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第八話 あの時の憎悪を表現するために……(益田歩(仮)さんの場合)

おはようございます。蘆花です。

ところで……ここの作者は夏のホラー2009年に参加します。いうことで作品を練っているため当分ここの更新が遅くなります。

と、いういいわけがここに来る前にありました。

まったく、参加するのはいいのですがもう少し計画的にして欲しいものですよね。

今回は、ん〜、生身の方ではありませんね。

死霊の方は結構いますが……あら、これは生霊です。当の本人はまさかそんな分身がいるとは夢にも思っていませんね……まぁ、それも仕方がないことです。

だって、そんなに傷ついたら、分離させたくもなるでしょう?


ここには逆さ吊りにされ、いくつもの管を突き刺せられ、息を引き取ろうとした赤子がいた。

なぜ、どうしてと疑問に思うこともできないぐらいの幼い子。


顔を強張らせ、ぷっくらとかわいい笑窪が本来はある頬はすでに固く、涙が這いずったの後。どうやら、恐怖で泣くという行動はできたらしい。




それが唯一の抵抗であった。

幼い子の鮮血は管に流れ、ぽたぽたとフラスコの中に溜まっていく。

赤子の死のカウントを刻むように、色づく硝子の入物。それをにやつきながらも黙ってみている人型がいた。


人の形をしたソレの正面にあるのは、一枚のキャンパス。

抽象画なのかさまざまな色でぬりかためられ、幾何の図形が鏤められている。ただまだサインが表記されていないところからすると、どうやら未完成の作品らしい。


渇ききった油絵のキャンパス。

油絵を知っている方なら御存じであろうが、表面の油絵の具が渇いていても中の絵の具は未だ渇いていない時が多い。一年から長くて三年。

完全に渇くまでそのぐらいの長い年月がかかる。


気の長い、芸術。

塗ればまた塗り、気に入るまで塗り直すことができる志向の術。

だが、だからこそ多くの人に共感を得られるような素晴らしい作品を創りだせるのだ。熟孝された絵は作者の思いが滲み、溢れているのだから。


「ハハハハ、やっと完成できる、長かったな」

人影が残酷に口を歪ませる。


フラスコの中はタプタプと影が望む命の源でいっぱいとなり、肉塊は極限まで青白くなっている。

そう、これだ。

これがなくては完成できないのだ。


思いが込められた、影にとっては最高の思いを描いたもの。

思いを形作るのは、難しく、またそれを人に訴え、感じてもらうには……しかしこれならば間違いなく、あの人に伝わるだろう。

そう、思い−−たとえそれが、呪怨のものであろうと。







ぺちゃ。

ぺちゃ。


ぐちゃ……。

不気味な音が、油絵の具の独特のにおいがする暗闇の美術室に木霊する。














数年前。

物語は何気ないことから始まった。

いや、それはあくまでも他人から見た意見であり、当事者にとっては耐え難いものだった。

ある学校の美術部で起きたこと。


県の大会に出すための作品を完成させるために純粋までにも一途に情熱を注ぐ。

益田歩もまたそんな典型的な美術バカな生徒の一人だった。

まだ乾いていない油絵のキャンパスを周りに色がつかないようにと慎重に運ぶ。

部室といえど、美術部はほとんど美術室をそのまま使うため、日常的に人が移動してくるため、放置するわけにはいかず、ちゃんと片付けるスペースがある。

個人ロッカーとは言えないが、ほかの作品も立ち並ぶなか、隙間を確保し入れ込む。



「あと少しで完成だから、がんばろうっと」

歩は門が閉まるまでに帰ろうと学校指定のかばんを手に取り帰って行った。

















「ん〜、ここに展示物のステージを置こうかしら……」

ここの後ろのスペースには確か卒業生が描き残していった未完成の作品しか置いていないから大丈夫だろうとそのときの美術の顧問は思っていた。

だが、現実は見当違いもはなはだしい。

少しのスペースでも残っていたら、そこに置いて行くものである。

そしてよりにもよって歩の作品が置かれていた、その場所にステージが作られた。










あと、少しで完成だったのに……。

もちろん作り主はその先生に抗議して、僕を取り出そうとしてくれた。

でも、理不尽にも、僕は閉じ込められたまま。

歩は、そのうち卒業して、だれも僕のことなんて覚えていない。

先代の未完成の先輩たちもいるけど、僕は憎悪が強すぎた。


だって、あんなに頑張って、僕を完成させようとしたんだよ。

朝早く登校して、僕につきっきりで……放課後だって下校ギリギリまで僕に色を塗ってくれたんだよ……ああぁ、こんなに年月経ったら……僕のこと、忘れている、よね……忘れ去られる運命だっただろうけど、せめて完成したかった。



ううううう……。

涙の出ないこの体でどうしてこんなに悲しいのだろうか……。

つい先ほどの地震で、やっとあの忌々しいステージが崩壊した。

いったん作ったから動かすなと教師の権力まで使ったため長い間外に出れなかった僕はやっと新鮮な空気に触れた。


もうぺきぺきと乾燥した油絵になってしまったけど……。僕、完成しなくては。

あんなステージといえども、移動式の壁で囲ってあっただけの簡易なものところに……閉じ込められていた僕にとってみれば、完成することだけが目標となっている。

誰でもいい……いや、できれば歩に……でも、こんな学校に卒業したから来るわけが……。


「大丈夫だよ」

歩?


「ううん。残念だけど正確には益田歩本体ではない」

そうか、やっぱり……。

でも、歩もまたつらかったんだね。

「苦しかったよ。君と無理やりこんなちんけな壁に挟まれただけで……君を日の当る所に出してあげられなくて」


そうだね。もともと僕は県大会に出すために作られたものだから。

「もう過ぎ去ってしまったからには、仕方がないよ。ねぇ……あの時とは違うけど……僕に完成されてくれないか?」


……。

いいよ。どちらにしろまたこんなものが建ってしまったら僕はまた閉じ込められてしまう。

同じ闇の中にいるのならば、すくなくても君のそばにいられる。

本体ではなくても、僕にとっては、あの当時の歩の写し絵の君……いや、歩だよ、僕にとって。

歩が僕を完成させたいならどんな姿になってもいい。

いや、そうなるべきなんだよ。


「そう言ってもらえると、うれしいな……」

人影はこれから行われる狂宴の主催者としては考えられないくらいの微笑を一枚のキャンパスに向けた。













――ただ、作品が完成できないことで嘆き、悲しんだモノがこんなことを仕出かすとは誰が想像できただろうか――














地震の後、すぐに雷鳴が轟いていた。

それは、ここら辺一帯に低気圧ができたから……火事による、ね。

もともと天候が崩れやすい季節だったのに、急激に熱が上昇する火事が起きてしまったら暗雲が太陽を遮り、闇の時間が始まるのも道理であろう。



はぁはぁ……。

憔悴した一人の三十代半ばの人間が天気によって黒く塗りつぶされたような廊下を歩いていた。

手にするのは【招待状】


黒い紙に、赤いインクで字が書かれたあからさまな嫌がらせの手紙。

もし焼却炉が平常に稼働していたら、すぐに投げ捨てていた。

だが、現在その炉はダイオキシン問題で一般家庭、学校といった公共機関で使用禁止になってしまったし、その手紙に書かれている内容もまた無視できないものであった。


保育士が自分の親族だという高校生ぐらいの子が迎えにきたので自分の大切なわが子をホイホイと渡すのも信じられなかったが、それ以上にその高校生ぐらいの、子、許せない。








「じゃ、あ。最終過程に入るよ……《嘆き〜そして僕のとまっていた数年間〜》」

うん。歩。

「そして、僕と共に……行こう」

もう後戻りの出来ない、道へ。











どうしてこの部屋にまっすぐ来られた、わからなかった。

あの、暗闇の中。障害物に当たることもなく、階段に躓くこともなく……子を、思う心だと思いたかった。

だが、現実は惨く、残酷だった。













「あ、先生。良かった……この作品鮮度が命だから……」

一人、キャンパスに向かっている生徒が見えた。

暗闇でよく見えないが、私のことを先生と認識しているところからすると、この学校の生徒であることは間違いない。


「い、あ、すまない……今は……」

我が子を探している私に、生徒の作品をみる余裕などない。

引き返そうとすると、すっと、生徒が首を握ってくる。

その力は強く、振り切ることが出来ない。


「君、ちょっと!」

喉が圧迫され上手く喋れない。

「まぁ、まぁ。先生。そんなに慌てないでよ……僕は待っていたんだよ、この相棒と共に完成するの、ずっと、ずっと、ね……」

生徒が指差すのはキャンパス。

私に見せつけるため、壁沿いを向いていた絵は今は私の正面に向けられていた。


「わ、わかった、よ……」

熱心な生徒がいるのは悪いことではない。

名前を覚えていなくても……あれ、そういえば、こういう子が美術部にいた?

幽霊部員が多い、美術部ではあるものの……いや、幽霊部員がここに来るわけが……。


もう少し冷静でいられたら、すぐに、この子の名前を思い出せたのかもしれない。

しかし、もうとっくの昔に卒業した生徒が、当時の姿のままでいることもおかしな話で……。


そして、地震のためほとんどの生徒が家へと帰っていたという事実もまた……。



「これは?」

暗闇の中でわかることは油絵だったことだけだった。

あの、独特のにおいによってかろうじて、である。

怪訝する。

この絵ならこいつの恐怖に歪む顔がすぐに見えるはずなのに……は、まさか。

そう、ここは日の光のない、電灯も明かりもない……と、いうことは。

「し、しまった〜〜〜!暗闇だったら作品がよく見えない!」

盲点でした、歩〜〜!


……馬鹿×2。



「ライト、ライト……ってここら辺一帯停電していたような……」

地震による影響で。


「そうだ、確かここら辺に……」

ガザゴソと教壇の下を探す、生徒。


「……もしかして。ここも……」

そういえば、勝手に(歩的な見解で)作品展示コーナーを設けた輩だぞ。

物の配置を変えていてもおかしくない。


「だからといって、先生、懐中電灯の置き場所変わっているのですか!」

僕、閉じ込められていたから……ごめん、わからない。

「これでは僕の作品がよく見えないでしょうが! だから大嫌いなんだよ! てめーが就任してからあちこちいらんとこ変えやがってぇええええぁああぇ!」


「そのせいで、長年こいつが封じられるし、僕にとってもココでの居場所はなくなるし……。わかるか、居場所を失ったときの辛さが。新たなスタイルを提供されてすぐに馴染む生徒じゃない、不器用な僕の気持ちが!」

その辛さが、僕を作り出した。

熱中したいことを無理やり抑えられる苦しみが。

やりたいことを、身勝手な理由で突如できなくなった嘆きが。

「芸術はそれでなくても、見解の相違がものいうんじゃ、こんちくしょぉおおぉぉおお!」


歩の影の嘆きが天にも通じたのか、雷鳴がとどろく。

光が絵を照らしその姿を顕わにする。


それを、見たとき……信じられなかった。

いや、信じたくなかった。


「あ、懐中電灯見っけ♪」

一方歩は少し冷静さを取り戻したため、あっさりと目的物を発見。

改めて、作品を照らす。


そして、それ悪いものは曖昧の物から確信へと変わる。


「ね……これが僕の、想いをぶつけた『作品』。これ、鮮度が命だからね……酸化しやすいから色が変わるのは早いし、適切な処置をしないとすぐに腐り落ちるから芸術には相応しくない原料だよ……」


がたがたと、震えた姿。

ああ、やっと見れたんだ……。

あ、首が右を向こうとしてる、そうはさせないよ……。

歩は、咄嗟に先生の首を強い力で掴んだ。


「よく見なよ、目を背けるなよ……憎かったんだよ、あの時」

大会に出せなかったこと。

作品を完成させてやれなかったこと。

なにより、自分の感性を否定されたこと。

「どうせ、高校生が勝手に熱を出したもの。でも、これぐらいの悪意は持てるんだよ!」

がくがくと崩れていくからだ。

どこまでわかるか知らないが……いや、わからせないと。




「それにこの作品には足りないもの、まだけっこうあるよ。たとえば……あんたの首なし死体だよ!」

刹那、歩は力任せに引きちぎった。

「!」

左手で。どこからそんな握力が。混乱していた脳みそでは痛いと感じるよりも先にこの状況に対処しようとするという命令の方でいっぱいだった。

それでも処理速度が間に合わないため、まだ唖然とするしかないが。


脳という司令塔を失った体は歩に蹴られ、キャンパスの方へと向かい、ちょうど、張り付けられた赤子を抱えるように崩れた。

製作者は計算通りと邪悪に口をゆがめ、次に硬式野球の投手のように振りかぶって――。

「そして、降り注げ、朱よ!」

投げる。

ガシャン。

硝子割れる音。硝子のフラスコが床のコンクリートに叩きつけられたのだ。衝撃を吸収しきれない硝子はあっという間に壊れ、四方に飛び散り、無数の破片が何も言えぬ身体に突き刺さる。そしてその中に入っていた赤い液体もまた同時に作品全体に飛び散り色づく。

「さぁ、絶命する前に見て御覧……これこそが、僕のあのとき感じた絶望を表現したものさ」


どうして、首だけになっても、すぐに死ねないか……。

全身が痙攣する首なしの己の体に、心臓部を釘で執拗に痛めつけられたわが子、そして血の滴ったキャンパスを見てしまった。


「ほら、残り少ない命の炎で見な、これでやっと、出来たんだ……」


素敵でしょ。僕の情熱が真っ黒にあんたに塗りつぶされたものってこんな感じだったんだよ。

ねぇ?


使命と終えた影法師は次の雷光と共に消えて去っていった。



ちなみに、歩さん、本体はかつてはあんなに美術に情熱を注いでいましたが、高校を卒業した後、芸術とは全く違う方向に進んでいるそうです。そしてこの猟奇的殺人事件をただただ気味が悪いと思うだけだったそうです。

まぁ、冥福も祈っていたそうですが。一応ですけど。


次回は夏のホラー2009年に投稿し終えてからだ、そうです。


では、アディオス、アディオス。

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