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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
22/61

◆禁忌の異世界

 全員に緊張が走る。キットはすぐに明かりを一つ浮かべた。

 暗くなった部屋の奥から、ずしん……ずしん……と重たい音が響いてきた。暗闇の向こうで、赤い光がいくつもちらちらと浮かぶ。

 ジェラルドも、サイも、それぞれ武器を取り、荷物をレシィに押し付けた。レシィは、リュープを抱きながら、部屋の隅へと逃げた。

 次第に音は赤い光の数だけ増え、魔物の気配も濃くなっていった。キットの明かりが、今度こそ本当の天井へと向かう。

 照らされる闇。次第に明かされる気配の正体。

 醜く爛れた全身を覆う皮膚。膨れた腹。大きく裂けた口から覗く鋭い牙。口の端から零れ

る体液。目は淀みながらも、不気味な赤を湛え、光を受けてきらりと光る。レシィはそれを、身体を後ろに反らせて見上げた。

 ――姿を現したのは、巨体の魔物だった。


「小鬼種? ……いえ、邪悪鬼(ビ・ゴー)ね」

「そのようだ。またえらいでかいな。これは記録に残りそうなデカさだぜ」


 サイとキットは頷きあった。レシィにはその違いがわからなかったが、地上で見た小鬼の何倍もの大きさの魔物に圧倒された。ジェラルドよりも更に大きい。こんなに大きな魔物がいるとは思わなかったのだ。

 大きな魔物の後に続き、仲間であろう邪悪鬼(ビ・ゴー)がわらわらと現れた。一般的な大きさにも関わらず、巨体な邪悪鬼(ビ・ゴー)のせいで大分小さく見える。

 総勢、十数体ほどだろうか。キット達の前に、邪悪鬼(ビ・ゴー)たちが集った。

 どの魔物も口元に嫌な笑みを浮かべ、今にも襲いかかろうとしていた。

 キットは指でくるくると銃を回した。引き締まっていたはずの表情は、もう気が抜け切っていた。


「ま。これなら大したことないだろう」

「昨日のアレじゃなくて助かる」


 会話の途中、キットの指でまわる銃が急に止まると、何の躊躇もなくそこからマナが放たれた。

 放たれたマナはそこまでの威力ではなかったが、巨体の魔物の腹に向かって勢いよく飛び、不意打ちで尻餅をつかせるには十分なものだった。巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)の後ろにいた仲間の一部が、その大きな尻で潰される。

 魔物たち笑みを消した。静寂が訪れる。レシィは口元をリュープで僅かに押さえた。笑いそうだったのだ。

 キットは肩を竦める。


「さ。早いところ先に進もう」


 前へ進もうとするキット。

 尻餅をついた巨体な魔物は、目を丸くして驚いていたが、次第に顔に憤怒の色を見せ、咆哮して立ち上がった。心配そうに巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)を見ていた仲間達も同調し、吼えた。

 大きな腕が鞭のように唸りしなり、振るわれた。仲間の邪悪鬼(ビ・ゴー)たちも巻き込まれる。キットは進めた足を戻し、後ろに下がった。入れ替わりにジェラルドが前へ出る。

 右へ左へと打ち払うように振るわれる腕を掻い潜って懐に入ると、ジェラルドは斧を振るった。意外にも素早い動作で、邪悪鬼(ビ・ゴー)はそれを避けた。逃げ遅れた二匹の魔物が斧にはり倒された。

 その足元からわらわらと仲間達が向かってくる。キットはすぐに銃で狙いを定めて撃ちつけた。サイも向かってくる敵にはメイスで容赦なく殴打した。


(あ。大丈夫そう)


 戦いの様子を見て、レシィはホッと息をついた。その巨体を見た時は驚いたが、キット達は余裕そうだった。

 ただ一つ、レシィには心配なことがあった。

 どうにもさっきから魔物の気配が増えつつあるのだ。見る限りキット達の前に立ちはだかる魔物の数は、昏倒や絶命させられ減りつつある。しかし、今も尚、魔物の気配が増えているのだ。

 ――一体、どこから?

 ぞわりと悪寒を感じて、レシィはハッとして天井を見上げた。心臓が跳ねた。

 天井に、一体どうやって張り付いているのか。そこには邪悪鬼(ビ・ゴー)が何匹も張り付いて、弓――何で作ったか。歪な形をしているが、確かにそれは弓と呼んで差し支えのない形状をしている――を構えていた。


「あぶない!」


 レシィは手に抱えたリュープを部屋の隅に寄せた荷物の上に投げるように下ろし、前へ出た。そして、すぐさま右手で魔法で氷を作ると、それを天井に放った。小さな氷のつぶては、天井に張り付いて弓を構え、今にも矢を放とうとしていた邪悪鬼(ビ・ゴー)の手に当たり、手を僅かに凍りつかせた。


「キット! 天井!」


 声に気がつき、キットとサイはレシィを見て――そして、天井を見た。


「あんなところに……」


 キットが頭上に銃を向ける。サイがキットを守るように前へ出た。ひとまずは大丈夫そうだろう。レシィはほっと胸をなで下ろした。 

 しかし、まだなにか嫌な予感をレシィは抱えていた。天井をもう一度見上げる。敵はキットのマナの弾で着実に地面へと落とされて行っている。キットを守るように戦っているサイも、巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)と戦っているジェラルドにも不安な点は一切なかった。

 レシィは彼らをしっかりと見たまま立ち尽くしていたが、大分前へ出すぎたことに気付き、ゆっくり後ろに下がった。自分を守るように前で戦っている人たちがいたとしても、魔物に背を向けたくはなかった。

 そこで、はたと気付く。思わず、後ろを振り向く。荷物が隅にあった。――そこにおいたはずのリュープがいなかった。レシィは声を失った。


(ああもう! やっぱりいない! どこ!)


 周りを見渡す。

 リュープはすぐに見つかった。いつものように、壁伝いにせわしなく身体を動かして前進していた。

 レシィはひきつった悲鳴を上げた。その場所に、今まさにキットのマナで落とされた魔物が落ちてきたのだ。

 鈍い動きだったが、しっかり立ち上がる魔物。リュープは一切そちらに注意を払わず、ただ身体を動かして真っ直ぐ進んでいた。魔物は通り過ぎようとするそれを訝しんで眺めながら、背中から錐のように鋭く尖ったものを抜いて構えた。レシィは我を忘れて魔物に体当たりをした。魔物と共にレシィはもつれて転がった。

 転がった末、魔物に乗られるレシィ。床に身体を押さえつけられる。小さな邪悪鬼(ビ・ゴー)だったが、その力はレシィの数倍はあった。

 レシィの危機的状況に真っ先に気付いたのはジェラルドだった。僅かに隙が生じた。そして、その隙を見逃す魔物たちではなかった。

 目を光らせ、動いたのは巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)だった。太い腕を振るい、ジェラルドの横っ面を張り倒した。大きな獣人の身体が大きくよろめいた。


「ジェラルド!」


 その後ろで戦っていたキットから声が上がる。巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)の腕が再び振るわれた。すぐさまジェラルドに加勢しようと、キットは銃口を巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)に向けた。

 ほぼ同時に、レシィを押さえつけている邪悪鬼(ビ・ゴー)の鋭利な武器が振り上げられた。


「きゃあああああ!」


 レシィは悲鳴を上げ、目を閉じた。

 その劈くような悲鳴に、マナを溜めるため集中していたキットの意識がふっと薄れた。銃口が僅かにジェラルドを襲おうとしていた魔物からずれる。

 太い腕がジェラルドに、鋭い錐がレシィに向かい、振り下ろされた。

 キットの動きが止まる。動かない。銃口をどちらにも向けることが出来ずに止まってしまった。

 ――サイが動いた。

 持っていたメイスを振りかぶり、レシィを襲おうとしていた魔物に向かって投げつけた。回転しながら飛んでいったそれは、勢いよく魔物の後頭部にぶつかった。打ち所が悪かったのか、魔物はぐらりと身体を揺らし、昏倒した。レシィは転がるように、倒れ来る魔物を避けた。間一髪だ。自身の激しい鼓動の音をレシィは体内から聞いた。胸を押さえる。そして、キットを見た。彼は未だに銃をジェラルドとレシィの間辺りで構え、硬直していた。

 地響きがした。

 その音でキットが我に返ったようだった。次は迷わずに、再び銃口を巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)に向けた。

 地響きは巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)の腕が床にぶち当たった音だった。ジェラルドは間一髪で避け、すでに戦斧を構えていた。

 キットは迷わず巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)の胴にマナを放った。ジェラルドが巨体邪悪鬼(ビ・ゴー)を斬り殺そうとしたのと、ほぼ同時だった。

 ――ジェラルドの一撃は運悪く、キットのマナでよろめいた魔物の片目に深く刻まれただけで終わった。

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