事も無げに告げられた言葉にレシィは息を飲んだ。

 サイの言葉は続く。


「残量から言って、恐らく半年ほど前かしら。貴女がオーネに来るよりも少し前でしょうね。正確な測量は出来ないから、あくまで勘だけれども」


 キットからジェラルドの手に宝玉が渡された。ジェラルドは肩をすくめるだけだった。獣人にはマナは感じ取ることも出来ないのだ。ジェラルドは宝玉を床に転がした。彼にとっては、本当にタダのガラクタだろう。

 転がる宝玉が壁にぶつかった。乾いた音が室内に響いた。レシィは宝玉から目が離せなかった。

 サイの言葉はまだ続く。


「少なくとも、それくらいまではここに貴女のお父様かご友人がいたのよ」


 レシィは口元を押さえた。腕の中のリュープはもごもごと動いていた。

 言葉は出なかった。キットもジェラルドも口を挟まない。

 サイは奥の壁に手を触れた。触れられた文字が閃光を放った。

 サイの腕が流れるように右へ左へと動かされる。その動きに同調するかのように壁の一部が横滑りするが、どこかでつっかえているのか、硬い音と細い隙間を見せるだけで、扉のようには開かなかった。

 レシィはサイの横に並んだ。


「ここも、あそこの扉みたいに全てと繋がっている扉なの?」

「いいえ、これは隣接している部屋と繋がっているだけの、ただの扉よ。本来ならば宝玉で転移するのだろうけれど、使えないから手動で。あっちの壁は、昨日休んだところに繋がっているわよ。まだ使えるようにはしていないけれど」


 サイは向かって右側の壁――入り口と反対側の壁を示した。同じように紋様が淡い光を放つ壁を見ても、レシィにはその違いがわからなかった。

 今度はサイは強く腕を振った。やはり扉は途中でつっかえてしまった。


「あっち側が少し崩れているみたいなの、よね」


 隙間にサイの細い指が入り込む。ぐぐぐと力を込めて扉をこじ開けようとしていた。無論、扉は動かなかった。先ほど言っていたことはこのことだったのだろう。


「そのまま貸せ」


 ジェラルドがサイの後ろから腕を伸ばした。サイの指とは対照的な太い指をゆっくりと隙間に差し入れて、彼は力を込めた。扉が僅かにずれた。しかし、それだけだった。ジェラルドはすぐに手を離した。扉と奮闘するサイに尋ねる。


「壊してもいいものか?」

「……惜しいけど、構わないわよ。どうせ壊れちゃってるし」

「少し離れていろ」


 サイは言われた通り、さっと扉から身を離した。扉の僅かな隙間さえもぴしゃりと閉じる。扉は完全に閉ざされた。沈黙をする扉から三歩。ジェラルドはゆっくりと後退する。半身を扉から逸らし、ゆっくりと斧を下段に構え、深い呼吸をしだした。

 ――場の空気が変わった。レシィにはそう感じた。


(なに? なにをするの?)


 びりびりと自分の身体が震え出したことにレシィは辺りを見渡す。地震か。えも言われぬ恐怖がぞわりと這い上がる。この強い恐怖感は久々だった。三ヶ月間一緒に暮らしていて、ジェラルドがいることによって起きる生理的恐怖感も大分慣れたが、やはりそれは慣れでしかなかった。

 今、レシィは確かに、初めてジェラルドと出会ったとき、いやそれ以上に強い恐怖感を感じていた。ぶるぶると震えるのは身体だけではない。周りの空気が震えていた。レシィの歯がガチガチと嫌な音を立てて噛み合わされ、掌や額からは嫌な汗が流れ出てきた。

 レシィはとうとう堪えきれずに膝を曲げた。その脇にすっと手を入れられた。


「シーリル人には辛いかもな。僕に捕まっていろ」


 キットの手だ。彼がレシィの身体を支えた。レシィは頷いてキットにしがみついた。腕の中で強く身を揺らしていたリュープもレシィとキットの間で少し潰される。

 ジェラルドの全身から闘気が漲り、立ち上る。まるで彼の存在感、威圧感が何倍にも増幅されたようだった。

 大きな彼の斧が下から上へと振り上げられた。

 その瞬間。風圧と共に耳をつんざく轟音が部屋中に鳴り響いた。崩れていた柱の一部をも巻き上げ、ジェラルドの一撃が扉に襲いかかったのだ。

 レシィは、目の前の光景に呆然とした。

 扉が、紋障壁の一部が、すっぱりと切断されていた。

 巻き上げられた瓦礫が落ちてくる。キットの魔法でそれらから身を守られて、レシィはその光景を唖然として見ていた。


(嘘、なに今の)


 正体不明の赤髪の女の魔法も、キットのマナや魔法も、巨大な魔物の攻撃も、その全てに無傷だった遺跡の壁が、綺麗に切断されたのだ。

 マナではない。魔法ではない。レシィは恐々と、切断した扉を事も無げに柄で突き崩しているジェラルドを見上げた。生理的恐怖感よりも、純粋な恐怖を感じた。彼の手に掛かれば何も障害ではない。レシィにはそのように思えた。見上げたまま硬直してしまう。その頭をキットが撫でた。それだけでレシィの肩の力が抜けた。


「今のは闘気だ。獣人の身体に眠る強い意志の力。素晴らしいだろう。まぁ、こんな芸当出来るのは滅多にいないと思うけどな」


 最後の轟音を立てて、扉は完全に崩された。身を潜らせればジェラルドでも余裕で通れるだろう。

 ジェラルドが首をくいと動かし、奥を指し示した。

 サイ、キット、レシィ、そして最後にジェラルド。ゆっくりと奥へ入っていく。

 奥は小さな部屋だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは! たまにはこちらの方にも感想を書いてみようかと思いましてっ。 相変わらず遺跡の中の冒険って雰囲気が良きです! ファンタジー好きとしてはこういったロープレ風な描写がツボだったりし…
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