◆古代の足跡
レシィが『それ』を女だと思ったのは、頭には燃える様な赤毛が長くたなびいており、胸に二つの膨らみがあり、下半身がふわりとした赤いスカートを履いているように見えたからだ。
ところが、スカートだと思ったそれは、よく見れば、変形した足と思われる肉塊が燃えたぎったように赤く染まりうねっていたのだった。
灰色の顔は、どちらも美しい微笑みを刻んでいる――造形も美しかった――が、目は宝石のように無機質で、笑みも作り物めいていた。
魔物とは違う。レシィだけでなく、他の三人にも緊張が走った。その中でずっと作り物の笑みを浮かべているそれは更に異質さを醸し出していた。
赤毛の一人が、ぱかりと口を開けた。赤い唇に縁取られた型のよい口から、鮮やかな赤い舌が覗いた。
それは何かを喋りだした。いや、歌いだした。レシィはそう感じた。
すると、頭が割れるように痛み出した。
「あっ……ぅぅぅっ!」
(痛い痛い痛いッ!)
痛みをこらえるようにレシィは目を閉じて頭を押さえた。あまりの痛みに膝をつきそうになる。横から同じように唸る声が耳に入る。サイ、キット、ジェラルドも突然の頭痛に襲われたのだ。
もう一人の赤毛の女がすすと前出た。足ではない肉塊がうねり、滑るように床の上を動く。そして、手を静かに前へ突き出した。
キットがハッと顔を上げた。女の手に強力なマナが溜まりだしたのだ。
「危ない! 避けろ!」
叫んで、キットはレシィに飛びついた。そのまま二人は縺れて床に転がった。サイとジェラルドも、それぞれ別の方向へ跳び退いた。
次の瞬間。
マナが熱波に変わり、キットたちが立っていた場所を襲った。熱波は床と壁に当たると燃え爆ぜ、霧散した。内装は無傷だったが、無防備な人体に当たっていたら、その熱に身体が焼かれていた。キットの腕の中で庇われながらレシィはぞっとした。
キットは肩掛けの鞄を下ろすと、レシィに押しつけた。
「離れて隠れていろ!」
ジャケットから銃を取り出すと、その銃口を赤毛の女に突きつけながら、レシィから離れるようにキットは走っていった。
「隠れるって……!」
(どこによ!)
心の中で悲鳴を上げ、キットの鞄をしっかりと抱えて、部屋の隅にレシィは駆けた。壇しかない開けた部屋で隠れるような場所はなかった。
「これも頼む!」
ジェラルドの少し大きめの声がした。レシィがそちらを向くと同時に、サイとジェラルドのサックが投げつけられた。受け止めることが出来ず、荷物はどさりと床に叩きつけられた。文字通り投げっぱなしだが、それを抗議することも出来ない。投げた本人はすでに斧を構えて、戦う準備をしだしていた。
赤毛の女達――離れてみれば、更にそれが女と表現して良い物でないことがわかったが、レシィには女としか思えなかった――は、踊るような、優雅な動きで後ろに下がった。くるりくるり。女達の長い髪が動きに合わせて揺れた。
その下半身にキットは容赦なくマナを二発ずつ叩き込んだ。短い時間しか溜めていないマナだったが、女達の動きは止めることを出来た。しかし、それは損傷が起きて止まったというよりも、攻撃されたから自ら足を止めたといった様子で、女達も微笑みを湛えたままだった。キットは顎を引いて、マナを溜めだした。
女達も同時にマナを溜め出した。手を掲げ、どちらの手にも同じようにマナが収束されていった。
マナが溜まって魔法に変わる前に――と、サイとジェラルドがそれぞれの武器を持って殴りに行く。
「ぁぁあ!」
「ぬぅん!」
覇気と共に繰り出される打撃は、どちらも無抵抗のまま女達の脇腹を横殴りした。女達の手に溜まっていたマナが霧散した。サイの攻撃はともかく、ジェラルドのそれはそのまま女の細い上半身だけが吹っ飛ぶのではないかと思われる勢いだった。
しかし、予想を裏切り、女達は身じろぎもせず、その攻撃を身体で受け止めていた。
「なんで!」
信じられない光景にレシィは声を上げた。キット達も同様に目を見開いて驚愕していた。
女達は艶然と笑んでいた。
殴りかかった二人から軽く距離を取った女達は、その手を静かに振った。ジェラルドとサイの周りに輪を作るように小さな炎がいくつも生まれた。炎は二人を閉じこめるように、急速に近づいてきた。
ジェラルドはそれを斧で振り払い、サイはさっと身を屈めて潜り抜けた。その様子を見ながら、女の一人が後ろに下がり、もう片方は再びマナを手に集めだした。
しかし、炎から逃れ、その勢いで突進してきたジェラルドによって、手前の女の攻撃は阻止された。巨体に押され、女は仰け反る。やはり、そのまま押されることなく、すぐにジェラルドを突っ張るように腕をぐぐっと伸ばしだした。
ジェラルドは眉をぴくりと上げた。押し返せまいと思っていた女の細腕に、押している自分と同じくらいの力が篭もり出したからだ。
キットの溜めていたマナが、彼の前で鋭利な風の刃をいくつも作っていた。それと同時に、離れた後方にいた女の口が、ぱかっと開かれた。キットはすぐさま銃を持っている手を振る。無数の刃は宙を飛び女に向かい、その声が発せられる前に女を襲った。女の髪が、身体の一部が、浅く切り裂かれた。
風の刃を食らった女は口を開けたまま止まっていたが、風が完全に止むと口を閉じて、手を翳した。マナが溜まっていく。キットは銃を構えたまま、じっと待った。
女から十分に溜まったマナが再び熱波に変わり、放たれた。最初に放たれた一撃と同じくらいの規模だった。
女と力比べをしていたジェラルドが、一瞬ぐっと渾身の力を込めて女を弾いた。不意打ちに女は軽く弾かれ、そのままくるりくるりと後退した。
――熱波を放った女とキットの直線上だった。
不意打ちで仲間の放った炎に直撃し、押された女は前に倒れた。なだらかな曲線を描いていた背中が、無惨にも爛れる。そこから黒い液体がどろどろとにじみ漏れ出してきた。動くたびに揺れていた柔らかそうな髪も、縮れてしまっていた。髪や肉が燃える時の独特の臭いはなかったが、やはり何か嗅ぎ慣れない刺激臭が辺りに漂った。
何が? ――と確かめる間もなく、倒れていた女は起きあがった。やはりその顔には笑みが浮かんでいた。
キットは頭を掻いた。
「なんだこれは!」
「…………これは……」
喚くキットの横に来ていたサイが渋い顔で女を観察していた。
「……こんなやつら、見たことがないぞ」
隙なく斧を構えたままジェラルドは呟いた。
背中を焼かれた女が動いた。その動きにキット達は目を見開いた。突然、女はくるりと背中をキット達に向けたのだった。黒い液体の流れる背中を見たが、やはりそれは人のようだと、一番近くにいたジェラルドは思った。
背を向けて、一体次は何をしてくるのだろうか。
固唾を飲んでいると、背を向けた女は、自分を撃った女に手を翳して、マナを溜めだしたのだった。
「なに?」
キットとジェラルド、どちらからともなく疑念の声が漏れた。
背中に負傷を追った女の手から何の躊躇もなく熱波が放たれた。後方にいた女も、それに対抗しようと手を翳す。しかし、マナが溜まりきらず、僅かに威力を削がれた――溜めていたマナが多少の壁にはなっていたようだ――仲間の魔法を真っ正面から食らった。どちらも、微笑んだままだった。
キット達は唖然とした。




