◆古代の足跡
耳が何やら口論を捉えた。その瞬間、自分が眠っていたことに気付きサイは目を覚ました。
木々の隙間から星空が覗き、思わず目を瞬かせる。
「起きたか」
ぶっきらぼうな声が横から聞こえた。いつもの事だ。サイは身を起こし、声の主――ジェラルドを見た。ジェラルドは鍋をかき混ぜながら、サイに目を向けていた。
少し離れたところでは、キットとレシィが何か口論をしていた。それをぼんやり――夢と現の間にいるような感覚で聞き流し、空を見上げた。
「…………もしかして、夢?」
虚ろな表情でぽつりと呟くと、ジェラルドはくつくつと笑った。
「どんな夢を見たか知らんが、安心しろ。侵入式を見つけたのは夢じゃない」
その言葉に、サイは見る見るうちに生気を取り戻し、目を輝かせた。ほっと息を付き、心底から良かったと呟いた。
「遺跡に入れるようになったのまで夢だったらどうしようかと思ったわ」
「よくやったな。流石、サイ・フリートだ」
「ふふ」
無愛想な同居人の褒め言葉にサイは自然に笑みをこぼした。軽く伸びをして、辺りを見渡す。自分が野営地にしていた場所のようだ。
「テントの中で寝かせてくれればいいのに」
「テントとはいえ、一応は女性の部屋だから勝手に入るなって、キットがな」
「あの人らしいわ。衣類やタオルが散乱してるだけなのに」
「…………」
サイは着替えるために濡らしたタオルを持ってテントに入った。キットとレシィの口論も気になったが、今は着っぱなしだった服を脱いで、軽く身体を清めて新しい服に変えたい。
着替え終えて、再び外にでれば口論は相変わらずで、ジェラルドもそれをぼんやり見ていた。
「止めないの?」
「一応、おいと声はかけた」
「それ、止めたって言わないわ」
サイは二人の元へ行った。
「だから、そういうの大人げないってわからないわけ!」
「大人げなくて結構」
「結構じゃないわよ、ばか! キットのばか!」
聞く限り、テントの中から聞いた内容と対して変わらない。サイは熱くなっている二人に――正確には、レシィが熱くなっているだけなのだが――声をかけた。
「何を揉めているの」
「あ。サイ先生」
「ほら、お前がうるさいからサイ起きちゃったじゃないか」
「キットだって同じでしょ!」
キットの混ぜっ返しにレシィはムッとした。
(なにやってんだか。レシィに対してはどうしてこうなのかしらね)
「落ち着きなさい。何を揉めているの」
サイは心中で呆れながら、鹿爪らしい顔をした。
すると、レシィは表情を曇らせ黙った。キットは肩をすくめる。
「こいつが一緒に遺跡の中に入るって言い出したんだ。だから僕は駄目だって言った。オーネで待ってろってな」
「でも! だって!」
レシィはぎゅっと拳を握った。そして、自身を落ち着かせるように一度息を吐くと、先ほどより幾分か抑えた声で話しだした。
「……私が納得できないのは、なんでキットは良くて、私は駄目なのかってことよ」
「それ納得したら大人しく家で待ってるのか?」
「い、や、だ! わたしも行くの!」
キットの指摘にいーっと歯を見せるレシィ。キットはほら見ろとサイに彼女を指し示した。サイは軽くこめかみを押さえた。
(どうしたものかしらね)
言葉に迷っていると、レシィがサイを真剣な表情で見上げた。
「おねがい、先生! 私、絶対良い子にする! ちゃんとジェラルドや先生から離れないし、言うことも絶対、絶対聞くから、遺跡の中……パパを捜したいの! キットみたいに、ふらふら勝手にでしゃばって足手まといになったりとか邪魔したりとか、絶対しないから!」
「おい」
「あなた何やったのよ」
半眼でレシィを睨むキットに、サイははっきりと呆れを示した。
レシィの懇願は続く。
「お願い! もう、待てないの!」
叫びに近い声にサイは唸った。
(確かに、待たせたのは事実だわ……)
あまりにも時間がかかりすぎた。予想外だ。勿論、一般的な遺跡探索人に比べたら早い方なのだが。
それでも、一年近く行方知れずのまま彼女は辛抱しているのだ。もし自分なら……キットやジェラルドが急に行方知れずになって一年も見つからなかったら、いてもたってもいられないだろう。サイはそう感じた。
「……その言葉、本当に守れる?」
「え?」
サイを拝み倒していたレシィは困惑したように顔を上げた。
「私たちの言うことを絶対聞くって言葉」
「守れる!」
即答だった。サイは小さく嘆息した。キットを見る。キットは困ったような顔をしていた。おそらく自分もそういう顔をしているのだろうと思うと、サイから苦笑が漏れた。
「まぁ、あなたもいるから大丈夫ね」
「……まだ、どんな遺跡かもわからないのに…………ああ、もうわかったよ!」
「頼りにしているわ」
キットは盛大にため息を吐き、頭をかいた。レシィはどうして彼がサイに頼られるのかさっぱりわからないと言いたげに口を曲げた。
キットはしばらく目を閉じ、黙った。そして、ゆっくり目を開けて、レシィと真っ向から向き合った。真剣な表情だった。
「もう一度聞くぞ、レシィ。お前に一片の迷いや恐れがあったら僕は断固拒否するからな。迷いや恐れ、それは決して間違いじゃない。大人しく待っていても、僕らは遺跡の隅々までお前の父親を探す」
「…………」
「本当に遺跡に行きたいか? 地上よりもマナが多く溜まって、強くて未知の魔物がいるかもしれない遺跡に入りたいか? どんなものがあるかもわからない遺跡に、命の危険を冒してまで入って父親を探したいか?」
普段、レシィに対しては穏やかだったり、からかいが含むキットの目が鋭く彼女を射抜いた。しかし、彼女は怖じることなく即答した。
「馬鹿にしないで」
ぴしゃりと言い切る。
「わかってるわよ。でも、行くわ。パパを知っていて、パパを捜せるのは大陸で私だけだもの」
真っ直ぐすぎる眼差しがぶつかり合った。どちらも引くことなく、想いをその目に込めた。
キットは、頷いた。
「わかった。その代わり、絶対僕らの言うことを聞くんだ。僕らは危ないと思ったら容赦なく引き返す。それでも絶対に文句を言うな」
「……わかった」
レシィは神妙な顔で頷いた。混ぜっ返すことはしなかった。
キットはレシィの返事を聞くと、何も言わずにジェラルドのいる火の元へ歩いていった。
レシィがふっと息を吐いた。サイはその肩に手をおいた。
「きつい言い方するようで悪いけれど、本当に危険な場所の可能性が高いわ。彼が強く言ったのは、あなたを侮ったからじゃない。あなたの安全を確保したいだけ」
「……わかってます」
頷くレシィの表情は渋々と言った感じだった。サイはそれを見て苦笑した。
食事をしながら、サイから遺跡や今までの経過について語ることになった。
「侵入式が見つからないって言ったけど、侵入式は三ヶ月前にすでにわかっていたの」
「なに?」
衝撃の告白に声を上げたキットは勿論、ジェラルドも眉をひそめた。サイは構わず話を続けた。
「この遺跡の侵入式自体はすぐに解析出来たわよ。当然ね。でも遺跡の封印はそれだけじゃなかったの。もう一つ、入り口を封鎖する封印がもう一つ内側からかかっていた」
「ど、どういうこと?」
遺跡に関する知識が一切ないレシィは、渋い顔をしている大人たちを見て、困惑しながら訊ねた。
「遺跡の封印は一般的には一つ。封印はすべて外側から」
火を見ながらぽつりと呟いたのは、キットだった。言葉が続く。
「古代人達が地下から地上に移り住んだ際に外側から封印したのでは、というのが有力な説だ」
「前代未聞の遺跡ということか」
黙って聞いていたジェラルドが鋭く質問を投げかけた。サイは首を横に振った。
「いいえ、恐らく一般的な遺跡のはず。誰かが一度侵入式を入れて侵入した形跡が残っていたのだから」
サイの通る声がレシィの耳に突き刺さった。
「内側からしてあった封印は、後からされたものよ。それは恐らく、レシィのお父様とそのご友人がしたものじゃないかしら」
(ナンデ――!)
――一陣の冷たい風が吹いた。四人で囲んでいた火が凪がれて消えた。
「レシィ」
「え。あ」
キットに呼ばれ、レシィは自分が無意識のうちに風を起こしてしまったことに気付いた。慌てて小さな火を編み起こした。
火に照らされたレシィの表情は暗かった。
「たまに、あることよ。確かに遺物がなければ遺跡には入れないけど、遺物を持っていて侵入式もわかってしまえば誰だって入れるのだから。それが嫌で、他の探査人に邪魔されたくないから、調査中に別の封印を施すのはたまにあること。あなたの話によるとお父様たちは一山当てたかったようだし、ありえると思う」
サイは事も無げに言った。レシィを少しでも安心させるためだった。しかし、レシィの表情は晴れなかった。
「ひどい雁字搦めで、元から施されていた遺跡の封印と絡めて封印してあった。だから、解除にひどい時間を要したの」
「…………そう、ですか」
レシィはマグの中身をぼんやり見ながら、上の空で呟いた。
キットは重い空気を払うように、手を振った。
「さ、もう寝よう。しっかり休むぞ。見張りはジェラルドと俺が交代でするから、二人はテントに入って、さっさと寝ろ」
レシィは大人しく頷くだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆
――その聖職者はとてもおかしな人間だった。
私の話を一切疑ったり笑ったりしない。私を狂人扱いせずに、真摯に話を受け止め、例え理解しがたいことでも、そうであると信じてくれた。私の苦悩を真剣に悩んでくれた。身よりのない私を家においてくれた。
聖職者との生活は、私の今までの人生において最も幸福な時間だった。その人と共にいると、今まで長い時間かけてべっとりとこびり付いた汚れが、水で綺麗に流されるようなのだ。自らの内側から湧き出る苦しみ悲しみ、私が囚われていた全てから解き放たれるのだ。出口の見えない沼から力強く引き出されて、私は光を見た。解き放たれて、久しく見る希望という光だった。
ちょうどその頃、森で拾ってきた犬も飼いだした。賢い犬だ。私によく懐いていた。
私たち二人と一匹は『家族』になった。
家族のおかげで、私は人里で人と暮らすことが苦ではなくなった。真っ当に人として生きることを楽しめた。
――何故、終わって欲しくない時間は終わってしまうのだろう。終わりは望んでも来ないものだったのに。
◆◇◆◇◆◇◆
遺跡の入り口の台座に立つ。
「行くわよ」
サイの言葉に三人は頷いた。サイは両手を台座についた。
台座から光が溢れる。レシィは目をつぶってそれを光が終わるのを待った。
目をあければ、そこは地上とは異質な雰囲気を醸し出す開けた場所だった。
切り立った大地とその下一面に広がる鉱石。濃密なマナ、先に見る大きなアーチ。
――古代遺跡だ。




