特別編 血祭りが始まるまでに僕が準備したこと(川瀬千裕(偽)さんの場合)
今回は、特別編として第736回『この世で地獄祭り』での裏話をさせて頂きます。
あ、夏のホラー2009参加作品《僕の害虫駆除の仕方〜血祭り編〜》の視点を変えたバージョンと言えばいいでしょうか……補足といいますか……はっきり言ってここを知らない方がみたらつまらなくね? という理由でカットした部分です。
あれだけ派手な惨劇なのですから……没案も沢山ありましたし、ね。もったいないので載せてしまおうと思ったのです。
長い前文はここまで。
では、ゆっくりとお楽しみください。
これはすべて悪意の連鎖からの始まりだった。
「ん〜、派手に殺っているな〜、先輩」
オペラグラスを片手に高みの見物を決め込んだ、千裕がそこにいた。
特等席――現場近くの電柱にて激しく燃え盛る炎の奥の光景に身体が震える。
非力な自分ではここまで派手なことは出来ない。それにじわじわターゲットを甚振るのが自分の流儀。少し獲物がとられて残念であったが……。
「これはこれでくるものがあるね」
大きな音が聞こえる。
千裕の視界がすべて光と赤に染まった。
「ひゅ〜」
口笛を吹く。
どうやら誰かがプロパンガスに火をつけたのか?
それとも灯油とガソリンを混ぜて密閉で爆発させたか?
爆心地から離れていたためか木っ端微塵にはならなかったが……プラスチックの破片によってざくろのように割れた頭の人間が千裕の真下の電柱に寄りかかってきた。
間欠泉のように鮮血が流れ出でている。全身が痙攣していて……それでもまだ、死にたくないと、少女のその瞳は訴えていた。
「でも、死ぬんだろうな」
客観的に見て。
だって、怒らせてしまったのだから、あの先輩を。
自分たちの仲間の中では狂気に取り付かれてしまったとか……ああ、気に入った人間に対して害になるものはすべて排除する先輩。
炎のような獰猛さと、氷のような冷酷さが合わさった魔神。
「こっちも危うく地雷踏むところだったからな……獲物を素直に明け渡すだけですんでよかった、よかった」
特等席も得られたし。
かつて目をつけていた獲物を嬲られるシーンをまだかまだかと千裕は待ち望んでいた。
どんな風に壊すのだろう。身体を、心を……想像するだけでうっとりする。
悲鳴と嗚咽、破裂音が囃し立てるこの祭りの会場で、魔神の慰め者として最も光栄かつ望外の幸運をもった人間が。
まぁ、すぐには死なないだろう。なんだかんだ鍛えていたからね、体。ただ、スポーツマンの優れた精神力を持たずに下劣な行為を繰り返した哀れで卑しい……うちの中学の柔道部部長源城院麗鳴。
名前負けもいいところだったな……クラスメイトだった少女を千裕はただただ邪悪な宴の締めくくりを楽しむ観客として眺めていた。
「やれやれ、ひどいね。せっかく瀬良さんの遺体も持ってきてあげたのに、対面せずに逃げ出して」
魔神のマントの奥には四肢のない肉体。
「あ、でもこれは瀬良の魂のない抜け殻。正確には本人ではないからね……こんな出来損ないの人形に瀬良さんというのは失礼だよね」
千裕はそのときホッとした。
瀬良という少女の魂にこんな惨劇の場に相応しくないと思っていたから。
これで、いい。
あんな薄汚い害虫に彼女の尊い魂をこれ以上犯されるのは考えただけで身震いがする。
仲間内から性格が悪いと評価されているものの、千裕だってそれなりに好きな人間のタイプはいる。
だからこそ、汚れるのは自分でいい、とも……半分以上趣味が入っているけど。
今回のことで一つだけ千裕は後悔していることがある。
それは……柳原瀬良を死なせてしまったこと。
一週間前。
某県M市病院の霊安室にて。
得意のピッキングで千裕はその場にいた。目にするのは級友の遺体。
……といっても臓器や使えるところをすべて根こそぎ剥がされた人間の死体。
「ん〜、あの先公のせいで調子くるってしまったな」
本来だったら、千裕がこうなるはずだったのだ。
自分は人間に似せてあるが、これぐらいのことであの世に逝けるわけがない。
「で、僕の臓器を持つ奴らがその後、懐中電灯を頭にくくりつけて、家宝の刀やら猟銃をもってここに討ちいりに行って……この事件が表立ってマスコミと世間によってたたかれこの源城院家の大病院が経営破たんするっていう筋書きだったんだけどな……」
まさか、級友柳原瀬良が亡くなってしまうとは……。
「成仏しろよ。この世に恨みで戻ってきても死霊になって永遠に限りなく近い時間苦しむはめになるよ」
別に、瀬良の事、嫌いではなかった。
むしろ好感がもてたな……。
僕は自分だけは違うとか本当の問題に向き合えず刹那な快楽を貪るために平気で人を傷つける輩、それを生み出すきっかけを作った者たちを長い時間じわじわと追い詰め、まとめて壊すのが好みであって、瀬良のようなちょっと鈍くさい……いや、違うな。生き方が少し不器用なだけで思いやりのある子をただただいたぶる趣味はない。
人間的に好みの子は一緒に遊ぶ方がいいもんな……。
ふと、友の中で人間に熱をあげていたものを思い出す。
囲う者もいれば遠くから見守る者。
愛し方はそれぞれであるが、悲劇的な結末だろうと、想いは宝石。
大切に、愛でるように……宝箱の中から時々取り出しては思いに耽っていた。
何十年も、何百年も。
現在進行形で大切なものだからこそ、それを傷つけようとするとひどい報復が待っているが常だけど。
頭では理解しているけど。
あ、身体でもか。
前、散々な目にあったからな〜。人間だったら何万回死んだことやら。蘆花の仲裁でなんとか収まったけど……もう、ごめんだね。
友の大切なものにちょっかいを出すの。
「それにしても……本当にひどいよな……」
一部始終を知っている身なので思わず級友に同情してしまう……瀬良の死。
正式には脳死。
事故による……いや、あれを事故と片付けるとはなんとも痛ましい。
だって、瀬良は、この子が所属していた柔道部は……日常的に瀬良に暴行を加えていた。
テストの点数が悪かったとか、先公むかつくとか……はっきりいって瀬良が問題でないのに、サンドバックのように痛めつけていた。
無論、千裕も被害にあっていた。だから、源城院麗鳴による脳にまで及ぶ大きな衝撃を受ける運命で人間の体でいう脳死に近いものを演出し、臓器を搬送してもらおうかと思っていた。
計画通りに。
だが、少しタイミングがずれた。
脳死になるきっかけの打撃を受けたのが目の前の死体。
しかも、ほぼ日常的に行っていた源城院麗鳴とその他の部員たちの瀬良に対する虐待を隠すために、低体温療法もバルビタール療法(脳代謝を低下させることで脳を保護し、同時に脳主張を軽減、頭蓋内圧を低下させるための治療法)もしないで切り刻んだのだ、瀬良の身体を。
瀬良の臓器提供カードを勝手に捏造、両親を説得。
使える新鮮な臓器と皮膚は根こそぎ奪い、虐待の痕跡を消す。
一族揃ってなにやっているのか……しかもこれ、虐待なのに、麗鳴の年齢とか将来性を考えて悪くてもイジメごときに済まされて。それに結局部活中の事故として処理された。
事故なら仕方がないと学校まで……そう口あわせ。そして、病院で健康な臓器を待っているひとに生きる希望を与えましたとさ、めでたし、めでたし……。
「めでたくねー! はっきりいって怖くね? 人間怖くね?」
餓鬼か、ここは餓鬼の群れの巣か?
瀬良だって、ちゃんとした治療を受けていれば助かったんだぞ、つうか、助けただろうな、僕。
だって、瀬良は関係ないもの、僕の獲物的な意味で。
関係ない人間が死ぬって僕ルール的に違反しているんだぞ、ゴラァァアアアア!
はぁはぁ……、興奮して息が……。
どんなに怒りをぶつけても死んでしまったらすべて後の祭り。
僕はこの柳原瀬良の死を受け入れなければならない。
「ごめんね……」
僕が、源城院麗鳴を狙わなければ、もしかしたら……。
人間に対して後悔することは少ない千裕が珍しく憂いの目で瀬良のまだ皮膚が残っている頬に触れたときだった。
「それは、真か?」
声がする。
千裕たちと変わらない歳だろうが、大人の声になりきれていない、未熟だが、雲雀のように美しい声が響いたのが。
霊安室で。
消灯時間が既にすぎ、なんびとたりともここには入れないはずなのに。
そして、千裕にとっては聞き覚えのあるものだった。
「せ、先輩……」
禍々しく、滲み出る闘気はどす黒い魔神が瀬良の遺体に丁度真上に浮かんでいた。
相変わらず、暗黒色の厳つい鎧に銀色の仮面、そして緋色のマントというファンタジーではありがちな敵役の配色をしている。
「なぁ、道化師よ。おまえは素直に僕の質問に答えるのだ。そして……僕に譲渡してくれるだろうね?」
何も聞かずに。
源城院麗鳴の殺生権を!
この町一帯を地獄絵図に変えてくやるぅうっぅぅううううう!
源城院家はこのM市では絶対権力を持っている一族だった。
なぜ、そういいきれるか?
それは簡単だ。病院を経営していることも強みの一つだが、町の税収の6割が源城院家とその関連企業が賄っているのだ。更に言えば有権者の2割近くがその社員である。選挙で選ばれた首長であっても源城印家が機嫌を損ねれば、それだけの税収と雇用が失われかねない。
だからこそ図に乗る連中が多く、今回のような悲惨な事件はなかったにしろいろいろ裏ではやっていた。
それを速攻でレポート形式にして千裕は魔神に手渡すと、やはりなと、ほくそえみ……柳原瀬良の死体ごと持ち去っていった。
「あの、先輩?」
遺体持っていってどうする気ですか、て、今の世の中そんなことしたら騒がれるだけで……。
「……しかたがない。替え玉を用意するか……」
人間の遺体を複製できる友に事情を話してこの場を何とか乗り切ったのだった。
それから一週間の間。
クラスメイトの死でこちらのほうは葬儀や、メンタル的なケアに没頭する先生の姿を思い出す。
大人の世界でカタがついた瀬良の死であるが、現場は違う。誰だって想像できたのだ、瀬良がイジメによって殺されたということ。ただ、噂程度として巧みな情報操作で消されようとしていたけど……。
天と地は誤魔化せない。
そして、『快感☆悪人逝き尽くし』から第736回『害虫皆殺し祭り』を開催地が決定された。
ここ、M市一帯を……。
「……」
校舎のほとんど硝子は割れ、あちこちに散らばる肉片と、血液。どこから沸いて出てきたのか知らないが蛆虫までも豊富な餌に嬉々として貪りつく。
千裕もそこら辺に転がっている手のつけられないぐらい損壊した肉体だったが、今はもう四肢がくっつき、いやな方向に曲がりくねっていた体が正常に戻っている。
あとは、足りない血を供給すればいい。
源城院麗鳴の取り巻きの一人だったか……運悪く、いやこれからのことを考えれば運良くこれ以上の惨劇を見られずにすんだ、崩れたコンクリートの壁で圧死し逝った柔道部部員の腕部分を引きちぎって赤い液体を啜る。
腕だけなのは他のところはすべてコンクリートに埋まっていて掘り起こすのが面倒だからである。
子悪党のものだからそんなに美味しいわけでもないが今はただだるい身体を癒す最高の薬としてぺちゃぺちゃと舐めとる。
「さすが先輩、やることでかい」
天災を引き起こし、まずこの手抜き工事で作られた学校を崩壊させるなんて。
「工事の関係者は源城院の配下だからっていっても、飛ばしすぎ」
この一手だけでも源城院家をマスコミにたたき上げるのに十分な要素であるが……。
「まったく……先輩だけは敵にまわしたくないな」
それこそ何億回も殺されるところだろう。
ただの気味の悪いオブジェと変貌したものを捨て去り、千裕はかばんの中に入れていたオペラグラスを取り出す。
「さってと、特等席に移動しますか」
軽やかに、鼻歌交じりに崩壊した校舎を千裕は後にした。
そして死の狂宴が始まる。
千裕の眼の真下で。
挙げた手からターゲットを指差すと処刑人形が動き出す。
魔神の禍々しいオーラを当てられた瀬良の躯はまず、右手があった場所の肉がダラリと垂らし、削り研ぎ澄ませた白骨をむき出しにする。
そして馬乗りになって、自身の白骨のナイフを麗鳴の肺に突き刺した。
そして次に傷口に大量の蛆虫を送り込む。あの蛆虫、教室でも見かけたが、おそらく地獄で魔神が培養している蝿の王の一部だろう。あいつらなら生きた肉でも食い殺すようにできているからな。
目を剥き、悲鳴をあげるのも困難な身体で麗鳴が泣き叫ぶ。
そこには教室で見ていたわがままで傲慢なお嬢様の姿はない。魔神によって痛めつけられる非力な人間だ。
魔神のオーラによって凶悪化した虫は瀬良の肉を食いちぎると共に麗鳴の新鮮な肉も獰猛に喰らいつく。
「ハハハハハ。どうだい、生きながら喰われるのって。辛い? 苦しい? どうしてすんなりと殺してくれないのかって? 僕だってたまには狂い死にする人間が見たくなるもの」
だから、もっと泣き叫べ。
懺悔しろ。
自分が生まれてきてしまったことに。
麗鳴の流す最後の涙も、蛆虫によって穢されていく……。
くつくつと愉快に腹を抱えながら笑う魔神。
汚物に塗れ、軋む筋肉と喰われていく恐怖に、骨が砕けるような激痛を味わう、麗鳴。
……電柱に寄りかかる半分骨になりつつも蛆虫によって喰われ続ける、腐った醜い二体の躯はこうして出来上がったのだった。
「は〜、ひさしぶりに遊んだ、遊んだ〜♪ あ〜、千裕、ここにいたんだ〜」
千裕は電柱に立っていたのだから当然なのだが。
千裕の存在に気がつかないほど夢中になっていたのだろう。
「先輩、本当に凄いです。眼福でした」
うっとりといい物を見せてもらったと千裕は魔神がプロデュースした祭り賞賛する。
「まぁね。千裕から譲ってもらった殺生権……使ったからにはこれぐらいのことをしないとギャラリーとして納得できないだろ?」
「そうですけど……それにしてもこの市一帯を滅亡させなくてもよかったのでは?」
「ん〜、そうはいかないよ。こういうことはすべてを闇に葬らないとどこから嗅ぎつけられるかわからないものだよ。千裕が考えていた初期案もそういうノリだっただろ?」
“イジメで虐待死させられた中学生の臓器をもつ人間が病院を襲う”
「それだと、僕の友達の従兄弟もその一座に入ってしまうからさ〜、悪いじゃん、情操教育上に」
友達の心の安定のために、魔神はここで起きた悲劇を闇に葬ることにした。
そのために、大きな、大きな恐怖を撒き散らし、上塗りする。
「ここまですれば証拠になる書類もすべてあの雲の上に行くでしょうね……」
燃え盛る病院。
瀬良の臓器がどこの誰に提供されたのか……もう半分近くは闇へと消え去ったに違いない。
「学校のほうも、噂をというか真実を知っている生徒も教師も根絶やしにしたことだし、これならもう安心だろう。さぁ、帰って、寝よ、寝よ」
その姿は魔神というよりも夏祭りのメインイベントが終わったことで家にまっすぐ帰る子どもそのものだった。
「僕も死んだことになるし……どこか新しい寄生場所探さないと」
千裕という名前は気に入っているから次回もこれ使おうと考える道化師。
「そして、さようなら……瀬良」
道化師の透明の涙で幕を閉じるのだった。
――???
これは記念だと夕刊をキオスクで買って、私の仕事場に来たのはつい数分前。
「カンパ〜イ♪」
上機嫌にビールジョッキに入れた茶色い液体を一気飲みするのは友の一人。とても気まぐれで、遭うたびに名前を変え、突然現われる友だったが……千裕という名前が気に入ったのか最近はそう名乗っている。
「どうしたのですか、千裕」
見た目と肉体年齢が未成年ということもあり、サイダーを麦茶で割ったなんちゃってビールを飲んでいる、千裕にこの場の主が尋ねた。
「ん〜、この記事見て、蘆花」
「あ〜。ついに可決したのですか、0歳でも臓器移植できるって法律……」
千裕に対し蘆花は苦虫を咬んだような表情。
まだまだこの国の精神科の権威が弱く、人に対する倫理、道徳、文化的にも問題があるというのに……決めることだけは決めてしまうという態度が気に食わないという。
「まぁまぁ。いいじゃないか。これから楽しい、楽しい話が沢山出てくるのだから」
残酷な笑み。
千裕は性格が悪い。
蘆花の友の中では一位二位を競うぐらいに。
そしてなにより、この千裕本人と同じぐらい捻じ曲がった性格の人間を奈落の底に突き落とすのを快感としている。
「ええ。そうですけど……私はまだ現実に起きると限らないと思うのです」
悪意を途切れさせるために支払われる魂は多いものですけど、そうそう千裕が好みそうな話を起こさせませんよ。
だって……。
「人間はそんなに愚かではないのですからね!」