◆古代の足跡
森の少し開けた場所にあるサイの野営地を見つけた頃には陽は傾き、森の中はすでに薄暗くなっていた。レシィが出した魔灯で辺りを照らして見るが、そこにサイの姿はなかった。野営地に放置してあるテントや火の跡は二、三日以上放置されている様子だった。
キットとジェラルドはやれやれと息を付いた。持っていた荷物をどんとテントの近くに置くと、更に奥へと進んでいった。レシィもその後を追った。
そのときだった。前方からまばゆい光が放たれ、それは辺りを照らした。あれほど暗かった森の中がたちまち真っ白になる。昼でもこうは明るくならない。あまりの眩しさに三人は目を眩ませた。
光は程なくして消え、再び辺りは薄暗くなった。
(一体何が――?)
レシィはキットを見ると、キットはジェラルドと顔を見合わせていた。
「あいつ、やりやがった」
「……そのようだ」
どちらの顔も喜色が浮かんでいた。まさか、とレシィは思った。キットはレシィに気付いたようで、首をしゃくった。
「あっちだ。行こう」
「うん!」
キットとレシィは駆けだした。何度も往復した跡のある森の中の道は走りやすく、レシィは胸が躍った。
キットとレシィは足を止めた。前からふらふらと歩いてくるサイを見たからだ。
「サイ!」
「ああ、キット」
サイは二人に気付き、早足で近付いた。近付けば、サイの顔色が疲労に満ちていることがレシィにもわかった。しかし、その顔は先ほどのキットたちと同じように嬉しそうで誇らしげな笑顔だった。
「やったわ! やったの、私! ついに、封印を解いて、あけたの!」
三ヶ月間で初めて見るサイの満面の笑顔に、その言葉にレシィは頬を紅潮させた。
(ようやく! ようやくパパを探せる!)
「サイ先生!」
感極まったレシィの声に、サイは顔をほころばせたまま頷いた。
「ええ。遅くなってごめんなさい」
「ううん。ううん、いいの」
レシィは首を振った。サイがこの三ヶ月間、寝る間も惜しんで遺跡と対峙していたことを知っている。
ジェラルドが悠々とやってきた。サイを見て、一つ頷く。サイは力強く頷き返し、レシィの肩に手を置き、顔をのぞき込んだ。
「今から中を探索しに行くわ。またもう少し時間がかかると思うけど、もうしばらく辛抱してちょうだい」
「え、あ」
レシィは当惑した。キットも僅かに顔をしかめた。
「おい、サイ。今すぐってのは――」
「封印を解くだけで三ヶ月もかかったのよ。ぐずぐずしていられないわ」
「あ。おい、サイ! 待てって」
サイはキットの制止の声を遮り、ジェラルドを押し退けるように野営地の方へ歩きだした。が、数歩歩いたところで唐突に転び、倒れた。――そのまま、立ち上がらなかった。
「ちょ……! サイ先生! 大丈夫!?」
レシィは慌てて駆け寄り、キットはため息まじりにぼやいた。
「少し休んでからじゃないと無理だろ……」
一番近くにいたジェラルドがサイを抱え起こす。軽く揺すっても目を覚ますことはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
私は荒れていた。気付けば、もう誰にも心が許せなくなっていた。死んでしまいたかったが、死んでも何も変わらないことは理解していた。ただ酒を飲んで酩酊し、誰それかまわず乱交し、無駄で無意味な余生をこなしていた。
その夜も、そうだった。
酒場で飲んだくれて、他の客と喧嘩になり。その日はあまりに多勢に無勢で、私は吐瀉物や汚物にまみれて、汚い路地に転がされた。
雨も降っていた。酔った頭が想像する。魔灯の光が届かない場所で、血反吐に飾られ、雨に濡れて倒れ伏している自分の姿を。
すると、諦めていた色々な事が悔しくなり、自分の運命を呪った。涙を流したのもいつぶりだったか。声もなく泣き続け、もう私に残された道は人殺ししかないのだと知った。人を殺せば、どんな殺し方でも女神は私をリュープにしてくれる。存在を消してくれる。
――しかし、踏ん切りがつかなかった。あれだけ人として真っ当でない人生を送ってきた私だが、人殺しになどなりたくなかった。それはとても恐ろしいことだった。
その時、目の前に一人の男がやってきた。聖職者だ。若くて立派な体躯。鮮やかな金の髪が薄暗い路地の中で眩しかった印象がある。精悍な顔立ちの男が、誰も覗かないような裏路地で倒れている私を見つけて起こしてくれた。私は聖職者に訊ねた。人を殺さなければリュープになれないのか、と。彼なら女神のことを人一倍知っているはずだ。
すると、男は真剣な表情で首を横に振った。リュープになるなんて駄目だと。大層大真面目に訴えた。
何も知らない奴が何を言うんだと、私は嘲笑した。すると、男は話してくれと言った。どんな話でも聞こうと言った。また大層真面目に訴えた。泥の中に沈む意識の端で、私は彼の心を捉えて、思わず笑ってしまった気がする。
その言葉の力強さと輝きは今でも忘れない。
◆◇◆◇◆◇◆




