◆古代の足跡
「な、なんなのよあれぇ……」
レシィは正体不明の女達に口元を押さえて震えていた。キット達が全力を出して戦っている様子もないが、それでも今までの魔物だったらもう戦闘が終わっていてもいい戦いっぷりだ。それが、まだ女達は余裕の笑みを浮かべたままで、果ては仲間割れまでしだした。
仲間割れを好機と見たか、ジェラルドが怪我を追っている女の背に更に追い打ちを駆けに行った。彼の斧が、女の背中を斬りつける。かなり深く刃が入っているのを、レシィも見た。確かに、女は前に倒れた。
しかし、女は程なくしてまた起きあがった。先ほどよりも緩慢な動きとは言え、微笑みは絶やさなかった。
今度は、ジェラルドの方を向き、またマナを溜めようとしていた。
レシィは預けられている荷物をきゅっと抱えて、これ以上隅に寄れないところまで、後ろに下がった。
その足に奇妙な感触が触った。
柔らかい。むにゅりとした感触だった。
(――え?)
正体不明の感触に、レシィの心臓が跳ねた。足を退かす。ちらりとその退かした足の先を見た。
ちょうどレシィの両手で抱えられそうな大きさの赤い、ゼリーのような物体がそこにあった。先ほどレシィに踏みつけられたであろう痕を身体に残し、ふるふると揺れていた。
レシィは目を見開いた。何度か見たことがある。しかし、この場においてひどく不自然な物体でもあった。
(なんで? なんで、リュープが……?)
ゼリー状のそれは、女神の神罰を下された人の成れの果て――リュープだった。
リュープはこれ以上端に寄れないにも関わらず必死にその身体を揺らして壁に寄ってどこかへ行こうとしていた。
レシィは呆然としてその違和感ある物を見ていた。
その背に、衝撃音がかかった。
「きゃあっ!」
身体に衝撃はないが、不意に来た音に身を守るようにしゃがみ込んだ。ワンピースの裾が揺れる。振り向けば、先ほどジェラルドが斬りつけた女が、またその背に仲間から攻撃をされたようで、今度は完全に倒れ伏している。起きあがろうとしているが、妙な痙攣を繰り返すだけで、女はのたうっていた。
その顔がたまたまレシィの方を向いた。レシィはびくりと身体を震わせた。女はまだ微笑んでいた。宝石のような瞳はレシィを写しているのか写していないのか。わからないが、確かに女は目を開いて微笑んだまま、床にのたうち回っていた。不気味な光景に、レシィは目を奪われた。彼女だけでなく、キット達も緊張しながらその様子を見ていた。
まだ僅かに動く女に、仲間がもう一撃、魔法をを放とうとしだした。
レシィは一歩後ろに下がり――はたと気付いた。足に感触はない。下を見る。リュープはいなかった。レシィは辺りを見渡した。
リュープは身体を懸命に動かして、壁に沿って前へ進めていた。離れているとは言え、方向的にはマナを放とうとしている女に近づいて行ってるには変わりない。レシィは荷物を投げ出して血相を変えて、リュープに飛びついた。人殺しの成れの果てとは言え、元は人だ。町中や地上ならともかく、こんな魔法やマナが飛び交う中で放っておくことなど出来なかった。
捕まえられてリュープがぐにぐにと身体を動かす。レシィはしっかり抱えて後ろに下がった。
「こっちにいなさいって……!」
熱波の余熱が襲う。レシィはリュープを庇いように身を縮こませた。身体が焼けるほどの熱の衝撃は来ないと理解はしているが、怖いものは怖い。
ちらりとまた戦っている彼らの方を見た。床に倒れていた女はもう動くことはなかった。魔法を撃った女はすでに倒れた仲間を見ていない。標的をキットに変えたようで、彼に向けて手を翳していた。
(本当になんなのよこいつら……)
魔物も仲間割れを起こす場合がある。互いがぶつかったとき、先頭を行こうとしたら抜かれたとき。気性が荒い分、理由はくだらなく様々だ。だが、下らないなりにも理由や、その気持ちというのはわからなくはない。レシィにも想像がつくものだった。
しかし、目の前で行われた仲間割れは、どうみても「自分に攻撃してきたから」という理由だけでなされているようにしか思えなかった。そこに、行動に対する怒りはなく、淡々と互いに攻撃し合うのだ。レシィには理解が出来なかった。
ぐにぐにと、リュープが腕の中で動く。レシィは宥めるように撫でて、声をかけた。
「危ないから。もう少しジッとしてて」
言葉は通じないだろう。リュープは人の肉体も思考も感情もすべて奪われた成れの果てなのだから。それでもレシィはそれを抱える。一人で見ているよりも、気丈に振る舞えた。
残りの一人は、意外にもすぐに倒すことが出来た。
というのも、戦っていればすぐにわかることだが、赤毛の女はひどく単調な動きや戦い方しかしないのだ。キットとジェラルドが上手いこと連携を取って戦えば、何のことはなかった。
動かなくなった女達をサイとキットが見て回る。何を調べているかはわからなかったが、抉れた体内に指を突き入れているのを見てレシィは目を逸らした。
そんなレシィの元にジェラルドがやってきた。荷物を取りに来たのだ。しかし、レシィの腕に収まっているそれを見て、彼は足を止めた。
「それはなんだ」
険しい表情で尋ねるジェラルドにレシィは一瞬何のことか理解出来なかった。しかし、彼の視線が自分の腕の中の物――リュープに注がれていることがわかると、レシィはああ、と漏らした。
「さっき、そこにいたの」
答えるが、ジェラルドの顔は険しいままだった。
にじみ出る嫌悪感。非常に珍しいことだった。なぜなら彼は、普段から愛想が悪いとは言え、こう露骨に嫌悪感を出すことは滅多にないことだったからだ。レシィは首を傾げた。
「どうしたの?」
「なぜ、リュープがいる」
固い声が疑問を告げる。あからさまにリュープを嫌悪するジェラルドの表情にレシィは困惑した。
「なぜ……って」
同じ言葉を繰り返してようやく、聞かれたことに対して、レシィは深く考えていなかったことを自覚した。なぜ、このような場所にリュープ――殺人を犯した人の成れの果てがいたのだろう。腕の中のリュープが、先ほどよりも激しくもがいた。レシィはそれをぎゅっと抱きながら、胸騒ぎを感じた。
「リュープは『人殺し』の証だ。そいつを放した方がいい」
ジェラルドは淡々と述べた。
「でも、こんなところに……」
レシィは二の句が告げず、口を閉じた。腕の中のリュープは激しくもがき、そこから逃げだそうとしていた。先ほどまで大人しかったのに――。
「何をしている」
キットからの声がかかった。レシィとジェラルドは彼に向いた。
キットが眉をひそめた。やはりレシィの腕の中のリュープを見て、だ。
「……お前、それ」
言い淀み、口を閉ざす。
レシィは焦燥に駆られた。口を開くより先にジェラルドが声を上げた。
「なんでリュープがいる」
変わらず嫌悪感に満ちた声だった。それをレシィは自問自答した。
何故ここにリュープがいる?
リュープは人殺しをした、人の慣れの果て。元々は人なのだ。
(人――?)
レシィの頭からつま先までが一気に熱を失い、冷えた。リュープは彼女の腕の中でもがいていた。
ジェラルドから逃げるように。




