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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
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◆古代の足跡

「あとは、キットだけね」

「探せるか?」

「マナの跡を追ってみたけれど……出来そうにないわ」


 ジェラルドの質問に、サイは難しい顔をした。


「この空間は、さっきまでと同じような遺跡の、作られた空間なの。ちゃんとマナの通っている壁もあるの。だからキットのマナが探し辛くて」


 そう言って緩く首を振る。聞いていたレシィも顔を曇らせた。


「キットを探すより、この部屋の虚像の仕掛けを切りましょう。どうせ同じ部屋には絶対いるのだから、どこかに行ってしまう心配はないわ」

「虚……像?」


 サイの言葉にレシィはきょとんとした。何やら色々地面に生えている草などを探り出したサイに習うように、レシィも同じように草を触った。確かに草だった。


「先生、これ幻覚とかなの?」

「ええ」


 サイは掴んでいる草を引っこ抜いた。すると、サイの手にあったはずの草はすっと消えた。抜いた場所からは抜かれた草が、同じ状態でゆらりと姿を現した。レシィは小さく声を漏らす。

 レシィの反応をちらりと見て確認し、サイは再びしゃがんで地面を探り出した。


「恐らくだけど、不法侵入者用の幻影よ。何か鍵のようなものを持っていないと、幻の森を永遠に彷徨うことになる仕掛けなはず」

「え、鍵って……?」

「鍵……鍵はわからない。でも、こういうのって必ず緊急用の脱出方法が何かしらあるはず。誤作動起こす可能性もあるのだし。前にも体験したことがあるのよ。こういうのって、幻影にかかってない人から見ると、部屋の中を間抜けにうろうろうろうろしているらしいわ。全く悪趣味な仕掛けよ」


 ぶつぶつと、レシィの質問に答えると言うよりも独り言のようにサイは答えた。もう緊急用の何かを探す方に集中しだしたようだった。


「いまいち要領得んな」


 そう嘆息混じりに呟くが、ジェラルドも同じように草木の根をかき分けて何かを探し出した。彼と同じく何を探していいのかわからなかったが、レシィも何かを変な物がないか探し出した。

 しかし、特に変わった物は見つからなかった。

 サイはぶつぶつと何か呟きながら、地面の草を毟った。脱出に必要な行為というわけでなく、単に進まない事態への苛立ちをぶつけているのだ。レシィはサイが抜く草が消えたり現れたりする様子を見ていたが、ふと思いついたように木の元へ行った。

 ぺたぺたとその表面に触り、確かにそこに木がある感触を確かめる。何度も触って、何度も撫でようが、それはやはり木だった。

 上を見上げる。生い茂る葉がゆらゆら揺れていた。


「…………」


 レシィはごくりと唾を飲み込むと、意を決してその木を登りだした。幻影と言われた木は、登ってもやはり普通の木のようにレシィの身体を乗せた。凹凸の多い木だったので、登りやすい。レシィは慎重に手と足を動かした。

 座っても大丈夫そうな枝に跨る。上から何か見えるかと見渡してみたが、木々に隠れてよく見えなかった。


「何してるの!」


 下からサイの声がかかった。驚きで上擦った声にレシィは焦った。普段から冷静なサイからそんな声が出るとは思ってもなかったのだ。


「え、あ」

「それは幻影だって言ったじゃない!」

「でも、ちゃんと登れるし……上から何か見えないかなって思って……」


 そう言って、言い訳になりそうなものを探そうときょろきょろしていたレシィの目に、淡い桃色の何かが写った。

 もう少し上の方の枝の上に、何かがあったのだ。

 何だろうか。レシィはまた上に登った。下からサイのあぶないと叫ぶ声が聞こえたが、少し待ってとだけ言って慎重に足を運んだ。

 淡い桃色のそれは、五つの花びらをつけた小さな花だった。

 この木に不釣り合いな花で、その花は枝からスッと真っ直ぐに茎を伸ばして咲いていた。花弁がそっぽを向いているので、まるで澄ました女の人のようだとレシィは思った。その花に触れてみる。ここにある他の植物のようにしっかりと感触があった。


「…………えいっ」


 思い切って抜いてみると、やはり地面に生えていた草と同じく手からスッと消えて、また枝に現れた。やはり同じ幻影のようだ。期待はずれにレシィは口を曲げた。その花がツンとそっぽ向いているのも少し気に食わなかった。揺らしてやりたくなって、強く息を吹きかける。するとその花はそっぽを向いたまま前後に揺れた。

 その様子にレシィは眉をひそめた。

 もう一度、吹いてみる。花はそっぽを向いたまま、茎は前後にふるふると揺れた。続いて身を乗り出して横から。やはり花はそっぽを向いたまま、茎は左右にふるふる震えた。

 レシィはその花の茎を掴み、思い切ってくいっと前に曲げた。茎はレシィが押した通りに曲がる。

 ――花冠が無理矢理そっぽを向いた。

 その先を見る。

 木があった。同じように枝にツンと澄ました花が咲いていた。

 レシィの目が輝いた。もう一度、周りの木を見渡してみる。花がある木は、なさそうだった。


「見つけた!」


 レシィは枝に膝をかけ、手でぐるんと回ると、美しい着地でサイのところへ降りた。その身軽さに感心したジェラルドから、ほうと息が漏れた。


「先生! 木の上よ! 花があったの! 花が道を指しているわ!」


 レシィはサイの手を引っ張って、先ほど花が指し示していた木の元へ駆けた。

 木を見上げ、レシィはサイにほら、と指指した。サイは目を凝らして木を見上げた。確かにそこには不自然な花があった。

 サイは、レシィがやっていたようにするすると木に登った。桃色の花が、どこかを見ていた。花をくいくいといじる。思わず笑みを漏らし、サイはその方角の先にある木をレシィに伝えた。そして、レシィはその木に登る。やはりその木にも花があった。

 ジェラルドはその二人の間に立ち、地上から見守った。

 木の上の花を頼りに、進んでいくと――。


「あ。あれ、キットじゃない?」


 レシィは花が指し示した木の上でへっぴり腰になりながら花に近付こうとしているキットを見つけた。どうやら彼も仕組みに気付いていたようだ。


「キットー! キーット!」


 レシィの声に気付いたキットは辺りを見渡して、下にいるレシィに気付いた。


「レシィ! よかっ……うあああっ」


 身を乗り出して、レシィの無事を確認したキットだったが、そのままバランスを崩して木から落ちた。レシィは思わず悲鳴を上げた。どしん、と音を立てて肩から落ちるキットに、レシィの後ろからやってきたジェラルドとサイは、あーあーと笑いを含んだ声を漏らした。


「いたたたた……」


 肩を押さえながら身を起こすキットにレシィはため息を吐いた。


「やっぱり、運動音痴なんじゃない」


 落ちた彼を尻目に、代わりにレシィが木に登る。難なく枝の上に乗ると、そっぽを向いた花が彼女を出迎えた。

 その先を見る。木があった。――しかし、花はなかった。


「あ。あれ?」


 レシィは花冠の向いている方向をちゃんと確かめようと、茎に触れた。

 ――その瞬間。

 今まで森だった景色が砕け散りだした。


「え!」


 空からきらきらとした散光を零して、木も草も、空も日の光も、全てが砕け出した。音もなくただ塵となって落ちる。光と共に崩れさる森。崩れ去る光の隙間から、緑豊かな森とは無関係な硬く冷たい壁が覗きだした。

 幻が晴れる瞬間を目の当たりにし、レシィはその美しい光景に目を奪われた。


「レシィ!」

「どこへ!」


 下から上がった声に、レシィはハッとして大人たちを見た。下では彼らが自分を見上げたり、周りを見渡しながら焦った声をあげていた。


(なにしているんだろう)


 きょとんとしていたが、急に足場がなくなった感覚にさっと血の気が引いた。反射的に足下を見ると、そこには地面や草はなく、無機質な床が広がっていた。


(おちる!)


 とっさに受け身の体勢を取り、レシィは床に転がった。

 立ち上がる頃には、もう森はなくなり、マナの通った壁に囲まれた、だだっ広い部屋に立っていた。森はない。太陽のない明るい青空も、もうない。ただ壁にいくつもついている目玉のような宝玉がぼんやりとした明かりをともしているだけだった。

 横には大人たちがいた。しかし、彼らはすぐ側に立つ彼女に気付いていないようだった。


「キット? 先生? ジェラルド?」


 声をかけるが、一切反応はない。


「まだこの近くにいるはずだ」

「登ってみるわ。もしかしたら、花に触れたことで何か起こったのかも知れないわ」


 辺りを探すキットとジェラルド。そして、変な格好で宙に浮きだしたサイ。その奇妙な光景にレシィは思わずくすくすと笑った。そういえば……と、サイの言っていた言葉を思い出す。


『幻影にかかってない人から見ると、部屋の中を間抜けにうろうろうろうろしているらしいわ。全く悪趣味な仕掛けよ』

(なるほど、ね)



 サイも消えたことで花が脱出の鍵だと気付いたキットとジェラルドも木に登り――キットの場合は危なっかしく、ジェラルドの場合は巨体だけあって、見ていて怖い光景だったのだが――、花に触れた。

 元の遺跡の光景に戻ったこと、お互い無事だったことを確かめると、一行はまたすぐに探索を再開した。

 部屋の奥には、また宝玉があり、やはりそれは一つ前の部屋のように転移装置になっているようだった。


「……ああ、これは大丈夫そう。すぐに使えるわ。私に捕まって」


 片手を宝玉に、片手を仲間たちに手を伸ばしサイは言った。すぐにレシィ、キット、ジェラルドがそれぞれの手を握った。

 閃光と、何度目かの転移の感覚が彼らを襲った。

 光がやめば、また今まで通り別の部屋に飛ばされていた。

 前を見る。広い部屋に、美しい柱で飾られた漆黒の壇があった。舞台のようなそれの上に、灰色の肌と炎のような赤い髪を持った女が二人座って微笑んでいた。


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