ふざけた男はヤンデレ男
「まったく、凄腕諜報員だからって、手癖が悪すぎるわ。指示に従わなかったら、次はないわよ」
LAにあるホテルの、パーティー会場のスピーカーから聞こえてくる女の声に、会合で集まっていた秘密工作員たちと潜入捜査員たちが歯噛みする。
本来なら同僚ですら作戦でしか顔を合わせることのない彼らが一堂に会していたのは、彼らが引退間際だからだった。
その会合を開くのにあたり、互いの組織とは無縁の民間施設が選ばれた。立食パーティー形式で引退した後の予定を語り合うにはふさわしい選択だった。
そこを何者かに襲撃された。何の変哲もない金融業界の早期退職者の懇談会を装っていたのに。
ビル全体がコントロール下におかれ、会合の参加者以外は既に解放されている。彼らだけが狙われ、こうして人質となっている。
だからといって、彼らもただの人質ではなかった。
命の危険と隣り合わせの日々を送っていた彼らだ。こんなテロリストの言いなりになるはずもなく、自力で脱出しようとしたり、ビルの制御室にいるテロリストの撃退を試みた。
その結果、冒頭に戻る。
特殊工作をしていたことなど知られていないと思った参加者たちは、テロリストが自分たちの仕事を把握していることを知ると、何の件で恨んだ誰が黒幕なのかと必死に思い出そうとする。この場にいる全員が関与している作戦はなく、個々の件で煮え湯を飲まされた者たちが手を組まない限り、全員が標的になる可能性はなかった。
「次の指示はこれよ。このリスト通りの組み合わせでダンスを踊ってもらうわ」
壇上に映し出されたリストに参加者たちは戦慄した。
参加者の中には超高級住宅地で生まれ育ったボストン貴族たちもいて、テレビや雑誌で名前と顔が知れ渡っているものもいる。
しかし、ボストン貴族のような特別な場所で情報収集をしたり、諜報員を潜り込ませてくれる協力者以外の名前も書かれていたのだ。
その数二十人弱。
秘密工作員や潜入捜査官の安全の観点から伏せられているはずの名前が何故か調べ上げられていた。
個々が恨まれた結果、狙われたと考えていた仮説は崩れた。
「リストにない者はこっちを手伝ってもらうから、制御室に来て」
リストに名前のなかった者たちが移動する。彼らは秘密工作員や潜入捜査員としては若手だったり、重要ではない者たちだった。
顔見知りばかりではないとはいえないので、移動する若者たちを見て、残された参加者たちは残った者たちが熟練の諜報員ばかりだと察した。
誰が何の為にこんなことを?
パーティー会場に残された諜報員たちはテロリストの女やそれを雇った黒幕について考えを巡らせていた。
エアコンから何かが噴出していることなど気付くはずもなかった。
◇◆◇◇
リストに名前のなかった参加者たちはビルの制御室までやってきた。
テロリストが監視カメラで移動を監視しているから、寄り道や不審な行動はとれない。大人しくやって来た彼らにテロリストの女は微笑んで見せる。
「やれば悪戯しない、いい子になれるじゃない」
そう言われても、嬉しくはない。
パーティー会場に残された参加者たちは凄腕の諜報員たちと重要な協力者たちだ。諜報員同士は通称名でしか知らなかったが、有名な諜報員の名前ばかりだった。
「リンゼイ。この子たちの指示をして」
テロリストが一人だけだと思っていた参加者たちは驚いた。参加者たちが入ってきたドアから、一人の男が入ってきたからだ。
その上、入ってきた男は諜報員の中では凄腕で有名な男だった。
「なんで、あなたが・・・?」
こいつが裏切り者?
「そいつはクローンだから、あんたたちの知ってるリンゼイじゃないわよ」
「オリジナルじゃなくて、残念だったな~。で、何をしたらいいんだ?」
飄々とした態度で呆気に取られている諜報員たちに声をかけた後、男はテロリストに気軽に声をかけた。
「まずはこの子たちが危ないものを持っていないか検査して。その後は彼らにダンスを教えに行ってあげて」
「オーケー。身体検査にダンスだな」
「ダンスくらいは知っているだろうけど、素直にしてくれるとは思えないもの。しっかり躍らせてあげて」
「オーケー」
テロリストが何度もダンスを念押すので、諜報員たちはそれがただのダンスではないことを知った。”ダンス”という名の何かをさせられるのか、それをおこなうように手伝わされる恐れで、身体が強張る。
男は諜報員たちの様子にかまわず、淡々と身体検査をおこなう。隠し持っていた武器は次々とテロリストの向こうに放り投げられ、心もとなくなっていく。隠しカメラや仕込みニードルなどのペンやカフス、時計などは容赦なく引きちぎられ、ベルトだけは取られずにすんだという状態だ。
「オーケー。無力化完了~。ご褒美ちょうだいよ~」
いくらクローンだと言われても、オリジナルである凄腕の諜報員も軽い性格で、同じように軽い口調で話すので、男を知っているものにはクローンには見えなかった。
「まったく・・・キスだけよ」
「はいはい。ケチだな~」
「いらないならそれでもいいのよ」
テロリストに軽く口付けて男は手をひらひらとさせる。
「ほら、行くぞ~」
どう見ても、クローンとは思えない。
リンゼイ・ウェントワースという男は軽い性格で女にだらしなく、ついでに雇い主や組織を裏切りまくる裏切りのスペシャリストだ。それでも国の各機関が彼を使い続けるのは、それを抜きにしてでも使いたいほどの諜報員で、一応、アメリカ国民としての愛国心の欠片はあるらしく、他国に雇われてもアメリカの重要な機密を漏らしていないから二重スパイや三重スパイの部分は目をつぶっているのだ。
だが、リンゼイ・ウェントワースに忠誠心というものは欠片もなかった。
仕事はできても気軽に裏切る女好きの男。
それがリンゼイ・ウェントワースという男だった。
性格は後天的な要素で決まると言われているが、クローンですらその軽薄すぎる性格が受け継がれているところをみると、それはガセらしい。
リンゼイに連れられてビルの制御室を出た諜報員たちの一人が仲間に小声で話しかける。
「いい。会場にいる女は見ちゃ、駄目」
「え?」
言葉を聞き返す仲間に女諜報員は深刻な表情で告げる。
「女好きなあいつは自分の女に手を出されたら、容赦なく殺しに来るから」
「ええ?」
「前に仕事が被った時があったんだけど、あいつの女にコナかけた男を殺しかけて、女の仲裁でどうにか止めることができたのよ」
「まさか、会場に奴の女が?」
「いないとは限らないし、目を付けていた女に手を出されても、同じことするかもしれない」
女諜報員は実際に現場にいたので、リンゼイ・ウェントワースの女が誰かも知っている。
しかし、リンゼイ・ウェントワースが怖いので、それが誰か口にすることはない。
目の前のリンゼイがリンゼイ・ウェントワースじゃなかったとしても、同じような性格なら、同じようなことをするに決まっている。
「まさか、」
「そのまさかだぞ。俺が目を付けた女に手を出そうとしたら許さないからな」
どうやら、既に会場に目を付けた女がいるらしい。
諜報員たちは命を盾に言うことを聞かせられているという状況なのに、あまりにもオリジナルのリンゼイ・ウェントワースのようなクローンのセリフに呆れてしまった。
◇◇◆◇
会場のドアが開かれ、リストで指定されていた相手と踊っていたチェリーの脚がぎこちなくなった。持ち前の運動神経と精神力でわずかに乱れた程度に抑えたが、動揺は隠しきれない。
音楽もない状態で延々と踊らされていたおかげで、部屋に近付いてくる気配にはすぐに気付いた。
何が起こるのかと、ダンスのパートナーと共に警戒していたが、新たに登場した人物にチェリーは動揺させられた。
なんで、リンゼイがこんなところに?!
言い寄ってきた同僚の諜報員を作戦中に殺しかけた記憶は忘れるには新しすぎる記憶だ。
テロリストの指示とはいえ、別の男とダンスを踊っていることでまた何かしでかさないか心配するほうが、何の目的でリンゼイがここに現れたのかよりもチェリーの頭を悩ませた。
リンゼイ・ウェントワースとはそういう男だ。
ダンスの指示を受けていない諜報員たちと一緒にやってきたことなど、ヤンデレ男のしでかすことと比べれば心配事にはならない。
チェリーが目の前に現れたリンゼイがクローンであることを知らないのだから、そう考えても仕方がない。
ダンスのパートナーもチェリーの様子に気付いているが、巧みなリードをしてくれるおかげで傍目からは普通に踊っているように見える。
ダンスをさせられている他の諜報員たちの足も止まっていない。
パーティー会場全体が人形たちが踊っているオルゴールのように見える。
「は~い。そのまま、そのまま。踊って踊って。じゃ、お前たちは会場の四隅に立って、踊っているのを見張っておけ」
リンゼイ・ウェントワースのクローンはダンスを指示されていない諜報員たちに指示を出すと、踊っている諜報員たちの間を縫うように歩いて、チェリーに近付いてくる。
「よお。パートナー交代だ」
「・・・?」
訝しむダンスパートナーを押しのけ、リンゼイは強引にチェリーの手をつかむ。
二人の関係は公にはしていない。二人が諜報員を引退するまでは、互いの仕事の関係上、どうしても弱点に捉えられてしまう為、同じ部署のメンバーの中でも親しい人間にしか言えずにいた。
それをこんな形で知らしめる意味がわからない。
「近くで見たら、ますますいいね~。ちょっと抜け出さない? どう?」
「!!」
こんな時にそんなことをよく言える! とチェリーは思ったものの、今は初対面のふりをされているので、気安く接するわけにはいかないと思い直した。
「ええ、そうね」
色よい返事を返してやれば、リンゼイは楽しげに笑う。
「リンゼイ!! 何、勝手なことしてるの?!」
スピーカーからテロリストが怒っている声がするが、リンゼイは顔色一つ変えずにへらへらと笑う。
「ちょっと息抜き、息抜き。遊べるうちに遊ばなきゃ」
監視カメラに向かってそう言って、チェリーの背中を押して会場の出入り口に向かう。
「リンゼイ!! クローンの分際で命令に従わないつもり?!」
「クローンだって人間だぜ? オリジナルじゃないから人間じゃないなんて、クローン差別だ。クローン差別はんた~い!」
テロリストとリンゼイの遣り取りを聞いたチェリーは目を見張った。
「クローン?!」
いくらクローン技術が進歩したとはいえ、実際に使われてできたクローン人間と話したことのないことと、恋人だと思っていたのがそのクローンだと知ったチェリーは驚いた。
ダンスをさせられていた諜報員たちも驚きの声を上げて、ダンスを中断する。
ざわめく諜報員たちとリンゼイと諜報員たちへの指示を叫ぶテロリストのことなど、チェリーの脳裏から追い出された。
「可愛い子ちゃんもクローン差別する?」
軽い口調だがリンゼイの目には剣呑な光が宿っている。
「そんなことしないけど・・・本当にクローンなの?」
「クローンに見えない?」
「見えないわ」
どう見ても、リンゼイ本人だわ。
「じゃあ、すぐに確かめに行こう!」
「確かめるって?」
「俺が本当に人間かどうかに決まっているだろ? 見られてするのは趣味じゃないし、部屋に入るには時間がかかる」
会場から連れ出されたチェリーは化粧室に連れ込まれる。
その思考回路にこれはクローンじゃなくて、リンゼイ・ウェントワース本人じゃないかとチェリーは思った。
リンゼイ・ウェントワースは恋人にそう思われても仕方がない男だった。
だが、化粧室に一歩入ると、リンゼイは入り口のドアをぴっちり閉めて、ズボンのポケットから紙切れを取り出す。
「通風孔の見取り図だ。それを使ってビルの制御室まで行け。指示出し女を制圧後、ホテル内にいる実行部隊の制圧に移行してくれ」
「リンゼイ。あなたやっぱり・・・」
「あったり前だろ。こんな魅力たっぷりな俺が二人いてたまるかよ。ホテル内にいる人間は俺以外皆テロリストだと思え。あと、支援は期待するな。人質の解放も最後だ。あの中にテロリストの仲間がいるかもしれない」
「わかったわ」
人質としてホテル内に残されているのは、会合に参加していた諜報員たちだけ。それ以外でホテル内に残っているのは、テロリストたちだけだ。
人質として残されている仲間のはずの諜報員たちも全面的に信じられるとは限らない。リンゼイのような裏切り者や二重スパイの可能性がある。
リンゼイはリンゼイ以外は敵と見なして制圧対象であると伝えた後、チェリーに必要だと思われる装備をいくつか渡し、彼女を肩車して通風孔の蓋を外させ、その中に押し込んだ。
「それじゃ、また」
「後でな」
◇◇◇◆
一仕事を終えて、リンゼイとチェリーは郊外にあるリンゼイの家に帰ってきた。
チェリーはまだ諜報員を引退していないが、もう引退が決まっているし、これからは子どもと一緒にいる時間も増えるだろう。
でも今は、最悪な一日がようやく終わり、ベッドが二人を呼んでいる。
「おかえりー!!」
開けたドアをチェリーはすぐに閉めた。
見てはいけないものを見てしまった。
リンゼイはここで腰に手を回している。
じゃあ、あの家にいたのは?
子どもはまだ乳児だし、あれは誰?
リンゼイの双子の兄弟?
「ひどいな~。見たくなかったものを見てしまったみたいにドアを閉めるなんて~」
家の中にいたリンゼイはドアを開けて苦情を申し立てる。
「お前は少し黙ってろ」
家の外にいるリンゼイはドアを勢いよく閉めた。
「リンゼイ、あれって・・・」
「あ~、なんだ~・・・。あれは所謂、俺のクローンで・・・」
「クローンって、本当にいたの?!」
「作られたみたいでさ、行くとこがないから連れて来てしまったわけだ」
「ええ?!!」
ドアが開かれる。
「話は終わった? 食事できているから、早く食べてくれよ」
家の中にいたリンゼイが家の中に入ることをせっつく。
「食事作ったの? カップ麺すら作れないリンゼイが料理?」
「クローンは俺とは別人だ」
「クローンのほうが有能そう」
「よし。俺は一人でいいから、お前は死ね」
「ちょ、ちょっ――!!」
家の中にいたリンゼイの首に腕を回すリンゼイをチェリーが止める。
「冗談だから、そんなことしないで! お願い!」
諜報員を引退しても、ヤンデレな恋人のいるチェリーの生活はスリリングなままだ。
本日、見た夢です。
ゲームか映画の第三弾らしいです。
第一弾は二人の出会った話で、第二弾はチェリーが同僚にコナを掛けられてリンゼイが殺そうとした話らしいです。
会場に撒かれていたのは睡眠薬らしいです。
ダンスさせていたのは、睡眠薬を早く効かせるためらしいです。
夢で見た内容が90%なので、辻褄が合っているかどうかは微妙です。