第一話
この世界から逃げ出してしまいたい。ミウはそう思いながら、静かな夜の町を一人で歩いていた。
――本当、クズかよ。死ね。
ミウはある人が言っていた言葉を思い出し、立ち止まった。言われ続け、追い詰められたミウは、自意識過剰というより、幻聴染みたものが聞こえるようになってしまった。だから、自分が生きて良いのか、分からなくなるのだ。
この静かな夜の町は彼女により悲しさを与えてしまう。だからこそ、歩き出せてしまうのだ。
こんな世界なんかで生きたくない。死ねと言うなら死んでやる。愛しき君が望むのなら……。
「何これ……」
目の前には真っ暗な路地があった。奥には提灯が飾られている。
ミウは入ってみようと思い、真っ暗な路地裏に足を踏み入れた。
中に入ると、提灯が一気に光り出した。まるで、ミウを向かい入れているように思える。カーネーションがポツリと飾られてあったり、異様にキレイな石が転がっていた。
歩いていると、目の前の隙間から眩しい光が射していた。ミウはその光に飲み込まれていくように歩いて行った。
気が付くと、目の前には不思議な世界が広がっていた。
見たことがない異質な車、動物みたいな人、翼が生えた人、大きな建物……現実ではあり得ない世界が広がっていたのだ。
「何、ここ……」
ミウは、そんな不思議な世界に目を見張った。興味を持ち、ミウは歩き出した。
海外で見掛けそうな市場があった。ここ一帯全てテントで覆われていた。
「お嬢ちゃん、迷子かいな?」
声を掛けられ、ミウは振り向く。その声の主の容姿にミウは目を丸くした。犬のような顔をした人だった。
「お嬢ちゃん、この世界に迷い込んでしまったのだろ?きっと何かあったんだね」
これあげるよ、そう言われてもらったのはピンクトルマリンの原石だった。岩の隙間に見えるピンク色の宝石がとても美しい。
「迷い込んでしまった子は、あのお城に行けばどうにかしてもらえるよ」
「お城、ですか?」
「うん。国王様が戻してくれるから」
犬顔の人は微笑んだ。その笑顔にミウは安堵する。みんな優しい人だ。
「頑張って行って来な。何があっても悪に屈するな」
「はい!」
犬顔の人の言葉に、ミウは笑顔で大きな声で返事をした。そして、ミウはお城へ歩き出した。
街には、たくさんの異質な人々――人外が歩いていた。ミウはその道を必死に掻き分けていると、急に目の前に人が居なくなった。
人々は誰かに道を示すように避けていた。ミウはそんな様子に首を傾げていると、同い年くらいの少年が泣きながら走っていた。
「何で、もうヤダ!国王の息子なんてやってられるか!」
あれが国王の息子なのか。それにしては、不良の範囲に匹敵しそうなくらいの性格だ。普通に反抗する男の子という感じなのか。
すると、その少年はミウに突進して来た。ミウはその拍子に倒れた。気が付いた少年は、かなり戸惑っていた。
「あっ……ごめんなさい!」
少年はおどおどしながら言った。ミウはそんな少年に微笑む。
「大丈夫です」
「ふぅ、良かった」
その少年の顔を見た瞬間、ミウは目を見開いた。なぜならば、ある人と瓜二つだったのだ。
「スバル様!早くお帰りくだ……まさか、被害を与えてしまったのですか?」
執事のような人の言葉にミウはさらに拍子抜けした。まさか、そんな偶然があるのか、と。
「ヤダね!あんな俺に似合わない城に帰るもんか!」
スバルという少年は、なぜかミウの手を掴んで走り出す。
「えっ!」
ミウはスバルの我が儘に巻き込まれていることは分かっていた。つまり、私は被害者みたいな者だ。やはりスバルは名前も顔もあの人と一緒なのだ。
――本当、気持ち悪い。マジで死ねよ。
彼はこの世界の住民であり、全くの別人なのだろう。容姿も名前も一緒なのは、きっと何かの偶然なのだろう。
ミウはスバルに走らされて、数分は経っただろう。どこかの森に来ていた。人影が見えないところでやっと止まった。ミウはクタクタで、その場に座った。
「ごめんね、巻き込んじゃって」
「大丈夫です……」
「本当にごめんね。でも、敬語じゃなくて良いよ。権力は気にしないで」
ミウはクタクタで答えることも出来ず、静かに頷くことしか出来なかった。
「水なら魔法で出せるよ。ほら」
スバルは魔法で水筒を出し、ミウに渡した。ミウは水をゴクゴクと飲み込んだ。少し落ち着いたようだ。
「私はミウ。貴方は?」
「俺はスバル。国王の息子だ」
「ここどこ?」
スバルの話よると、ここはスサッカーリー王国と呼ばれ、スサッカーリー王族がこの世界を動かしている。スバルもそのスサッカーリー王族の一人らしい。
「ミウはどうしてこの世界に居るの?見るからに迷い込んだ人間だよね」
「私は逃走してきたの」
ミウは学校で先輩達にいじめられていた。町ですれ違っただけなのにストーカーだと罵られ、生きることが億劫になってしまったのだ。この世界から逃げ出したいと思った末、本当に逃げ出せてしまったのだ。
スバルはその先輩と瓜二つだ。名前も、容姿も……。ミウは一緒に居るのが辛いのだ。
「そりゃ酷いね。俺とそっくりってなんかヤダ」
彼はそんなことを言って笑っていた。ミウも自ずと笑えるようになった。
「ちなみに年齢は?私は14だよ」
「えっ、俺は15。もう一人のスバルと一緒なのかよ」
二人で顔を見合わせて笑っていた。久しぶりに心から笑えた気がするのだった。