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袖振り合うも他生の縁  作者: 雨天然
袖振り合うも他生の縁
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◆古代の足跡

「ど、どこよ、ここ……」


 鳥の鳴き声。草木の香り。独特のしっとりとした空気。太陽は見あたらないが、不思議と明るく、天を見上げれば葉の隙間から漏れる日の光と空の青さが覗く。ぐるりと見渡しても鬱蒼と茂る木々しか見えない。

 どうみても、森の中だった。

 今までいた遺跡の中とは打って変わり、どうみても自然の中に、確かにレシィは佇んでいた。つい先程まで背中合わせで近くにいたキットの姿は、見渡す限りどこにもない。自身を囲む光景にレシィは頭が痛くなった。先ほどまでの通路が狭かったせいか、木々に囲まれていると言うのに感じる妙な開放感が、それも一人という事もあり、不安でたまらなかった。

 一人、遺跡の外へ出てしまったのだろうか?

 そう思ったが、遺跡の外の空気とはまた少し違うことにも気付いた。咲いている植物も、歩きつめたオーネ西の森とも違っている。では、他の地方なのか。それもわからなかった。少なくとも、自分の知らない森だった。ただ、確かにしっかりと、五感の全てが言っている。ここは森であると。

 では、自分の知らない遠く異邦の地にでも飛ばされたのだろうか。

 レシィにどんどん不安が募っていった。


「キ、キットー? ジェラルドー? サイせんせーい……?」


 どんな土地かもわからない。またどんな魔物がいるかもわからないのに、下手に大声は出せなかった。それでも呼びかけようと、小さな声でレシィは大人たちの名前を呼んだ。

 しかし、返事はなかった。レシィは困り果てた。



 転移された感覚のあと、光がやめばそこは森の中だった。ジェラルドは小さく鼻を動かした。

 木々の匂いや空気は森そのものだ。しかし、どこの地方のものだかは特定できなかった。自分の記憶にある範囲のものではない。続いて耳を澄ます。野生の鳥の鳴き声のようなものも聞こえる。――が、鳴き声だけで鳥の気配は一切見当たらない。これだけ植物があれば必ず虫もいそうなのだが、小虫一ついない。

 自然の不自然さからまだ遺跡内だとわかったが、主に戦闘員として遺跡に入っているだけのジェラルドにとって、遺跡の仕組みや仕掛けは畑違いなので、今自分が一体どういう状況におかれているか見当がつかなかった。

 尋ねようにも、近くにいたはずのサイも見当たらない。他の、離れていた二人はどうなっただろうか。自分もサイとバラバラになったのだから、二人も同じかもしれない。キットはともかく、レシィを一人にしておくのは良くないだろう。

 ジェラルドは迷わず森の中を散策し始めた。



 唐突に目の前に森が現れ、サイはこめかみを押さえた。

 どうやら、キットと同時に行っていた転移装置に不具合、もしくは設定の失敗があったようだ。ただ遺跡内にいることは確かなので――遺跡内部の遺物の気配は四方からしていた――、サイは歩きだした。

 近くにいたジェラルドの姿はない。見えないのではなくて、本当にいないようだ。

 サイは木々をかき分けながら、ぐるりと周りを見渡した。見れば見るほど立派な森だ。手で触れる木や葉は、すべてちゃんとした触覚があり、植物そのものだった。――が、これは恐らく幻影なのだろう。そういった類の仕掛けを、サイは体験したことがあった。

 少し歩き回り、サイは足を止めた。思わず眉を寄せる。先ほど、自分が触れて確かめた木と同じような形の木があった。サイは暫く考えてから、持っていた小刀でその木に印をつけた。そして、そこから歩数を数えて歩み始める。一歩、二歩、三歩――。

 十歩ぴったり歩くと、今度は来た道を十歩戻った。

 先ほど見て触れた木があった。しかし、つけた印はどこにもなかった。

 サイはこめかみをぐりぐり押さえて深いため息をついた。

 ――どうやら、不法侵入者用の仕掛けが発動したようだった。


 

 立ち止まっているわけにも行かず、レシィは恐る恐る森の中を歩きだした。

 しかし、歩けど歩けど一向に景色は変わらない。何度も何度も同じ場所を歩かされているような錯覚に陥った。それでもめげずに歩を進めたが、やはり同じ場所をぐるぐる歩いているようだった。


「ど、どうしよう。もしかして歩かない方がよかったの……?」


 レシィの質問に答える者はいない。ただ鳥が鳴いていた。

 途方に暮れていると、不意に身体が震えた。妙な恐怖を感じたのだ。レシィは辺りを見渡した。魔物は、いない。

 なぜだろうか。覚えのある恐怖感を捉えていると、レシィははたとその正体に気付いた。獣人が近くにいると感じる生理的恐怖感だったのだ。レシィは表情を晴らした。

 感覚に従い、走ると――。


「あ! やっぱり!」


 そこには、辺りをゆっくりと見渡しているジェラルドがいた。

 ジェラルドはレシィの声に気付き、顔を向けた。


「よかった! ジェラルド!」

「おまえも一人だったか」


 重厚感のある声に、レシィは心底ホッとしたような表情でジェラルドの元へ駆け寄った。彼も僅かに安堵したような表情を見せた。


「ねぇ、ここどこ?」

「おそらくまだ遺跡の中だ」

「え? 遺跡?」

「この森は、作り物だ。少なくとも、鳥はいない」


 ジェラルドはよく見てみろと木の上を顎でしゃくった。レシィは木の下に行って、目を凝らした。一見では、確かに鳥はいなかった。――仮にいたとしても、こんなに葉が生い茂っていては姿を見つけられないだろうが、そういうことは言わないでおいた。

 レシィは木を見上げるのをやめた。


「どうする?」

「二人を捜そう」


 ジェラルドの言葉は端的でわかりやすかった。レシィは頷いて、彼をはぐれないように、その太い腕を掴んだ。もさっとした体毛がくすぐったくて少し笑った。いつもの生理的恐怖感は多少あるが、それでも一人の不安はなくなった。

 それ以上、何も言わずに歩き出すジェラルド。その足に迷いはなかった。レシィは首を傾げた。


「ジェラルド、二人の場所がわかるの?」

「わからん」


 きっぱりと言う言葉も、一切の迷いがなかった。あまりに清々しくわからないと言われて、レシィは困惑したが、すぐに「だが……」という言葉が上から降ってきた。


「サイは探しやすい」

「そうなの?」

「ああ」


 ジェラルドは頷いて、自分の鼻を指さした。


「あいつは暫く風呂に入っていない。今一番体臭が強い」


 事も無げに言った衝撃発言に、レシィは口を開けて暫くぽかんとしていた。そして、言葉の意味や意図を考えた。いつもの落ち着いた口調だから、それが冗談なのか本気なのかレシィにはわからなかった。


「……………………それ、サイ先生に言っちゃダメだよ」

「そんな勇気ない」


 ようやく出たレシィの言葉に、やはりジェラルドはいつもの平坦な声音を返した。

 ――数分後。

 サイが見つかった。レシィはこっそりと匂いを嗅いでみたが、遠くから探せるほどの体臭を感じることは出来なかった。


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