◆古代の足跡
キットの持つ銃の筒には色とりどりの宝石がちりばめられている。それが部屋の微かな光できらきらと輝きを見せていた。レシィは横から手を伸ばして、宝石を指で撫でた。咎められはしなかった。
「綺麗ね」
「そこそこ良い宝石を使っている。硬度はどれも一級品とは言わないが、マナブースターとしてはかなり良いものだろうな。輝きも良いだろう」
そう言ってキットは魔灯の高度を下げて手元を照らした。
「これを見てごらん。これ――これはアレキサンドライトと言う、地上では見ることの出来ない……遺跡の中に住むマナを沢山含んだ魔物の体内から採ることの出来る宝石だ。この宝石のマナは大地の力に変換しやすい。何より素晴らしいのは、今は魔灯の輝きで、桃色がかった赤い色を輝かせているが……蝋燭の明かりの元ではもう少し赤みが強くなる。ところが日の光を受けると、今度は暗緑色の輝きを見せるんだ」
「不思議な石ね」
「だろう。その光によって、魔力の増幅量も変わる。一番増幅量が多いのは、やはり日光を浴びている時らしい。といっても、マナの濃い遺跡の中で使っているわけだから、地上よりもここの方が威力は上がるのだがな」
キットは次々指を指す。
「これは、エメラルド。風の力をよく取り込む。これはルビー。火の力を一番強く出せる高価な石だ。サファイア、これは水だ。ダイアモンド。これは宝石の中で一番硬くて、輝いて、マナも多く含有している」
「なんかすごいね。これ相当高いんじゃないの?」
話を聞いていく内にレシィは怖くなって宝石から指を離した。するとキットは小さく笑った。
「一からすべて委託すれば、相当高いだろうな。特注品だしな。でも、これらの宝石は遺跡の中に入れば手に入る。つまり、材料費は銃身の金属くらいなものさ。しかも、加工は友人のエンポスと一緒に行ったから、そこまで金を取られたわけでもない。――そんな怖がらなくても、壊れはしないし、安心していいぜ」
「そう、なんだ」
ならば、とレシィは遠慮なく宝石や銃身に触れた。サイが拾っていた宝石の中にも、この銃に使われたのと同じ宝石があるのかも知れない。そう思うことにした。
一通り触ったり、石の名前を聞いていくと、レシィは顔を上げた。
「キットって不思議ね。エンポスの友人もいるなんて」
「そうかい?」
「うん、不思議。エンポスってシーリル人よりも人里に出ない種族じゃない。すごく気難しそうなかんじ」
大陸に住む四種族の一種であるエンポスは、主に大陸北の洞窟の奥深くに住む種族だった。一見は小鬼のようで、やや醜い姿をしている。だが、魔物と違って気性も穏やかで、当然ではあるが人の言葉を喋る。また、澄み切った青い目が特徴だった。
貴金属の扱いが得意で、大陸で売られている高価な金属製品の殆どが、エンポスの職人によって作られたものであるのは、その製品を見たことがなくとも有名な話だった。しかし、彼らは人里に出ない。慣れ親しんだ決まった人とのみ交流を持ち、商売をする。
大陸の西端の小さな村で手作りのおもちゃ屋を営む男が、エンポスと交流を持てるとはレシィには到底想像出来なかった。
「そう気難しくもないさ。気のいい奴らが多い。まぁ僕の友人のエンポスはオーネ地方の森の中でひっそりに暮らしている変人だがね」
「え、この辺に住んでいるの?」
レシィは目を丸めた。北の地方から出てくるエンポスがいたことに驚いたのだ。それほどまでに、エンポスは滅多に見ることのない珍しい人種だった。
「ますます不思議。変人同士だから気があったの? 一体どうやって知り合ったのよ」
レシィの言葉にキットは口を曲げるが、すぐに目を悪戯っぽく光らせた。
「知りたいか?」
すでにからかうような笑みが浮かんでいたが、レシィは一応大きく頷いた。
「いいだろう、教えてやろう」
キットの笑みが更に深まった。目を閉じて語り出す――。
「そう……あれは、五十年前の冬のことだった――」
「はい、うそー」
レシィは即座に話を中断させ、ため息をついてキットの手の中の銃を引ったくった。キットがアッと声を上げるが、レシィは半眼で睨んで、銃をいじりだした。
「そうやってまたすぐ私をからかうんだから。ムカつく」
ぼやきながら、銃を構えてみる。キットが使っていた様子を思い出し、引き金に指をかけ、腕を真っ直ぐ伸ばす。キットから制止の声はかからない。危ないとも何も言わない。レシィは口を曲げた。
「これ、やっぱり私には使えないの?」
「使えない。僕しか使えない。特注品なんだ」
キットはレシィの持つ銃を上からそっと押さえて、下げさせた。
「お前は使わなくていい」
優しい声にレシィは「でも……」と言い縋ったが、前を見て言葉を止めた。先ほどまで上げていた銃口の先で、リュープがゆるゆると壁に沿って動いていた。レシィは手を下げた。
「使ってもリュープになれないのね?」
リュープから目が離せないまま尋ねるレシィ。その声が僅かに上擦った。キットが手からそっと銃を取り上げた。
「なりたいか?」
「なれたら、あのリュープが何をしたいかわかるかなって思って」
「これでは、リュープになれないさ」
「そうだよね。いいの。それになりたくないの」
レシィは苦笑を浮かべた。
「ジェラルドにも嫌われそうだもの」
寝る前に揉めたことを思い出す。ジェラルドはリュープを嫌っていた。何故だかはわからないが、ただ酷く嫌っていることはわかった。
レシィにとってリュープは別に好きでも嫌いでもないものだった。
リュープになる人は、一般的には『人殺し』を犯した者だけだ。とっさの怒りや憎しみで人を殺し、姿を変えられてしまう人もいる。だが、時には積もり積もった感情が爆発してしまって殺しをしてしまったり、大切な人を守る為に殺してしまったり、不慮な事故で人を殺めてしまって成ってしまう人もいることをレシィは知っている。だから、理由もわからずに憎めないし、嫌えない。『人殺し』には平等の裁きが下される。
それが、リーンが大陸の住人に課した約束、『リュープの門』なのだ。
「ジェラルドはリュープが嫌いなのね」
「リュープが嫌いなんじゃない。リュープを許せないだけだ。彼は、魂の底からリーンを信奉しているからな」
キットは優しくレシィの頭を撫でた。
「女神がしてはいけないと言ったことを犯した人が許せないんだ。リュープが嫌いなんじゃあない。女神を信じているんだ。だから、教えを守ることを尊び、破ることを軽蔑する」
わかるかい? と尋ねられたが、レシィにはそれが嫌いなのとどう違うのかはよくわからなかった。だから曖昧に頷き、それを誤魔化すかのようにさっと腰を上げた。
駆け足でリュープの元まで行く。リュープはレシィに気付かない。壁に沿って身体を進めていた。自分が寝ている間もずっとくるくる部屋を回っていたのだろう、とレシィは物悲しくなった。
そっと柔らかい身体を抱き上げる。キットの出した光源から離れ、壁のぼんやりとした光だけがレシィとリュープを照らした。赤い身体がてらてらと揺れた。
その後ろからキットがやってきた。レシィは問いかけた。
「これは…………パパなのかな?」
「それは誰にもわからない。女神にしかわからない。しかし、レシィ――」
キットは遺跡の壁に手を触れながら、レシィを呼んだ。
遺跡の壁の文様――ここの壁はよく見ると細かで複雑な模様を刻んでいた――が、キットの指になぞられ、その部分が光度を増した。レシィは壁に目を向けた。
なぞった部分がすべて光度を増すわけではない。同じ形のごく一部が光っていた。
「これは紋障壁だ。よく見てごらん。紋様があるだろう。すべての紋様に意味があり、これらはすべてマナが通う道であり、そして意味を知ることで、マナが命令通りに通えば、こうして光を放つ。今までの壁以上に価値のある、古代遺跡の大型の遺物だ。そして、この障壁からね、ある格言が生まれたんだ」
キットはレシィを見つめて、小さく囁いた。
「すべてが言葉であり、道であり、光である」
「言葉であり……道であり……光である……」
復唱して、その意味を口の中で吟味する。キットは頷いた。
「言葉は、人と人が事象を共有するために作られた。どんなものだって示し、表せ、作り出せる。魔法以上に奇跡を生み出せるんだ、言葉は。道は、人と人を繋ぐために作られた。道があるならば、人は行く先がわかる。光は、人が歩くために必要だ。そして、光は真実を照らし出す。どんな小さなことも見逃さずに、心に留めておくんだ。すべてが言葉であり、道であり、光なんだ。古代遺跡学者たちは、小さな発見からこの紋様の意味を探して理解し、そして解き明かそうと研究している。それと同じなんだ」
キットは壁から指を離した。そして、もう一度光度が増した部分をなぞる。
「リュープを連れていけ。今はそれが何かはわからずとも、きっとお前の言葉と道と光になる。そして、真実を照らす」
「真実が、私にとって辛いものだったら?」
レシィはキットを見上げた。空色の特殊な虹彩を持つ瞳が、慈愛の碧眼に縋った。レシィは胸が不安でいっぱいになった。キットは力強く微笑んだ。
「それでも、お前は知りたいから、ここまで来たのだろう?」
その言葉にレシィは逡巡し、そして頷いた。
(そうだ。私は行方のわからないパパを捜しにここに来た)
意志を確かめるようなキットの眼差しをレシィは真っ向から受け止めた。
(知らない方が幸せなのかもしれない。でも、私は待つのはもう嫌なの)
キットは囁いた。
「女神は僕たち大陸の人々に絶対の約束をくれただろう? 女神が我々をお見捨てにならない限り、この大陸では真実の約束は絶対に成就される。大丈夫だ。道を歩んでいるお前なら、必ず真実に手に出来る」
キットの手が、レシィの髪をかき混ぜるように動いた。優しい言葉とは裏腹な粗雑な動きは、自分を元気づけようとしているのだとレシィは思った。
レシィは尋ねた。
「でもキットは女神が嫌いなのね?」
「ああ。嫌いだぜ」
キットは苦笑して、レシィから手を離した。
「でも、大切な子らを見守っているのは事実だ。だから、輪廻転生が約束され、罪を犯せば――罰せられる」
詠うように言葉を紡ぐキット。その教えを説くような口ぶりは、教師を通り越し、御伽噺に出てくる賢者のようだとレシィは思った。
一番長く一緒にいて、一番よく知っているはずのキットが風のように、霞のようにその姿を変えていく。いつものようにからかって欲しい。レシィはそんなことを考えながら、尋ねた。
「キットは何でも知っているの? だから、リュープを連れて行けと言っているの?」
答えはすぐに返って来た。
「わかる範囲のことしかわからないさ。でもね、お前より長く生きていれば色々気付く事もある。しかし、それはやはり想像の域を超えない。だから、わかる範囲でしか、わからないさ。わからないことは僕にも沢山ある。リュープが誰かわかるなら、お前に教えているさ」
キットはそう言ってリュープを見た。そして、くるりと踵を返し、元いたところへ戻っていった。レシィはその背に声をかけた。
「ねぇ、キットが光らせた壁の紋様はどういう意味だったの?」
キットは止まって、振り向いた。人差し指をくるくるさせて、宙を示す。
「室温調整。少し暖めた。少し寒かったからな。僕はこれしかわからない」
それだけ言って、口端をくいっと上げて、再び背を向けて歩きだした。
(…………すごいけど、なんか聞くんじゃなかった。夢壊れた)
レシィはリュープを抱いたまま、彼の背中を追いかけた。




