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百合が丘学園物語  作者: みなみのしまのみなみ
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1年A組 若草れいな

今日もけだるい体を引っ張るように登校する。

昨日は夜勤のバイトに入っていたため一睡も出来ていない。

そんな状態で学校に来てやっただけ感謝してほしいものだ。

しかし明るい茶髪にこだわりの巻き髪、スカートを三重にも曲げた私の見てくれで教師達は”どうせ遊んでいたのだろう”と呆れた目ですれ違う。


もちろん私だって勘違いされたくなんかない。

でもこれは私のアイデンティティというやつだ。誰にも邪魔されたくない。

それに家の事情で夜中にアルバイトをしている、なんて申告した(のち)噂が広まり同情されるのはごめんだ。


私の母は生まれつき体が弱い。父は単身赴任で長崎にいる。

おまけに中学生の弟まで居るものだから父が居ない間は必然的に私が一家の大黒柱になってやっている。

それを不幸だと思った事なんて一度も無いが、やはり高校生と言う身分で生活するうえで最も重要となるのが人付き合い。

所属していたグループの友人からの誘いには一度も顔を出せた事がなく、なんとなく居辛いのでどちらともなく距離が出来てしまった。


そんな私が授業途中に教室に入って声を掛ける人物は先生くらいしかいない。

「おい若草~また遅刻か!後で遅刻届提出するようにな」

「はーい、わかりました~」


クラスメイトは数名がチラチラとこちらを見るだけで目が合うとすぐに逸らされる。

反応からするにおそらく私は怖がられているのだろう。

それもそうだ。校則破りの見た目に毎日のように遅刻してくる人間なんていわゆるヤンキーだ。

心のどこかで寂しさを感じなくも無いが仕方ないと言えば仕方ない。

徹夜明けの私の思考はそんな曖昧な感情で自分を押さえつけるのに精一杯だ。



「ばいばーい」「また明日!」「ねえ雪菜この後カラオケ行かない?」「いいじゃん行こ」

無事すべての授業を終えようやく長い一日が終わった。クラスメイトが思い思いのさよならをする姿を遠巻きに眺めながら頬杖を付く。

今日は珍しくバイトも無いので帰りにスーパーにでも寄って明日からの夕食の作り置きを仕込もう。

帰りのバスまであと30分ほど時間があるし15分だけこのまま寝ようかな。


...辺りが暗い。

反射的にスマホで時間を確認する。

ー19:30-

やばい。15分だけ寝るつもりが1時間半寝てしまっていた。

普通に考えると徹夜明けの人間が15分で起きれるはずが無い、そんな事実に1時間半寝てすっきりした今更気づいても意味が無い。


気が動転する。

母は今朝も辛そうだった。だが私がこんな時間まで帰って来ないとなると母も弟もお腹をすかせているだろうし、母がきつい体を起こして料理を作る事になるんじゃないか。

どうしよう、私のせいだ...。


薄暗く誰も居ない教室で意図せず涙が溢れてきた。


一度涙腺が緩むと閉じ込めてた感情が全部流れてきてさらに涙を誘う。

本当は放課後友達とカラオケに行ってみたかった。

本当は教室に入った時、遅すぎ~なんて言って笑ってくれる友達を無くしたくなかった。

本当は先生達に自分の今の境遇を知って欲しいし不真面目な人間だなんて勘違いされたくなかった。

本当は遊びほうけている同級生に比べて自分は不幸なんじゃないかと考えてしまう事もある。

本当は久しぶりに母の作った料理が食べたい。

本当は...本当は...「どうしたの?」


顔を上げるとそこには透き通るような印象の綺麗な黒いポニーテールの女の子が立っていた。こんな時間まで残っているなんて部活動生だろうか。はたまた生徒会役員だろうか。

どちらにせよ誰にも見せた事のない情けない姿を見られてしまった事に対する羞恥心が溢れ出す。


「あ、いや何でもないよ~ちょっと思い出し泣き?ってか、この前見た映画まじ泣けたんだよね」


自分でも呆れるほど不恰好な言い訳だった。


「ふうん」


そう言って彼女は隣の席に腰を下ろした。彼女の不可解な行動につい、じっと見つめてしまう。

その視線に気づいた彼女は怖がる事もなくおかしそうに笑って口を開いた。


「そんなに警戒しないでよ。私ね1年B組の西園寺(さいおんじ)(はな)っていうの。一応生徒会長なんだけど...知らない?」

「あーごめん、私あんまり全校集会とか出れてないからさ。」

「ふふ、知ってるよ。若草れいなちゃんでしょ。きみ、何かと目立っているからさ。」

「え、なにそれ。私ってそんなに悪い噂たってたりするの?」

「ううん、そうじゃなくて。目立ってるって言うよりも私が個人的に目で追いかけてるって言い方のほうが正しいのかな。」


変な意味じゃないと分かっていてもこんな美人に告白じみた事を言われると少し照れてしまうが、それを悟られないよう会話を続ける。


「華ちゃんってなんか変わった事言うね。」

「えーきみほどじゃないよ。」

「てかそのきみって言うのやめてよ、別にれいなとかでいいから。」

「あれ、なんか少しは警戒解いてくれた?ありがとう、れいな。」

「わざとらしく呼ばないでよ。」

「ところでれいな、さっきなんで泣いてたのか聞いてもいいかな?」

「あっ!!!そうだった!やばい、ごめんちょっと急ぐからまた今度話し聞いて!」


またバスに乗り遅れるところだった。危機一髪。

そう思い教室のドアを開け出て行こうと足を急かす。


「れいな、また明日」

「! うん、またね」


人とお別れの挨拶をするのなんていつぶりだろうか。また明日、という言葉がこんなにくすぐったいものだなんて知らなかった。

私は緩みそうになる口元を必死に保ちながらバス停に向かって走り出した。

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